「鳴かない番犬」と呼ばれた公取委は、「ほえる番犬」になるか──ファンが抱く芸能界の疑問に答える〈2〉

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芸能人にも独禁法適用へ

 芸能人と芸能プロダクションの衝突など、ファンのみなさんが抱く芸能界の疑問に答えるシリーズ・第2回目。

 今回は、「人材と競争政策に関する検討会」報告書(公取委HP「人材と競争政策に関する検討会」)を発表した公正取引委員会と、独占禁止法についての質問に応えたいと思います。

 とは言え、法律のことですから簡単な内容ではありません。そこで、今回は専門家の方に協力していただいてご説明します。

自由競争を保護する独禁法

■質問3:そもそも独占禁止法ってなにですか?

■「独禁法」という略称で呼ばれることの多いこの法律、その正式名称は、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」と言います。でも、これだけじゃ、なんだかよくわからないですよね。たしか中学か高校のときに学校で習ったはずですが、「競争防止の禁止」くらいのイメージしか持ってないひとも多いかも知れません。

 なので、筆者はまず知り合いの弁護士ふたりに訊いてみました。すると、ふたりそろって「専門外だからよくわからない。独禁法は独特なんだ」とのこと。そうなのですか。

 ならば、独禁法の専門家に聞くしかありません。

「たしかに、法律のなかでも特殊な分野です。独禁法は、他の法律を勉強したひとがその知識を使って解説することは難しいのです」

 まずそう説明してくれたのは、望月宣武弁護士(日本羅針盤法律事務所)です。そして丁寧に独禁法の基礎を教えてくれました。

本来の役割は、自由競争を保護することです。だから、われわれも『競争法』と呼んでいます。ここでの『競争』とは、良質で廉価な商品やサービスでみなさん競い合いましょうということ。ひとを出し抜いたり、競争したいひとを排除したり、そういう不当な手段で競争環境をゆがめるのはダメですよ、っていう法律です」

 なお、この話の前提にあるのは資本主義です。国営企業ばかりの社会主義では成立しない考え方ですが、市場経済を取り入れた中国では2008年に独禁法が生まれたそうです。

 早稲田大学スポーツ科学学術院の松本泰介准教授(弁護士)は、こうした例を挙げて説明してくれました。

「みなさん、世の中のスマートフォンがiPhoneひとつだけだったら、iPhoneはここまで進化したでしょうか? 商品がたったひとつしかない場合は、イノベーション(革新)が起こりません。iPhoneもサムスンのGalaxyなどと競ってきたからこそ、その性能がどんどん高まってきたんです。

 このように、競い合う関係が社会により良いサービスや商品を提供し、経済発展に繋がります。逆に、一社の独占は好ましい状況ではありません。独禁法は、独占状態を防止したり、他社の参入をうながしたりするための法律です」

 そんな独禁法ですが、つい最近、大きな事件で目にしたひとも多いでしょう。3月2日に、大手ゼネコンの大成建設と鹿島建設の幹部が逮捕された「リニア談合事件」です。これは、公的資金3兆円を含む総事業費9兆円のリニア中央新幹線の工事において、JR東海の発注にゼネコン4社が事前に受注業者を談合して決めていた、というもの。この談合が独禁法違反だとして、東京地検特捜部が捜査をして逮捕までしたわけです。

公取委は「鳴かない番犬」?

■質問4:じゃあ公正取引委員会ってなにですか?

■略称が「公取委」であるこの組織も、長い名前ですよね。会話では「コートリ」とさらに縮められて、どこかの地域に生息する鳥のようです。

 それにしても、検察が独禁法で逮捕までするのに、なんでこの組織は必要なのでしょうか? 望月宣武弁護士は、こう説明してくれました。

「公取委は、独禁法のための独立した行政機関で、違反者を摘発する権限があります。検察のように逮捕まではできませんが、違反の疑いのある会社などに立ち入り検査などができます。もちろん、最終的には裁判所で争うということになりますが。また、検察などとも連携します。今回のリニア事件も、東京地検特捜部と公取委がいっしょに動いていました」

