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AKB総選挙のない夏──呪縛から解き放たれた「会いに行けるアイドル」

松谷創一郎ジャーナリスト
2012年6月6日、総選挙ポスターに群がるファン(写真:ロイター/アフロ)

 ジャニー喜多川氏死去、ジャニーズ事務所への公取委の注意、そして吉本興業の混乱――今年の夏、芸能界ではさまざまな出来事が巻き起こった。

 そうした大きな話題の影で、AKB48は半年ぶりのシングル「サステナブル」を9月18日にリリースすると発表した。通常であれば3ヶ月おきにシングルが発表されるが、選抜総選挙がなかった今夏は半年の期間が空いた。

 各グループを中央に集権化する年に一度のイベントは、地域密着を本義とするAKBグループにとって、矛盾をはらむ強い「呪縛」となっていた。そんな総選挙から解き放たれたこの夏、静かに存在感を失いつつあるように見えるAKB48はどこに向かうのか──。

史上最大の汚点・NGT48

 昨年から今年にかけて、AKB48グループではさまざまな出来事が生じた。その多くは、決してポジティブな内容ではない。

 なにより注目されたのは、やはりNGT48(当時)の山口真帆による暴行被害事件の告発だろう。この騒動では、彼女を擁護した長谷川玲奈など5人が相次いで卒業した。今夏の総選挙が見送られたのも、この一件とけっして無関係ではないだろう。そこでは、運営会社であるAKSのマネジメント体制などガバナンスの問題が浮上した。現在はAKSが加害者のファンに対して民事訴訟を起こし、係争中だ。

 この一件は、14年続いてきたAKB48の歴史においても最大の汚点と言える。だが、それ以上に深刻なのは、主要メンバーの相次ぐ離脱だ。

 その筆頭は、やはり5年以上もAKB48の中心にいた指原莉乃(HKT48)だろう。昨年は総選挙に出馬しなかったものの、2013年から17年にかけて4回もトップに輝いた。前田敦子を中心とした初期AKBとは異なる存在感を構築していたが、そんな絶対的エースが4月末に卒業した。

 離脱は指原だけではない。

3月に発表されたIZ*ONEの韓国2ndシングル『HEART*IZ』。
3月に発表されたIZ*ONEの韓国2ndシングル『HEART*IZ』。

 昨年、韓国の人気オーディション番組『PRODUCE 48』で勝ち残った宮脇咲良(HKT48)・矢吹奈子(HKT48)・本田仁美(AKB48)の3名は、IZ*ONEとして日韓を股にかけて大活躍している。2年半の限定ではあるが、彼女たちは48グループの活動を休止中だ。2018年の総選挙では、宮脇が3位、矢吹が9位という結果だったように、彼女たちもAKB48の主要メンバーだった。

総監督候補・高橋朱里の渡韓

 加えて、この番組で最終選考まで残った竹内美宥と高橋朱里も卒業した。そして、ふたりとも韓国に渡った。

 なかでも周囲を驚かせたのは、高橋の決断だった。総選挙では2016年から3年連続で選抜入り(16位以内)をしていた彼女は、人気以上にその存在感は大きかった。2つのチームでキャプテンを歴任し、AKB48の次期総監督との呼び声も高かった。2017年の総選挙では、結婚を発表した他メンバーを批判するスピーチでも注目されたように、その強いキャプテンシーは高橋みなみと横山由依の系譜を継ぐものと見られていた。しかし高橋朱里は、AKB48を卒業した。

 昨年11月、筆者は彼女にインタビューする機会を得た。『PRODUCE 48』終了から3ヶ月が経とうとしていた頃だ。いま思えば、おそらくこのときすでに韓国の芸能プロダクションから声がかかっていたはずだ。今後について訊いたとき、彼女は言葉を選びながらこう話した。

AKB48のやり方で戦っていく方法もあれば、韓国で学んできたことでステージに立つこともできる、という感覚でいまはやっています。

今後は……どうなるんですかね? 私は、ステージには立っていたい。けど、自分のやりたいこともやりたいです。

でも、まだ諦めてないです。また韓国のステージに立ちたいから。

出典:高橋朱里が『PRODUCE 48』で痛感した「日本と韓国の違い」(『現代ビジネス』2019年1月22日)

 AKBに残っていれば、これから10年は日本の芸能界で安定的にやっていけたはずだ。彼女は、それよりも人生の勝負の場として韓国を選んだ。

 そして8月7日、高橋朱里はK-POPグループ・Rocket Punchの一員としてデビューした。

 これらのメンバー以外にも、AKB48からは卒業が相次いでいる。小嶋真子、後藤萌咲、中野郁海、山田菜々美も今年に入って卒業・卒業発表をした。このうち3人は『PRODUCE 48』に挑戦している。ドメスティックな競争に安住していたAKB48にとって、グローバルなK-POPはやはり“パンドラの箱”だった。

地域密着なのに中央集権

 AKB総選挙がはじめて行われたのは、2009年のことだ。第1回は、公開イベントなども行われず投票結果だけが発表された。このとき1位になった前田敦子の得票数は、4630票あまり。2017年に1位の指原莉乃が24万6376票だったことを踏まえると、AKB48の人気がまだ人口に膾炙する前だったことがわかる。

 その後、AKB総選挙は人気を急速に拡大させていく。この背景には、48グループの増加にともなう立候補者の増加がある。

 2005年12月に活動を始めたAKB48は、段階的に姉妹グループを増やしていった。2008年8月のSKE48を皮切りに、2010年10月にNMB48、2011年10月にHKT48、2015年8月にNGT48、2017年3月にSTU48と続いていった。また2011年からはインドネシア・ジャカルタでJKT48、タイ・バンコクでBNK48、フィリピン・マニラでMNL48と、海外展開もしている。今年に入っても、6月にタイ・チェンマイとインドのデリーとムンバイでそれぞれ新グループを発足させることが発表された。

