内閣総理大臣夫人・安倍昭恵氏は「公人」なのか「私人」なのか

(写真:ロイター/アフロ)

■はじめに

今、ファーストレディである安倍昭恵氏が「公人」なのか「私人」なのかについて熱い議論が交わされています。

NHK NEWS WEB 官房副長官「首相夫人は公人でなく 活動は私的行為」(3月3日 19時26分)

tv asahi 「総理夫人は公人ではなく私人」政府が見解示す(2017/03/04 00:05)

この問題に関して政府は、安倍昭恵氏が大阪の学校法人「森友学園」で講演したことについて、「総理夫人は公人ではなく、私人だ」という見解を示しました。

この「総理夫人は『私人』である」という政府の見方は妥当なのでしょうか?

■「公人」か「私人」かの議論は何のための議論なのか

「公人」という言葉はよく使われる言葉ですが、実はこれに明確な定義はありません。判決文の中でもときどき使われることがありますが、法律用語でもありませんし、法的な定義が決まっているものでもありません。あいまいなまま、いろんなところで使われている言葉であるといっても過言ではありません。

ただ明確にすべきは、この言葉についての議論で、何が問題になっているのかということです。

たとえば、(「公人」の定義はともかくとして)安倍晋三内閣総理大臣は、だれもが認める「公人」中の「公人」です。しかし、生身の人間である以上、日常生活の中には公務に費やす時間以外に、まったくのプライベートな時間や行動も当然あります。他方、最高権力者がプライベートな時間をどのように使っているのかについて、国民は強い関心をもっています。それは、彼の一挙手一投足が日本の将来に重大な影響を与える可能性があるからです。

つまり、いくら最高権力者だからといって、そのプライベートな事柄すべてに国民の関心が及ぶことを正当化できないことは当然ですが、プライベートな事柄の多くの部分が国民的議論の対象となることに甘んじざるをえない面のあることも当然のことです。

安倍総理が毎朝どんな食事を召し上がっているのか、どんな音楽を好んで聴かれているのか、どんな映画をご覧になったのか、今どんな本を読まれているのかなど、純然たるプライバシーについて国民が「知る権利」はありません。

しかし、休日にだれとゴルフをされたのか、体調は万全なのか(とくに潰瘍性大腸炎は心配です)、家族の夕食にだれが招待されたのかなど、普通の一般人(私人)ならばプライバシーに属することであっても、「公人」の場合には、場合によってはそのプライバシーの保護が弱まる場合もあります。その中身によっては、国政に大きな影響が出る場合があるからです。

このように、「公人」か「私人」かという議論は、私的な行動に向けられる国民の関心が正当化されるかどうかといった問題で重要になってくるのです。

■「公人」とは何か

上で述べましたように、「公人」という言葉について明確な定義はありません。しかし、最近は、公人を〈公職者〉と〈公的人物〉に分けて議論する考え方が有力です。

・〈公職者〉とは

〈公職者〉とは、すべての公務員ではなく、国政に重大な影響を及ぼす可能性のある政治家や上級公務員のことです。このような人びとは、国民からの全人格的なチェックを受けるべきであるし、国や政府が下した決定、選択した行動については、国民が後から検証できることが民主主義にとって重要だという観点から問題になります。そして、それを保障するものが〈知る権利〉や〈表現の自由〉といった〈情報流通の自由〉なのです。

たとえば閣僚や国会議員、地方議員、知事や市区町村長などが〈公職者〉の典型例ですが、裁判官や検察官、上級警察官なども〈公職者〉に含まれます。もちろん、〈公職者〉の中でも、その影響力の大きさによって、私的な行為に与えられる保護の範囲は当然異なってきます。

・〈公的人物〉とは

〈公的人物〉については、議論が分かれるところです。国や政府の意思決定に直接の影響を与えるわけではありませんが、公的な場で政治的議論に積極的に参加したり、日頃の政治的言動を通じて名声や高い社会的地位を得たような人びとは、その行動が国民の批判にさらされる〈リスク〉を当然引き受けていると考えることができます。しかも、そのような人びとはメディアにアクセスする手段をもっています。批判に対して国民に反論する機会が与えられている人びとです。

場面場面で微妙な判断は必要でしょうが、一般には、たとえば大企業やマスメディアの幹部、ニュース・キャスター、政治的発言を行う学者・文化人、ジャーナリストなども〈公的人物〉と言ってよいかと思います。また、前首相や元首相のように、公職を退いてからもその活動が社会に大きな政治的影響を及ぼす可能性のある者も〈公的人物〉です。このような人びとは、その政治的影響力の大きさから、〈公職者〉ほどではないでしょうが、その私的な行為はある程度国民的議論の下に置かれ、プライバシーとしてのその保護は制限されざるをえないでしょう。

なお、政治的な意思決定に関与していない芸能人やスポーツ選手、芸術家などは、〈有名人〉あるいは〈著名人〉ではあっても〈公的人物〉とはいえません。

■総理夫人・安倍昭恵氏は公人か? 私人か?

では、以上のような観点から評価すると、総理夫人・安倍昭恵氏は公人なのでしょうか、それとも私人なのでしょうか。

安倍昭恵氏はもちろん〈公職者〉ではありません。昭恵氏は〈公的人物〉かどうかという観点から、公人であるかどうかが問題となります。「昭恵氏は私人だ」とする政府の見解は、彼女が〈公職者〉でないという当たり前のことを述べているにすぎず、あまりにも狭すぎる意見です。

昭恵氏は、従来から一定の政治的傾向をもった活動を行ってきたこと、また、その行動には、秘書や警備など、税金から多額の支出がなされていること、総理夫人としての社会的影響力は極めて大きいこと、何よりもプライベートな面で安倍総理にもっとも親しい人物であり、総理大臣がもっとも信頼を寄せている人物であることなどから、総理の政治的判断に対して大きな影響を与える立場にあります。私は、「昭恵氏は公人である」ということを前提として物事を考える方が妥当ではないかと思います。

今回、とくに昭恵氏が、教育基本法に反する政治的活動を行なっている疑いが強い幼稚園の理事長らと親密な関係をもち、その教育方針に賛同して講演を行ったり、同学校法人が開校予定の小学校の名誉校長に就任していたことが問題になっています。政府は、これらの行為が私人としての私的な行為だと主張していますが、かりに〈公的人物〉の私的な行為であっても、その政治的影響の大きさから判断すると、それに寄せる国民の関心は単なる好奇心ではなく、まったく正当なものではないでしょうか。これらについてマスコミが取り上げ、国民的議論を行うことについては、昭恵氏が〈公的人物〉と評価される以上、当然のことだと思います。(了)

【参考文献】

山川洋一郎・山田卓生『有名人とプライバシー』(有斐閣、1987年7月)

浜辺陽一郎『名誉毀損裁判』(平凡社新書、2005年1月)

山田隆司『名誉毀損』(岩波新書、2009年5月)