 そんな公取委ですが、学校で習ったことはあっても、われわれの日常生活には馴染みの薄い存在です。

「公取委は、企業を摘発することばかりなので一般的にはイメージしにくいかもしれません。でも、名だたる企業をたくさん摘発してきましたから経済界からは嫌われています。それもあってか、経済状況が良かったバブル崩壊以前は、あまり積極的に活動していませんでした。『鳴かない番犬』と皮肉られていた時期が長かったんです。バブル崩壊後の10年間くらいは不景気になったせいか頑張ったんですけど、2005年ぐらいからまただんだん鳴かなくなってきたんです。

 ですから、最近は摘発に関してはかなり低調です。摘発するとしても、リニア事件のような談合ばかり。談合事件は世論を味方につけやすいので、表立って経済界から叩かれにくいですから」(望月弁護士)

 そんな公取委ですが、つい先日、杉本和行委員長の再任が発表されました。その記者会見において、以下のように発言しています。

従来『ほえる番犬』である公取委を標榜(ひょうぼう)してきた。独占禁止法(に抵触する)行為への厳正な処置や、的確な企業適合審査を行う必要がある」

出典:毎日新聞2018年3月6日付「杉本委員長、公正な競争への『番人』に改めて意欲」(太字部は引用者によるもの)

 「鳴かない番犬」ではなく、「ほえる番犬」だと啖呵を切りました。これは、お手並み拝見ですね。

アメリカの影響とSMAP解散騒動

■質問5:今回の「人材と競争政策に関する検討会」は何のために開かれたのですか?

■「フリーランスを独禁法で保護する」という見解をはっきりと示した公取委の「人材と競争政策に関する検討会」報告書ですが、大手新聞は全紙が大きく扱うほど注目されました。

 ただ、その取り上げ方についてはさまざまです。朝日新聞は芸能界の移籍問題を大きく取り上げましたが(2018年2月15日付)、日経新聞は「芸能人」や「芸能界」という表現はいっさい使わず(2018年2月15日付)、読売新聞は社説で芸能界の例を挙げながら「各業界には特有の背景や慣行がある」と公取委の見解に釘を刺すような表現をしています(2018年2月17日付)。テレビはNHKが積極的に、TBSがちょこっと、他の民放局は新聞の紙面紹介というかたちでの紹介にとどまっています。ネタは同じでも、マスコミによって注目ポイントや評価は異なるのです。

 それにしても、今回の検討会はなぜ開かれたのでしょうか? 望月宣武弁護士はこのような指摘をします。

「以前からずっと議論はありましたが、このタイミングになったのはおそらくアメリカの影響でしょう。2016年に、FTC(連邦取引委員会)とDOJ(司法省)がフリーランスについてのガイドラインを出しました(FTC・2016年10月20日DOJ・同日/英文)。そこで、日本も人材獲得競争のカルテルはちゃんと規制対象にしなければまずいよね、っていう問題意識が出発点だと思います。いまは経済がグローバル化しているので、『A国では違法、B国では合法』という状態が生じるのは望ましいことじゃないんです。数十カ国が集まって、競争法(独禁法)による規制内容をすり合わせているくらいですから」

 一方、松本泰介弁護士は報道でも見られたようなフリーランスの著しい増加と芸能界の問題があったのではないかと話します。

「報告書にもあるように、日本で働き方の多様性が生じてきた背景はあるでしょう。ただ、芸能界のことは明らかに臭うな、という印象はあります。去年の夏から検討会から始まったのは、やはりSMAPなど芸能人の問題がきっかけだったのではないでしょうか。スタートの問題意識はフリーランス全般だったところに、SMAPの解散騒動で芸能の話が加わり、それならばスポーツ界はどうだろう──こうして広がっていったのだと推測しています」

 こうした話を総合すると、コップいっぱいに水は溜まっていたのだけど、それがSMAPという振動によって、一気に溢れこぼれたという感じでしょうか。銃でたとえれば、フリーランスの働き方問題が弾丸として長らく込められていて、SMAPによって引き金が引かれたということでしょうか。

 さて次回は、芸能界の問題についてさらに掘り下げてお返事をしていきたいと思います。

 なお公取委は、今回の「人材と競争政策に関する検討会」報告書について、電子メールで意見募集をしています。締め切りは3月16日です。

 こうしたパブリックコメントは、直接公取委のひとが目にするのでけっこう効果的です。たとえ稚拙な内容でも、行政に市民の意志を直接伝えることはたいせつなことだと思います。