 海外も含めその展開は各地域に密着しており、グループはいまも拡大を続けている。NGT48のようなマネジメントの不備による大失敗もあったが、名古屋や大阪、福岡など、概ね上手く回っている。

 だが、そうした地方密着アイドルであるにもかかわらず、総選挙は、結局のところシステムの中央集権制を誇示するイベントとなっていた。アイドルたちは各地域代表としてではなく、代表チームの選抜メンバーの座を賭けて競い合った。

 こうした状況は、「AKB48」のふたつの側面として表れている。ひとつが東京・秋葉原の地域密着アイドルとして、もうひとつはグループ全体の代表チームとしてだ。

「エケペディア」のデータをもとに筆者作成。
「エケペディア」のデータをもとに筆者作成。

 図は、AKB48発表シングルの選抜メンバーを色で分けたものだ。2008年にSKE48の松井珠理奈が選抜されて以降、徐々に他グループのメンバーが代表チームとしてのAKB48で活躍する状況が増えていった。現在は、選抜メンバーの約半分が非AKBメンバーで占められている。

 地域密着なのに中央集権──ここに、拡大を続けてきたAKB48グループの矛盾がある。総選挙は、まさにこの矛盾を強くはらむシステムだった。

埋まらない指原莉乃の抜けた穴

 人気とは、浸透と拡散が同時に進行することを意味する。AKB総選挙のデータを分析すると、その一端がかいま見える。

 2009年に始まった総選挙は、翌年の第2回から総投票数を開示している。当初は38万票あまりだったが、以降右肩上がりで増加していく(グラフ参照)。

「エケペディア」のデータをもとに筆者作成。
「エケペディア」のデータをもとに筆者作成。

特に増加が大きいのは2013年だ。前年に前田敦子が卒業し、大島優子や渡辺麻友を僅差で抑えて指原莉乃がはじめてトップに輝いた年だ。総得票数は前年から倍増し、視聴率が唯一20%を超すのもこの年だ。多くのひとがAKB総選挙に強い娯楽性を見出した時期と言えるだろう。また、この総選挙結果の選抜メンバーによる「恋するフォーチュンクッキー」もファンが参加する「踊ってみた動画」の仕掛けもあって大ヒットした。

 人気はここから踊り場に入る。総得票数は増加していったが、テレビ視聴率は徐々に低下していった。指原の人気によって支えられていたが、グループとそれにともなうメンバーの増加によって上位メンバーの存在感は薄れていった。

「エケペディア」のデータをもとに筆者作成。
「エケペディア」のデータをもとに筆者作成。

 それはデータからも明らかだ。総得票数に占める総選挙結果の上位メンバーの得票率は、2016年以降下がり続けている。なかでも、2018年に1位に輝いた松井珠理奈(SKE48)の得票率は5.1%、過去最低を記録した。指原莉乃が2016年に7.5%、2017年に7.3%だったのと比べると、トップの人気の減退は明らかだ。加えて2018年の総選挙では、2位になった須田亜香里の写真集が売れないことも話題となった。指原の抜けた穴が、あまりにも大きいことがわかる。

 一般層も巻き込んだAKB総選挙というお祭は、コアなファンの射幸心を煽ること以上の意味を持たなくなっていった。

「会いに行けるアイドル」への回帰

 総選挙のない夏が終わって発表されるAKB48の新曲「サステナブル」では、17歳の矢作萌夏がセンターに抜擢された。昨年末に研究生から昇格したばかりの新人だ。AKBの歴史において、これほどまでの短期間でのセンター抜擢は2008年の松井珠理奈以来だ。

 指原莉乃もおらず、主要メンバーが韓国に渡り、松井珠理奈の人気が跳ねない現在、AKB48グループは中心を欠いた状況となりつつある。前述したように、各グループは地域に根を下ろしてはいるが、代表チームかつ秋葉原のAKB48は数年前からその存在理由を弱めているように見える。

 現在、全国10箇所・20公演で行われている4年ぶりの全国ツアーは、そのひとつの模索だろう。公演を行うのも、代表チームではなくグループ単独、つまり秋葉原としてのAKB48のツアーだ。昨年、総監督に就任した向井地美音が考案したセットリストは、ファンからもかなり好評のようだ。

2019年7月20日、AKB48全国ツアー2019・仙台サンプラザホール公演より(撮影可能時間に筆者の友人撮影)。
2019年7月20日、AKB48全国ツアー2019・仙台サンプラザホール公演より(撮影可能時間に筆者の友人撮影)。

 もしかしたら、AKB48は原点に戻りつつあるのかもしれない。総選挙と握手会を軸とするCDに依存したビジネスモデルから、秋葉原のライブアイドルへの回帰だ。そもそも「会いに行けるアイドル」というキャッチコピーも、握手会ではなくライブのことを指していた。「総選挙がない夏」に意味があったとしたら、この原点回帰にあるだろう。

 もちろん、それがどれほど上手くいくかはわからない。多くのメンバーがいるAKB48は、これまで握手会と総選挙を呼び水としたCDの売上に大きく依存してきたビジネスモデルだった。だが、利益率の低いライブは大きな儲けを生み出さず、CDもこれからストリーミングサービスなどに置き換わっていく。よって、ライブアイドルへの回帰が打開策となるかは不透明だ。むしろ、握手券付きCDに取って代わる新たなビジネスモデルを開拓しない限り、情勢が好転する可能性は低い。

 日本代表から秋葉原のAKB48へ──総選挙の呪縛から解き放たれつつあるAKB48は、静かに衰退する過程に入ったのかもしれない。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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