Yahoo!ニュース

ジャニーズ性加害報道を避けるテレビ朝日──『Mステ』忖度と、テレ朝内にあったジャニーズ「レッスン場」

松谷創一郎ジャーナリスト
筆者作成。

ジャニーズ事務所の対策

 5月26日、故・ジャニー喜多川前社長の性加害疑惑について、ジャニーズ事務所が3つの対応策を発表した。その内容は、「心のケア相談窓口の開設」、「外部専門家による再発防止特別チームの設置」、そして3人の「社外取締役」である。

 筆者をはじめ多くのひとが望んだ第三者委員会の設置は見送られ、その代替としてこの3つの施策になったと考えられる。なかでも「再発防止特別チームの設置」とは、暗にジャニー氏の加害行為を認めたと認識できるだろう。

 今後は、「再発防止特別チーム」の中心となる前検事総長の林眞琴弁護士がどれほどの調査・検証をするかが注目される。ただし、ひとつ前の検察トップを迎え入れたこの人選は、検察の捜査に対する牽制とも読み取れる。

とどまるも地獄、離れるも地獄

 一方、そのジャニーズ事務所の発表直前まで外国特派員協会(FCCJ)でおこなわれていたのは、被害を訴える元ジャニーズJr.・橋田康さんの記者会見だった。

 1998年から2005年までジャニーズ事務所に所属していた橋田氏は、ふたつのヴィジョンを提示した。ひとつは、児童虐待防止法における虐待行為者の範囲を親権者以外にも広げること、もうひとつは、みずからが被害者の声を集めジャニーズ事務所に届ける窓口になることだった(「PROFESS」)。

 橋田氏は、この会見に先んじて朝日新聞の取材に答えている。筆者がそこで強く気になったのは、以下のエピソードだ。

 橋田さんはジャニーズ事務所を退所した後は、基本的にはフリーで活動してきた。「『キャスティングなどでジャニーズ事務所がかかわっているので、申し訳ないけれどごめんなさい(使えません)』と言われた舞台やミュージカルは20や30で収まらない。周囲の忖度(そんたく)だと思うが、自分の価値はまだそこを超えられないのかと、かなりつらかった」と振り返る。

 「事務所を辞めた人も活動ができるようになってほしいと思う」

「性被害とセカンドレイプ『心ズタズタに』 元ジャニーズJr.の告白」朝日新聞デジタル2023年5月25日

 それは、ジャニー喜多川氏の性加害が極めて構造的な問題であることを意味している。

 複数の被害者が証言するように、ジャニー氏の性加害を拒否することはデビューの可能性が弱まることを意味していた。デビューの決定権をジャニー氏がかなり握っていたからだ。このジャニー氏の権力については、つい最近も現役のジャニーズJr.のメンバーがテレビのバラエティ番組でも話したばかりだ(フジテレビ『川島明の芸能界(秘)通信簿3時間sp』2023年4月3日)。

 しかしデビューできず退所すれば、こんどは芸能界で活躍することが難しい状況に置かれる。その多くは、橋田氏も述べるように「圧力」よりも「忖度」の可能性が高い。ジャニーズ事務所との今後の関係を考えて、制作側が勝手に「忖度」してしまうのである。

 周知の通り、ジャニーズ事務所は退所した元SMAPの3人が民放テレビに出演しないように圧力をかけた疑いがあるとして、2019年7月に公正取引委員会に「注意」された。こうしたジャニーズ事務所の強圧的な姿勢が、制作側に「忖度」を発生させ続けてきたと考えられる。

 ジャニーズにとどまるも地獄、ジャニーズから離れるも地獄──男性アイドルを目指す若者は、こうして苦しんできた。ジャニーズに入所した10代前半のちょっとした判断が、個人の一生を大きく左右してしまう。これは重大な人権問題だ。

『Mステ』出演できない競合グループ

 Jr.も含む元ジャニーズのタレントは、現在も多く芸能界にいる。「辞めジャニ」と呼ばれる彼らは、2019年の公取委によるジャニーズへの「注意」以降はそれまでよりも活動しやすくなったが、依然として「忖度」と呼べる現象は見られる。

