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高性能爆薬〈サタンの母〉製造容疑の男、製造方法を動画投稿も-法適用で生じる重大な問題点-

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
写真は爆発のイメージです。(ペイレスイメージズ/アフロ)

■はじめに

〈サタンの母〉と呼ばれる高性能爆薬(TATP)の製造容疑で書類送検された男が、製造方法を動画にも投稿していました。

高性能爆薬製造の疑い、23歳男を書類送検 動画投稿も(2017年3月28日)

爆薬「サタンの母」製造の疑い、動画投稿の男を書類送検

テロでも使用の爆薬「TATP」製造の疑いで書類送検 製造の様子ユーチューブで公開

このTATPとは「過酸化アセトン」と呼ばれる物質で、衝撃や熱によって容易に爆発します。爆発の威力は相当なもので、外国では実際にテロリストが使用したことがあります。材料が比較的容易に手に入り、製造方法もそれほど難しくないことから、わが国でもすでに実際にTATPを製造する者も出てきています。

TATPの製造は、テロ目的であれ、面白半分の好奇心であれ、非常に危険な行為であることはいうまでもありません。しかし、このような行為の処罰に関しては、重大な法的問題も生じています。

■実は爆発物の〈単なる製造〉そのものは禁止されていない

こんなことを書くと、みなさんは意外に思われることと思います。

火炎びんについては、火炎びんの使用等の処罰に関する法律の第3条で製造が処罰されています(3年以下の懲役または10万円以下の罰金)が、爆発物一般を単純に製造することじたいを禁止する法律は存在しないのです。また、武器等製造法という法律で、爆発物も武器の一種として製造が取締の対象となっていますが、この法律じたいは、武器製造事業者に対する事業規制を目的とするものであって、やはり爆発物一般の取締を目的としたものではありません。

爆発物については爆発物取締罰則という法律があり、爆発物の製造については、確かにその第3条に処罰規定があります。しかし、そこでは、「第1条の目的をもって」製造することが要件となっています。「第1条の目的」とは、「治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとするの目的」であり、このような目的のための製造行為が処罰されているのです(3年以上10年以下の懲役又は禁錮)。

第3 第1条の目的をもって爆発物もしくはその使用に供すべき器具を製造輸入所持し又は注文をなしたる者は3年以上10年以下の懲役又は禁錮に処す(注:現代表記に直しました。以下同じ。)

なお、この「目的」とは犯人の内心の状況ですので、どのような心理状態なのかについて争いはあります。裁判所は、以前は、治安妨害あるいは加害の結果を発生させる意図ないしは確定的な認識を要するとしていましたが、現在は、結果発生の未必的な認識(治安が妨害されたり、人身や財産に被害が及ぶかもしれないが、それでも構わないという心理的態度)でたりるとしています。

爆発物の製造というのは、ひとつ間違えば周囲に多大な被害が発生するような行為ですので、実際にはこのような認識(特に、人身や財産に対する加害)が明確に否定される場合はほとんど考えられないと思います。

なお、爆発物取締罰則の第6条では、被疑者が「治安妨害や加害の目的がない」ということを証明できない場合には、明確に犯罪目的がある場合の製造行為に比べてより軽く、6月以上5年以下の懲役に処するとしています。この規定の法的性質については論争がありますが、本条がイメージしているのは、治安を妨害したり加害するといった犯罪目的の存在は積極的には認められないが、しかし、かと言ってそのような目的がないとはいえないような場合、単純に言えば、客観的な状況から判断して「怪しい」場合(正当な理由のない場合)だと解されることになるでしょう。

■爆発物の製造方法を動画配信することはどうか?

