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BE:FIRSTとSKY-HIが見る未来──K-POPへの人材流出に対抗できるか

松谷創一郎ジャーナリスト
BE:FIRSTの7人(BE:FIRSTオフィシャルサイトより)。

 8月16日、ボーイズグループ・BE:FIRSTが「Shining One」でプレデビューを飾った。

 7人組のこのグループは、AAAのSKY-HI(日高光啓)が興した新会社・BMSGによるオーディション「THE FIRST」から生まれた。当初は5人組のグループが予定されていたが、最終的に7人となった。

 メンバーは、ソウタ、シュント、マナト、リュウヘイ、ジュノン、リョウキ、レオ。平均年齢は20.3歳だ。そのパフォーマンスや音楽は、従来の日本ではなかなか見られなかった水準に達している。

「THE FIRST」が獲得した“信頼”

 「THE FIRST」の模様は、日本テレビ『スッキリ』などで4ヶ月にわたって逐次紹介されていた。ただし、スタートから前半までは盛り上がっていたとは言えない。非常に静かに始まった印象はぬぐえなかった。また『スッキリ』では、昨年NiziUを生んだオーディション「Nizi Project」を紹介して大ヒットし、当初はその二番煎じと捉えていた視聴者も少なくなかったはずだ。

 だが、「THE FIRST」は中盤から後半にかけてじわじわと注目度を高めていき、プレデビューしたBE:FIRSTも好調な滑り出しを切っている。それは、単に地上波テレビで逐次紹介されて認知度が高まったから──というわけではない。

 「THE FIRST」が掴んだのは視聴者の信頼だ。

 このオーディションは、全体的には地味だった。審査は大きく分けて5段階だったが、後半まで「Nizi Project」のような豪華なスタジオは使われることはなかった。とくに山中湖畔で1ヶ月にわたって行われた合宿審査は、学生が部活の合宿で使うような宿だった。

 だが注目を集めるのは、この合宿審査からだった。15人から10人に絞られるその過程は、単純なものではなかった。たとえば第1ステージのクリエイティブ審査では、参加者が3チームに分かれて同じトラックに作詞・作曲・ダンスをつけていく。チームワークとともに、参加者の能動性や個性が磨かれていった。

 多くの視聴者がこのオーディションを信頼したのは、おそらくこのあたりからだろう。どんな表現においても制作過程は地味だが、このクリエイティブ審査も決して派手なものではなかった。テレビ番組としての側面を優先すれば、おそらくこうはならなかったはずだ。

 しかし、主催者のSKY-HIはこのプロセスをオーディション中盤に盛り込んできた。そこからは、プロダクションが完全にコントロールする“ファクトリーアイドル”ではなく、メンバーたちが自らの個性を能動的に発揮するダンス&ヴォーカルグループを生むという、強い意識が感じられた。

 つまりこの“地味さ”こそが、信頼を獲得した。

強い危機感からなるSKY-HIの“本気”

 このオーディションで常に伝わってきたのは、SKY-HIのきわめて真摯な姿勢だ。

 音楽に対しての向き合い方はもちろんのこと、参加者に対しての姿勢もそうだ。声を荒らげることはいちどもなく、参加者に対しては丁寧に足りない部分を説明する。オーディションから脱落した者にも、本人の将来を考えていその理由をちゃんと伝えていた。

 そこからは、従来の日本の芸能界に多く見られた体育会系やタテ社会の雰囲気はまったく感じられなかった。ひたすら理性的かつ論理的だった。

 その姿は、単に20歳前後を中心とする参加者と34歳のSKY-HIの距離感によって生じたものではなく、SKY-HIのパーソナリティと捉えるのが適切だろう。彼の姿は、確実に新しい世代のプロデューサー像を感じさせるものだ。

 SKY-HIは、このオーディションに1億円の私財を投入したという。この“本気”は、強い危機感からなる。オーディション開始時、彼は以下のように語っている。

 このままだと、日本から良質なダンス&ヴォーカルグループが生まれなくなっちゃうな、という危機感を感じていました。

(略)どうしても出口の数が限られていて、そこのかたちにハマれない子は、すごい才能とかクリエイティビティを持っていても、世の中に出られないパターンが多すぎて。

 いまの若い子とかは、やっぱりダンス&ヴォーカルでトッププロになりたいから、韓国語を学んで韓国に行く。それはそれですごい素晴らしいことだし、素敵なことなんだけど。

 出口の数がないまま消えていく才能が多いのをたくさん見ていたので。すごいダイヤモンドが眠っている鉱山をだれも発掘することがなく、廃れていく未来が見えたのが、すげぇやばいなと思った。