 その代表例がテレビ朝日の音楽番組『ミュージックステーション』だ。1986年から続くこの番組は、放送2年目(1988年1月8日放送分)からジャニーズのアーティストがレギュラー出演するようになる(立命館大学「JASRAC寄附講座 音楽・文化産業論Ⅱ」2007年12月15日)。

 これは現在も続いており、1988年以降の総集編を除く1369回の放送のうち、ジャニーズ所属アーティストが出演しなかったことは13回(0.9%)しかない。しおかも、うち3回は他のアーティスト(DREAMS COME TRUEなど)の単独企画、うち1回はコロナ禍だった(2023年5月26日放送分まで)。

 だが、そこで問題なのはジャニーズがレギュラーであることではない。そうではなく、ジャニーズの競合グループが、なかなか出演できないことだ。明らかな差異が見られるK-POPやEXILEなどのLDHは出演しているが、『NHK 紅白歌合戦』に出場したJO1やBE:FIRST、日本レコード大賞を受賞したDa-iCE、そして現在大人気のINIなどは出演できていない。過去には、あるタイミングからDA PUMPが出演しなくなり、w-inds.もいちども出演できなかった。それらの人気を考えれば、明らかに不自然な状況が続いてきた。

 しかも、JO1とINIには元ジャニーズJr.=「辞めジャニ」が含まれている。ほかにも元Love-tuneの7ORDERや、5月25日付で退所したばかりのIMPACTorsなど、元ジャニーズJr.だけで構成されたグループもある。これらは、いくら人気が出ても『Mステ』に出演できない可能性がある。

忖度するテレ朝、しないTBS

 実際、過去には、ジャニー喜多川氏が『Mステ』を立ち上げたテレビ朝日の皇達也プロデューサーに「圧力」をほのめかしたことがある。

「(略)たとえば、台頭してきた他の事務所の男性アイドルを番組に出すかどうか考えていた時のこと。ジャニーさんは”出したらいいじゃない。ただ、うちのタレントと被るから、うちは出さない方がいいね”と言う。ジャニーズタレントが番組から消えたら大変です。私が”そんなこと言わないで後進に手本を示してくださいよ”と返すと、”わかったよ”と理解してくれた。厳しさの反面、度量もある方でした」

「稀代のエンターテイナーが隠した『牙』と『孤独』──「江木俊夫」が語る『ジャニー喜多川の光と影』」『週刊新潮』2019年7月25日号

 『Mステ』の排他的な姿勢は、ジャニーズによる「アメとムチ」の巧みな使い分けによって生じてきたと考えられる。だが、現在のジャニーズ事務所がテレビ朝日に「圧力」を加えている可能性は低い。それが発覚すれば、公取委が「注意」以上の勧告をするリスクがあるからだ。

 しかも、TBSの音楽番組『CDTV ライブ! ライブ!』では、ジャニーズとの競合グループも当然のように出演している。最近では5月15日に、ジャニーズのTravis JapanがINIやDa-iCEと共演している。ジャニーズと競合グループをべつべつに出演させる傾向はあるが、とくにそれで競合グループの出演数が減らされている印象はない。

 そして、このテレ朝『Mステ』とTBS『CDTV』のスタンスの違いは、そこに一律の「圧力」がかかっていないことを示唆している。つまり、この差異はテレビ朝日がジャニーズ事務所に対する「忖度」を続けていることを意味する。

報道から逃げ続けるテレ朝

 問題は、このテレビ朝日の「忖度」スタンスが今回のジャニー氏の性加害問題の報道にも顕れていることだ。

 筆者は5月17日放送のNHK『クローズアップ現代』に出演した際、「民放の人たち、テレビ朝日やフジテレビなんかは特にそうですけれども、逃げないでちゃんと扱っていただきたい」と述べたが、テレビ朝日はいまも極めて腰が引けた報道を続けている。

