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『スッキリ』アイヌ差別表現、その裏にあるテレビ制作現場の窮状

松谷創一郎ジャーナリスト
フリー画像をもとに筆者作成。

前向きな解決策を

 3月12日、日本テレビの朝の情報番組『スッキリ』において、アイヌ民族に対する差別表現が放送された。それは番組後半で、Huluで配信されるアイヌ民族の女性を取り上げた短編ドキュメンタリーを紹介する短いコーナーでのことだった。芸人が「謎かけ」として行った発言が、長らくアイヌ民族に向けられた差別表現だった。

 当該芸人はそれが差別表現であることを知らず、週明けの月曜日(15日)に謝罪したMCの加藤浩次氏も北海道出身ながら知らなかったと述べている。番組では、レギュラーコメンテーターの橋本五郎氏(読売新聞特別編集員)がアイヌ民族に関する本を紹介しながら、先住民への差別問題を解説した。そして、現在も『スッキリ』のホームページには「お詫び」が掲示されている(ただし「差別表現」ではなく「不適切な表現」とされている)。

 無論のことこの差別表現は問題外であり、当該芸人や『スッキリ』側に弁解の余地はない。だからこそ、日本テレビは放送同日の夕方に他番組で謝罪し、月曜日に番組中で再度の謝罪にいたった。その後、15日には北海道アイヌ協会が、日本テレビに対し原因究明を求める申し入れをしたと報じられた(朝日新聞2021年3月15日)。よって、日テレ側からリアクションがあるかもしれない。

 個人的により前向きな解決策は、番組内でアイヌ民族についての枠をしっかり取って紹介することではないかと考えている。加藤さんは北海道出身で、番組内容にもけっこう意見している様子なので、彼しだいではそれがいちばんの解決につながるのではないか。

予算削減と番組内容の複雑化

 ここからは、この一件に限らずテレビの情報番組について考えていく。

 筆者は、これまでそれなりの数の情報番組に出演したり取材を受けたりしている。『スッキリ』にも昨年11月にBTS人気についての解説で出演した(オンライン収録)ばかりだ(※1)。

 それもあって、いま情報番組が置かれている状況はある程度は理解しているつもりだ。そうした経験を踏まえて今回の件を見ると、「起こるべくして起きた」とやはり思ってしまう。

 要は制作体制の問題だ。

 端的に言って、予算が削られているにもかかわらず、番組内容は複雑となっているので、ミスが生じやすくなっている。今回もチェック体制の不備が指摘されているが、おそらくそのとおりだ。仕事量が増え続けているのだから、いつかはこうしたことが起こる。

 水面下でも、こうしたテレビ番組の制作において小さなトラブルが数多く生じている。それは他メディアの比ではない数だ。筆者自身もいくつか経験しているが、周囲の文化人(学者や専門家など)からもしばしば耳にする。取材内容をはじめ、ギャラ提示や未払い、消費税分の不足など、ビジネス上の基本的なルールすら徹底されていないことも珍しくない。なかには、頑なにギャラ提示を拒んで仕事を進めようとしたディレクターもいた。こうした行為は、相手が個人事業者だとしても、現在は独占禁止法の優越的地位の濫用となる(※2)。

 こうしたトラブルが生じたとき、一般的にはテレビ局員の問題だと思われがちだが、事態はやや複雑だ。なぜかというと、番組制作の実働部隊はそのほとんどがテレビ局員ではなく、下請けの制作会社だからだ。ほかにも構成作家やナレーター、デザイナー、そして芸能人など、多くの外部スタッフ(下請け)によって番組は創られている。

 いちばんの問題は、こうした外部スタッフの待遇が極めて悪いことだ。収入は高給取りの局員の3分の1から4分の1程度で、労働時間もとても長い。現場では厳しい上下関係があり、ちょっと前までは怒声が飛び交うような環境だ(最近は改善されつつあるとも聞くが)。

 こうした下請けの環境の劣悪さは以前から頻繁に指摘されてきたが、近年は少子化やネットメディアの浸透によって、状況が悪化している可能性がある。なぜなら、そもそも有能な人材が集まらなくなっているからだ。制作会社が募集をかけても以前から大卒は集まらなくなっており、現在は専門学校卒も来なくなっていると耳にする。そうした人材が、プロデューサーのプレッシャーのなかで、情報番組で政治や社会の問題を扱っているのが実状だ(情報番組による安易な中韓叩き報道は、こうした現場から生まれている)。