 才能が才能のままその芽を咲かせる場所を自分は作りたいし、気がついてしまったのだから早くやらないといけないと思って。思ったひとが始めなきゃいけないよなと思ったので、(オーディションを)スタートさせました。

「[THE FIRST 本編] #1-1 / 書類審査〜2次審査 (福岡・神戸)」2021年5月1日/YouTube

K-POPへの人材流出

 SKY-HIが語っていることは決して大げさではない。

 長らく地上波テレビを中心にジャニーズ事務所が大勢を占めてきた日本では、男性グループの活躍の可能性が極めて限られてきた。

 だが2010年代になって、YouTubeなどインターネットメディアを活用したK-POPは内閉的な日本のマーケットを大きく切り開いた。結果、ガラパゴス環境を謳歌していた日本のポピュラー音楽は、一気にグローバルな競争に直面している。

 実際、SKY-HIが指摘するように日本から韓国に多くの若者が渡っている。昨年9月の段階での筆者の調査では、K-POPでデビューした日本出身者は30人以上にものぼる(「“K-POP日本版”が意味すること」2020年9月28日)。もちろんこれは氷山の一角で、実際はその10~100倍の若者が韓国でトレーニングを続けていると考えられる。

 そうした若者の多くは、自分の未来を韓国で切り開こうとしているだけだ。グローバル化した現在の音楽シーンにおいては、ファンもアーティストの国籍や制作国にこだわることはない。

 だが日本の芸能界にとっては、これは人材流出にほかならない。SKY-HIはこの状況に危機感を抱き、そしてBE:FIRSTを生んだのだ。

対照的なJO1とNiziUのプロモーション

 BE:FIRSTは、順調な滑り出しをしている。プレデビュー曲「Shining One」MVのYouTubeにおける視聴回数は8日間で約735万回(8月24日現在)に達しており、大ヒットに向かう道筋は見えた。

 なかでも、14歳のリュウヘイは卓越した能力を発揮している。オーディションの早い段階から頭ひとつ抜けた存在だった彼は、間違いなくこのグループの中心だ。BE:FIRSTも、おそらく彼の存在を軸に組み上げられていったと考えられる。

 もちろん、現在のプレデビュー段階ではまだ成功したとは言い切れる状況にはない。本当の勝負はこれからだ。

 今後の課題となるのは、やはりプロモーションだろう。いくらクリエイティブで頑張っても、それをヒットさせる回路をいかに構築するかがカギとなる。とくにBE:FIRSTの場合はクリエイティブが十分な水準に達しているために、あとはどのように売っていくかということに尽きる。つまり、マーケティングだ。

 このとき、ヒントになるものがある。ともに“K-POP日本版”として誕生したJO1とNiziUだ。前者は韓国・CJ ENMと吉本興業が手を組んで生み出し、後者は韓国・JYPエンタテインメントとソニー・ミュージックによって誕生した。

 すでに日本で大ヒットしているこの両グループだが、そのマーケティング戦略は対照的だ。JO1は、積極的に地上波のバラエティ番組に出演するなどして認知度を高めているのに対し、NiziUは、新曲ごとに稼働期間を限定しながらYouTubeで独自の番組『NiziU Scout』を配信している。前者は日本的な売り方なのに対し、後者は非常にK-POP的だ。

注目されるBE:FIRSTのメディア展開

 日本はいまだに地上波テレビの存在感が大きく、BE:FIRSTも『スッキリ』で認知を広げたように、音楽も芸能界もその強い影響下にある。

 だが、さまざまなインターネットメディアが浸透し、徐々にレガシーメディアが力を失っているのもたしかだ。とくに2018年頃からどこのメーカーでもほぼデフォルトとなったスマートテレビ(アプリ内蔵型テレビ)の普及は、日に日に地上波とネットの境界を崩している。

 こうしたメディアの過渡期だからこそBE:FIRSTは生まれたとも言えるが、今後どのようなメディア戦略(マーケティング)を採るかも注目に値する。それによってこのグループの成否も大きく左右されるはずだ。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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