一般に、犯罪を犯すことを不特定多数の人に訴えることは、「煽動(せんどう)」や「煽(あお)り」と呼ばれている行為です。爆発物取締罰則の第4条もこの「煽動」を処罰していますが、「第1条の罪を犯さんと」することが処罰の要件となっています。つまり、治安妨害や加害目的をもって不特定多数に人を煽動する行為が処罰されているので(3年以上10年以下の懲役又は禁錮)、そのような目的がなく、単に爆発物の製造方法を動画配信することは、第4条には該当しないことになります。

第4条 第1条の罪を犯さんとして脅迫教唆煽動に止る者及び共謀に止る者は3年以上10年以下の懲役又は禁錮に処す

確かに爆発物の具体的な製造方法を動画配信することは、危険な行為(犯罪)の具体的な方法を教えることであり、それじたい社会にとって危険な行為だといえるでしょう。しかし、単に犯罪方法に関する情報だというだけでそれを取り締まることは、憲法上の表現の自由の観点から問題が生じます。世の中には、拷問や殺人の方法、万引きや偽造の方法などを解説した本も売られていますし、ネットにもこの手の情報は溢れています。しかし、このようなものをマネて実際に犯罪が犯す者がいるかもしれないといった理由で、このような情報の流通を禁止することには無理があります。もしもそのような理由で規制できるとしたら、本屋さんからは推理小説や犯罪をテーマにしたノンフィクションを売ることができなくなり、レンタルビデオ店ではほとんどのDVDが撤去されることでしょう。

私たちの社会では、情報の自由な流れの上にさまざまな制度が造られています。情報流通の自由は、特に国や政府の意思決定・行動を国民が事後的に検証するためという意味があり、民主主義にとってたいへん重要な仕組みです。もちろん、良くない情報、好ましくない情報もその中にはあり、わいせつな情報や名誉を毀損する情報など、規制が認められている場合もありますが、その規制は明白でかつ具体的な危険がある場合に限るべきです。だれかが情報を悪用するかもしれないという程度の危険性では、情報を規制する理由としては薄弱です。そのような危険性は、私たちが民主主義を守るために背負い込まざるを得ないリスクではないかと思います。

■犯罪目的で爆発物を製造しても、自首すれば一切お咎(とが)めなし

爆発物取締罰則の第11条には、次のような規定があります。

第11条 第1条に記載したる犯罪の予備陰謀をなしたる者といえども未だその事を行わざる前において官に自首しよって危害をなすに至らざる時はその刑を免除す第5条に記載したる犯罪者もまた同じ

本条は、爆発物使用罪の危険が重大であることから、使用にいたる前に自首して危害の発生を防止することができた場合には、必ず刑を免除する、つまり罪には問わないという規定です。

犯罪を目的として爆発物を作ってはみたけれど、実際に使う前に取締当局に自首した場合には罪に問わないこととして、被害を未然に防ごうというわけです。

最近、本条が実際に適用されたと思われるケースがありました。

昨年12月に、岐阜県多治見市の民家でTATPの粉末が見つかり、所持していた無職の男(37)が爆発物取締罰則違反容疑で逮捕されましたが、粉末を警察が爆発物だと認識する前に男が申告したことが「自首」に該当したと判断されたとみられ、不起訴処分となりました。

「爆薬」原料購入にチェックの目(2017年3月19日)

“爆発物”処理で住民避難 多治見市(2016年12月1日)

多治見市の爆発物騒ぎで押収された白い粉末は過酸化アセトン(TATP)と判明(2016年12月3日)

■爆発物取締罰則は明治のはじめにできた法律

爆発物取締罰則は、明治17年、太政官布告第32号として制定されたものです。明治17年に、過激な自由民権運動を背景に、爆弾による政府要人の暗殺を企てた「加波山事件」が本罰則制定の直接のきっかけでした。

この事件では素人が爆弾を作り、警官を爆死させましたが、その性能の高さに専門家が驚いたということです。この事件が社会に著しい不安をもたらし、時の政府に強い衝撃を与え、爆発物の強力な取締りを痛感させたのでしょう。

実は、TATPはマニキュアの除光液に使われる「アセトン」や塩酸など、普通に薬局で売られている市販品が原料です。対面販売ならば、身分証の呈示を求めるなど、何らかのフィルターをかけることも可能ですが、ネットで購入することも可能です。また、製造方法もネット以外では、化学の教科書などにも書かれています。爆発物取締罰則が制定された100年以上も前とでは、当然のことながら、情報環境が劇的に変化しています。罰則の第11条を含めて、法律の再検討が必要になっているのだと思います。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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