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BTS活動休止の背景と今後の3つのシナリオ──ソフトパワーの柱を失う可能性を韓国社会はどう捉えるか

松谷創一郎ジャーナリスト
2022年4月3日、第64回グラミー賞授賞式におけるBTS(写真:REX/アフロ)

RMが求める「アイドルの休養」

 6月14日、K-POPグループ・BTSが活動休止を発表した。10日にアンソロジーアルバム『Proof』を発表したばかりのBTSだが、YouTubeチャンネル『BANGTANTV』で本人たちの口から直接発表された(動画の21分頃から)。今後はソロ活動を中心にしていくという。

 そこでは、活動を続けるなかでさまざまな葛藤を抱えていたことが表明されている。たとえばリーダーのRMは、世界的な大ヒットをした「Dynamite」(2020年8月)までは「チームが手のうえにいた」と感じていたが、続く「Butter」(2021年5月)、「Permission To Dance」(2021年7月)からは「どんなチームかわからなかった」と率直に述べた。

 それが世界的なブレイクを果たしたスターの葛藤であるのは間違いない。本来的にBTSはヒップホップグループだが、「Permission To Dance」は作曲したエド・シーランらしい軽快なポップスであり、従来の路線からはかなり逸脱しつつあった。加えて、「なにかをし続けなければならないアイドルのシステムは、ひとを成熟させない」と、K-POPが抱える構造的な問題にも言及している。

 今回の活動休止発表とソロ活動の活発化は、たしかにここまで走り続けた結果として必要とされる休養だろう。だが、その背景にはもうひとつ彼らに差し迫る大きなハードルがある。

 それが兵役だ──。

兵役免除賛成は59%

 韓国では、満28歳までに男性は約20か月間の兵役に就く必要がある。芸能人も例外ではなく、K-POPの男性グループではこれを乗り越えることが大きなハードルとなっている。神話、東方神起、SUPERJUNIOR、BIGBANG等々──過去の人気グループが兵役によって一時の勢いを削がれたことは間違いない。

 BTSは、過去にも兵役において特例として扱われてきた。メンバー最年長のJINが満28歳を迎える2019年12月には、ポップスターの2年間の兵役延期を認める法案が可決・成立した。この2年のBTSの世界的な活躍は、この猶予によって生じたものだ。

 だが、いよいよその兵役延期のリミットが迫っているのが今年だ。すでに満30歳のJINは、年内に招集がかかることは避けられない情勢だ。

 BTSの兵役については、今年に入ってさまざまに議論されてきた。兵役免除を求める世論の盛り上がりだけでなく、ユン・ソンニョル(尹錫悦)新大統領の誕生もあって、BTSの今後は不確定な状況が続いてきた。

 BTSの兵役延期については、法改正を必要をするとの向きが有力だ。4月には、新大統領誕生にともなう政権引き継ぎ委員会がBTSの所属するHYBE社を訪れた。兵役に関しては「議論していない」とされたが、おそらくそれは表向きの話だ。その直後にはユン大統領の所属する最大野党・国民の力の議員が、兵役免除について与党側と協議したとラジオ番組で話している(『聯合ニュース』2022年4月12日)。

 今年4月の韓国・ギャラップ社による世論調査では、兵役免除に対して賛成59%:反対33%とやや肯定的な結果が出ているが、国民の大半が賛成している結果にはなっていない(『聯合ニュース』2022年4月8日)。

“ソフトパワー”としてのBTS

 今回の活動休止は、その後に兵役免除についての大きな進展がないなかで発表された。現状、兵役が免除される可能性は五分五分といったところだろう。むしろこの活動休止によって、国会議員のあいだで兵役免除の議論が活発化する可能性が高い。

 韓国において音楽をはじめとするK-コンテンツは、国の基幹産業であり、重要なソフトパワー政策のひとつであるとするコンセンサスが成立している。電子機器ほどの産業規模はないが、ハリウッド映画のように国の魅力を対外的に伝え、他の産業の活性化にもつながるのがソフトパワー概念の根幹だ(ジョセフ・S・ナイ『ソフト・パワー』2004年)。

 直接的な産業そのものよりも、間接的な経済効果(種痘効果とも言う)がソフトパワー政策の要点である。芸能人のパーソナリティやゴシップばかりが目立つ日本と決定的に異なるのは、韓国市民も少なからずこの点を理解していることにある。