 もともと報道に力を入れていないフジテレビですら、避ける姿勢はやめた。たとえば5月20日放送の『ワイドナショー』では、東野幸治氏が率直な意見を示した。だが、テレビ朝日の報道の多くは、キャスターやコメンテーターの論評のないストレートニュースにとどまっている(詳しくは、水島宏明「異例の民放批判も…NHK「クローズアップ現代」がジャニー喜多川氏の“性加害”に斬り込んだ意味とは」2023年5月18日)。

 それは、マスメディアの「ゲートキーピング(情報の制御)」そのものだが、史上最悪レベルの性加害問題の可能性もある本件においては、明らかに不自然な姿勢だ。この問題は1999年に『週刊文春』が報じ、民事裁判で事実認定されても、テレビではいっさい報じられず、その後も調査報道をすることもなかった。報道しなかったことがジャニー氏の加害行為を容認し、被害を拡大させたという点では、テレビ局は共犯関係である。

 もちろん「報道しない自由」もあるが、その背景にちらつくのが『ミュージックステーション』の「忖度」であれば、それはさらに重大な問題をはらんでいる。ジャニーズタレントが出演する番組コンテンツを保持するために、重大な性加害を軽んじていることにほかならないからだ。

テレ朝内のジャニーズ「レッスン場」

 そして、テレビ朝日にはもうひとつの疑惑が生じている。

 筆者も出演した5月25日放送のBS-TBS『報道1930』では、1980年から5年ほどジャニーズJr.として活動した平本淳也氏が、これまでになかった証言をした。それは驚くような内容だった。

 もっと言うと、レッスン場。レッスン中においても、ジャニーさんが、ちっちゃい体なんですけど、同じくらいの体の大きさの小学生を膝に座らせて、そこでもう(股間を)いじってる、というのも当然みんな見てます。

 それに対して不思議なのは、みんなそれに対してまったく違和感を持ってないです。むしろ自分がジャニーさんの膝に座りたい、ぐらいに思ってます。そこが異様な世界なんだなって、子どもながらには思ってました。

BS-TBS『報道1930』2023年5月25日「英国人記者が見た「日本特有の問題」ジャニーズ性加害問題がうつす日本」

 この平本氏が述べる「レッスン場」がどこかはわからないが、80年代のジャニーズ事務所のレッスン場として有名なのは、テレビ朝日の(旧社屋)敷地内にあった「第1リハーサル室」「第2リハーサル室」だ【2023年10月18日訂正】。現在の六本木ヒルズあたりにあったとされるその施設は、3階建てのプレハブでその3階に「レッスン場」があったという。この話は、ジャニーズ出身のベテランタレントが懐かしい話としてしばしばテレビでも披露してきた。

 平本氏が目撃したのがテレビ朝日の「レッスン場」かどうかは不明だが、ジャニー氏のそうした行為が常態化していたならば、テレビ朝日の敷地内でも行われていた可能性が高いと想像される。

 これは極めて重大な意味を持つ。単にテレビ朝日がビジネスとしてジャニーズと深い関係があっただけでなく、ジャニー氏の加害行為を黙認し、場所を提供して間接的に加担していた疑惑も浮上する。さらに、現在の腰の引けた報道姿勢もそうした過去に起因するとも想像される。

 以上を踏まえれば、ジャニーズ事務所とどれほどの関係にあるのか、テレビ朝日とジャニーズ事務所の「再発防止特別チーム」は、調査した上でいちど明確に説明する必要があるだろう。さらに両者の関係によって競合グループや「辞めジャニ」のその後も左右してきたことも、しっかりと検証する必要もあるだろう。

 現在のテレビ朝日・篠塚浩社長は1986年に入社している。報道畑を歩んできたと言われているが、80年代中期から後半にかけてのテレビ朝日の状況はそれなりに知っているはずだ。

 本日5月30日には、テレ朝・篠塚社長の定例会見が行われる予定だ。そこでなにを話すのか、注目したい。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

松谷創一郎の最近の記事