 若者たちはYouTubeやNetflixに夢中で、地上波テレビから離れているのは総務省の調査(※3)からも明らかだ。テレビ制作の現場が、若者たちにとってネガティブな場であるイメージはかなり浸透している。

テレビの衰退と疲弊する制作現場

 こうした地上波テレビの広告収入は、この5年ほど右肩下がりだ。一昨年にはインターネット広告に抜かされたことが話題となり、昨年は新型コロナによる不景気で前年比89%と大きく落ち込んだ(※4)。

 テレビCMには総量規制(放送時間の18%まで)があるため、広告単価が上がらなければ放送収入が増えることはない。よって各局は、この20年ほど放送外収入を得ることに躍起になっている。不動産、イベント、映画、動画配信などだ。TBSなどは安定した不動産収入を得ているが、その強みがない日本テレビはHuluや映画などに積極的だ。

 なんにせよ放送メディアの衰退によって、番組制作費は減り続けている。その一方で、番組内容はひとむかし前よりも複雑になっている。テロップを入れるのは当然となり、情報番組では細かいフリップが作られ、ロケも頻繁にある。局全体でも、BSや配信用のコンテンツを創らなければならなくなった。

 予算削減によってスタッフが減る一方で仕事量は増えているので、当然現場(制作会社)は疲弊する。プロデューサーの仕事も増えているので、チェック体制もうまく機能しなくなる。加えて、前述したように制作会社に有能な人材が集まらない。

 情報番組はこうした状況で週5日放送されている。毎日仕事を回すだけでも現場は大変だ。こうした状況では、扱う題材について担当ディレクターが入念な取材や調査をすることは到底できない。

 結果、番組内容自体は薄味になり、小さなミスは続発し、最悪の場合は今回のように差別発言が垂れ流される。止まることのない悪循環が長らく続いている。

「力のある人材が集まる幸福な時代の終焉」

 今回のケースで言えば、チェックが不足していたのは間違いない。だが、あれが差別表現であることは一般的に広く知られてはいなかったので、年配のプロデューサーが確認していればどうにかなる話でもなかったかもしれない(なんでもかんでもバラエティ的に扱う姿勢も問題だが)。

 だが、表現上なにか気になる点があれば、テレビ局では内容をチェックする考査部に確認できる体制はある。今回はおそらく事前にそこへ確認をしていなかったのだろう。この点においてやはりプロデューサーのミスだったと言える。

 今回のケースとは異なるが、情報番組ではBPO(放送倫理・番組向上機構)で審議される案件も生じている。

 たとえば、2019年のテレビ朝日の情報番組『スーパーJチャンネル』におけるヤラセ問題がそうだ。これは、ロケの出演者が仕込みだったというものだ。BPOで審議された結果、放送倫理違反があったと結論づけられた。

 報告書も公開されているが、それを読むと現場の過酷な状況が伝わってくる。問題を起こした派遣のディレクターは、テレビ局のプロデューサーからの“撮れ高”プレッシャーのなかで「自分はしょせん機械」だと諦念混じりに話している。そして報告書は以下のようにまとめる。

 放送に対する信用を維持し放送の未来を守るためには、大きく変わった働き方を前提に、放送に夢を持ち力のある人材が自然と集まってくる幸福な時代の終焉を直視し、放送の現場に必要な予算と人員を確保して持続的に人を育てる取り組みを放送界全体で意識していかなければならない。そういうときが、まさに今来ている。
BPO「テレビ朝日『スーパーJチャンネル』『業務用スーパー』企画に関する意見」2020年9月2日(太字部分は引用者による)

重大な事故が起こるリスク

 結局のところ、構造的な問題だ。制作環境を変えないかぎりは、今後もミスは起こり続ける。予算が削られ有能な人材が減り続ければ、条件を変えない限りもっと大きな事故が生じる可能性は高まるからだ。

 このとき参考となるのは、ハインリッヒの法則だ。これは100年近く前に損害保険会社の社員が理論化した法則だ。その概要は、統計的に1件の重大な事故の背後には29件の軽微な事故があり、さらにその背後には300件のニアミスがあるというものだ。

 以上を踏まえれば、制作体制を変えないかぎりは、そのうち死者が出るような重大な事故が生じる可能性が高い。それはあしたかもしれないし、半年後かもしれないし、3年後かもしれない。軽微な事故は水面下で数多く生じているので、このままでは統計学的にいつか必ず起きる。