 法改正が必要なので国会を巻き込んだ議論となるのは当然にしろ、単なる「人気スターの特別扱い」ではなく国益に直結する問題としてこの一件は捉えられている。日本を含めた海外でしっかりと理解されていないのは、この点にある(だからこそ日本では「たかが芸能」として蔑みながら、芸能人の下世話なゴシップばかりを消費する傾向が生じる)。

筆者作成。
筆者作成。

BTS活動休止を見据えたHYBEの戦略

 当事者であるBTSメンバーやHYBEは、不確定な兵役免除を前提にはしていなかった。

 まずBTSは、この2年間に英語曲を積極的に発表し続けて、幾度もBillboardチャートのトップに輝く成果を残した。それは兵役リミットまでにいかに結果を残すかという挑戦でもあった。惜しくもグラミー賞の主要部門は逃したが、K-POPが欧米を中心とするグローバル音楽マーケットに確実に食い込んだのは間違いない。彼らは大きな業績をすでに残している。

 一方HYBEは、BTSの活動休止を前提に事業拡大を続けてきた。2019年にTOMORROW X TOGETHER(TXT)、2021年にENHYPENとボーイズグループを誕生させ、今年5月にはサクラ(宮脇咲良)を中心とするガールズグループ・LE SSERAFIMがデビューしたばかりだ。さらに今年から来年にかけて、韓国でガールズグループがふたつ、日本でボーイズとガールズそれぞれ一組ずつがデビューする予定だ。

 ほかにも多くの同業他社を買収してきたが、なかでも大きかったのがアリアナ・グランデやジャスティン・ビーバーが契約するアメリカの大手エージェンシー・イサカ・ホールディングスを買収したことだ。HYBEアメリカに社名を変えた同社は、グループのなかでもBTSに次ぐ売上を占めている。

 多くの新グループ制作や、韓国芸能界でも過去に見られなかった派手なM&Aは、すべてBTSの活動休止を睨んでいたからだ。売上の大半を占めるBTSの活動休止は、それ自体がHYBE社の存続につながるリスクともなる。そのためにこの3年ほど入念に仕込みを行ってきたのである。

筆者作成。
筆者作成。

BTSと兵役の3つのシナリオ

 今回のBTSの活動休止は、いつまで続くかはわからない。1年かもわからないし、5年になるかもしれない。おそらくその期間は本人たちにもわからないはずだ。そしてそれもこれも、兵役しだいだろう。

 今後考えられるシナリオは3つある。

 ひとつは完全な兵役免除だ。それはBTSやHYBE、そしてファンである“ARMY”にとっては最良のシナリオだが、そのためには韓国でのある程度の議論とそれによるコンセンサスも必要となり、そのうえで法改正が行われる。国民全員が納得することはありえないだろうが、兵役免除のメリットが周知されればある程度の道筋はつくだろう。

 次に、兵役免除されないケースだ。この場合、グループ7人の完全体での活動は一定期間は不可能となる。BTSのメンバーは24~29歳と5歳の幅があり、それぞれがリミットぎりぎりで入隊すれば、完全体での活動は少なくとも5年間できない。そのためファンが望むのは、メンバー全員の同時入隊だ。そうすれば活動休止期間は2年弱に留められる。しかし、なんにせよ2~5年は完全体の活動は不可能になる。

 そしてもうひとつのシナリオがあるとすれば、兵役免除と満期の兵役のあいだで落としどころを探ることだろうか。たとえば、兵役を短期間にすることだ。つまり兵役には就くものの、期間を3~6か月程度にするといったものだ。特別扱いには変わりはないが、兵役免除ほどの特例にはならない。現在まだこの案は浮上していないが、今後議論が活発化するなかで生じる可能性はある。

 なんにせよBTSは前例のない活躍をしたために、その兵役についての見通しもだれにもつかない状況にある。ただし、韓国芸能界および韓国政府が今後もK-POPのグローバル展開を志向するのであれば、将来的にも同様の事態が生じる可能性は高いため、今回のBTSの扱いが前例となる。

 韓国の国会や社会が今後どのような判断をするか──それはソフトパワー政策において国家的にどのようなコンセンサスを得るのか、あるいは得ないのかということを測る指標になるだろう。

▲関連:BTSに迫る兵役リミット──完全体の活動は2022年12月まで?【1-1:K-POP STUDiES】(『Nugarajira』/2022年3月10日)

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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