 こうした事態を防止するためには、場当たり的にチェック体制を整えるだけでは不十分だ。なぜかと言うと、それは現場への負担がひとつ増えるだけだからだ。問題Aを解決するために、新たな問題Bが生じるリスクがある。

 よって、この場合のソリューションはふたつある。

 ひとつは、予算を増やして制作環境を改善すること。もうひとつは、番組内容を変えてスタッフの負担を軽減することだ。だが、現実的に前者は選択できないので、必然的に後者を選ぶしかない。つまり仕事量を軽減するために、番組を簡素にするしかない。

 これは、視聴率を気にする局の上層部には、なかなか理解が得られない判断だろう。しかし、今後地上波テレビの視聴率がいまよりも向上することはない。放送自体はなくなりはしないが、もうテレビはメディアの中心ではない。これから視聴率は落ちる一方で、いかにネットなどでコンテンツを運用するかというフェイズに入っている。この状況下で、同時間帯で視聴率競争に奔走することにどのような意味があるか問わなければならない。

今後テレビの視聴率が上向かない現実

 むかしから言われているが、視聴率競争から降りるためには新たなKPI(重要業績評価指標)を構築する必要がある。視聴率は単にテレビをつけている世帯数を意味する単純な指標でしかなく、それとは異なる価値を作ってスポンサーに提案する必要がある。具体的には、視聴“質”で勝負するためのマーケティングをすればいい(この話もずいぶんむかしからされている)。

 インターネットメディアでは、すでにそれが始まっている。まだサイトのPV数(閲覧数)に重点を置くところは多いが、現在はエンゲージメントタイム(滞在時間)に注目している媒体も少なくない。派手な見出しでPVを稼ぐことよりも、ちゃんとサイトを読む/見ることに価値が置かれようとしている。広告収入ベースでは、滞在時間のほうが意味を持つからだ。

 現実的に、少しずつテレビはシュリンクしている。たとえば昨年フジテレビは、5年間続いた午後の情報番組『直撃LIVE グッディ!』を終了させた。前番組と後番組の放送時間を伸ばし、さらに再放送で午後の枠を埋めた。コロナ禍での広告収入減は、こうしたテレビの縮小を早めた可能性がある。

 こうした話をすると暗くなってしまうが、テレビ局員の多くは今後地上波の視聴率が上向かないことは頭では理解している。じゃあどうするか、ということだ。だが、ここで立ち止まっていると、時間が経過してそのうち大事故が起こる。

外資に救われる制作会社

 日本のコンテンツ業界は、世界的に見てもおしなべてインターネットメディアへの移行が遅れた。音楽業界はCD販売にしがみつくことで出遅れ、出版ではデジタルメディアへの積極性が現在各社の業績を左右している。

 テレビ局も、10年代以降はYouTubeをはじめNetflixやAmazonプライムビデオなどと激しい競争に晒されている。インターネットが今後さらに浸透する以上、コンテンツ産業はグローバルな競争に巻き込まれる。だが、ライブドアや楽天の参入を拒んで既得権益の護持に走った過去もあり、テレビ(放送)業界は遅れに遅れてしまった。

 こうした状況において逆にチャンスがあるのは、むしろ制作会社のほうだ。韓国のドラマ制作会社・スタジオドラゴンは、『愛の不時着』などNetflixで大成功を収めている。日本では、すでにProduction I.Gやボンズなどのアニメ制作会社(スタジオ)が、Netflixと提携して制作基盤を安定させた。Amazonプライムでバラエティ番組を創ったある制作会社のディレクターは、地上波よりも制作費が数倍多かったと筆者に話した。日本の地上波テレビ局に買い叩かれてきた制作会社が、外資に救われつつある状況といえる。

 今回の一件は、好調な時代に現場環境を改善するなど未来に投資をしてこなかったツケとも言える。日本テレビだけでなく、地上波テレビ局は重大な事故が起こる前になんとかしたほうがいい。

■註釈
※1:ただし『スッキリ』で私の取材を担当したディレクターは、さまざまな情報番組のなかでももっとも丁寧だった。
※2:公正取引委員会「『人材と競争政策に関する検討会』報告書に関する周知・広報活動について」
※3:総務省「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」
※4:電通「日本の広告費」
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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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