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広島・緒方監督が信じた「流れ」、DeNA・ラミレス監督が信じた統計──2017年・セCSファイナル

松谷創一郎ジャーナリスト
2016年9月7日、広島・マツダスタジアム(筆者撮影)

「流れ」をつかめなかった広島

 セ・リーグのクライマックスシリーズ・ファイナルステージは、シーズン3位のDeNAベイスターズが優勝した広島カープを破って日本シリーズ出場を決めた。初戦こそ広島が3-0の雨天コールド勝ちを収めたが、そこからDeNAが見事に4連勝した。

 1勝のアドバンテージがあり、かつシーズン勝率が.714の本拠地で戦う広島は、間違いなく有利だった。しかし、12球団一の打線は湿ったままで、チャンスは作ってもそれを活かすことはできず、5試合の総得点はたったの11。小刻みな継投を駆使したラミレス監督は、見事にカープ打線を封じた。

 こうした戦況について広島・緒方孝市監督はこう振り返った。

やっぱり流れをつかめるような、勢いにつながるような、そういう戦いをしなくちゃいけないなと。それをするのが監督の采配だから。

出典:スポーツ報知2017年10月24日「【広島】『流れをつかめるような戦いをしなくちゃいけない』緒方監督一問一答」

 「流れ」──この言葉はいったい何だろうか?

「流れ」のふたつの意味

 野球において「流れ」という言葉は、とてもよく使われる。しかし、その語義は曖昧で、場面や使用者によってその意味は異なってくる。大きく分ければ、それはふたつの意味で使われる。

 ひとつは、「勢い」や「ノリ」という意味だ。「チームに流れができる」といった用法のように、打線が繋がるなどした状態のときに使われる。「良い空気」という意味だとも捉えられるだろうか。

 たしかに野球に限らずスポーツでは、いわゆる“押せ押せの場面”が生じることがある。優勢なチームがチャンスをものにし、さらに勢いを増すようなシーンだ。高校野球では頻繁に見られるが、学生の集団スポーツでは場内の応援などによって独特の「空気」が生まれ、一方的な攻撃に結びつくケースがある。

 もうひとつは、「運」や「ツキ」だ。野球は、内野安打やポテンヒットなど運の要素が絡むスポーツでもある。他のスポーツでも運が働くことはあるが、プロ野球は優勝チームでも勝率が6割程度であることを考えると、この要素が比較的大きい方だと言える。不運が重なって投手が崩れていくこともけっして珍しくはない。

 こうした複数の語義は、使用者によってその用法も異なってくる。元プロ野球選手の解説者でも「勢い」と「運」を明確に分けるひともいれば、すべてを「流れ」で片付けるひともいる。

 ただ、「勢い」にせよ「運」にせよ、「流れ」は非常に曖昧な概念だと言わざるを得ない。

 緒方監督は、敗戦の理由を「流れをつかめるような、勢いにつながるような」とコメントしている。「流れ」と「勢い」が同義なのか、それとも「運」と「勢い」が違うものとして捉えられているのかは、このコメントからはわからない。

 問題は、こうした曖昧な言葉をプロ野球の優勝チームの監督が簡単に使っていることだ。

 「流れ」とは、非常に便利なマジックワード(魔法の言葉)でもある。悪く言えば、思考停止のための言葉であり、「呪文」とも言い変えられるだろう。たしかにスポーツには、「勢い(ノリ)」や「運」の要素はある。しかしプロが「チームのノリ」や「不運」を敗戦の理由とするのは、なんとも貧しい。今年の広島の強さは、「流れ」などに左右されない実力にあったからだ。

 「流れをつかめなかった」という監督の敗戦の弁は、「チームに勢いが出なかったから勝てませんでした」や、あるいは「運が悪くて勝てませんでした」という意味でしかない。それは小学生の言い訳レベルでしかない。

緒方監督の采配ミス

 今回の広島の敗戦は、間違いなく緒方監督の采配ミスだ。それはシーズン中にも見られた、「流れ」をつかもうとした結果生じたものだと言える。

 その代表的な例が、送りバントの多用だ。この5試合のうち4試合で、初回に先頭バッターの田中広輔は出塁した。緒方監督は、このすべてで送りバントを選択し、2番バッターの菊池はすべて成功させた。

 送りバントは、ダブルプレーを回避し、1点を取るには有効な作戦だ。しかし、統計的には1アウトを献上するので、大量点には繋がりにくい傾向がある。よって、試合の終盤で同点や勝ち越しを考えたときに使うのがベターな作戦だ。試合の序盤で送りバントを使うのは、菅野(巨人)や大谷(日本ハム)のような、大量点が見込めない優れた投手を攻略したいときだ。

 実際、この4回のチャンスで得点に結びついたのは2回のみで、それぞれ3点(第4戦)、2点(第5戦)だった。とくに第5戦の場合は、2塁打で出塁した田中を3塁に進めるバントだったが、その後の丸やバティスタにタイムリーが出たことを考えると、果たしてあの送りバントはどれほど必要だったのかと考えてしまう。

 それでも緒方監督が得点圏にランナーを進めた狙いは、おそらく「流れ」をつかむことにあったはずだ。先制点をあげることで、チームに「勢い」や「運」をつけることを意味する。しかし、この攻撃により多くて3点止まりだったことで、広島は両試合とも逆点負けを喫した。セ・リーグでは広島に次ぐ強力打線のDeNAにとって、その差は十分に逆点可能なものだった。

 野球を統計学で分析するセイバーメトリクスに長けたラミレス監督にとって、初回からの緒方監督の送りバントはとても好都合だったはずだ。それによってダメージが小さくて済むからである。

 また、盗塁やエンドランでも緒方監督は采配の失敗をしている。

 第3戦では、5回裏に好投していたジョンソンに代打・天谷を出し、1塁ランナーの西川とエンドランを決行したが失敗。第3戦では、3回裏に1アウト1・3塁のチャンスでディレイドスチールを試みたものの、結果は三振ゲッツーだった。

 エンドランはそもそも成功率が低いので、リスクが大きい作戦だ。1点負けているときに有効ではなく、さらに好投していた投手に代打を出してまでやる作戦ではない。ディレイドスチールは、昨年の日本シリーズ初戦で成功した作戦だった。その試合で広島は足を使って投手を揺さぶって勝利したが、その相手は大谷翔平だった。大谷だからこそ仕掛ける意味のあるイチかバチかの作戦だった。

 足を使った野球は、現役時代に3度の盗塁王を獲得した緒方監督が目指す野球だ。実際、広島の走塁は12球団一だろう。しかし、試合の終盤ならともかく、序盤や中盤に非常にリスクの高いイチかバチかの作戦を決行するのは、極めて不可解だった。

呪文に圧勝した科学

 送りバントと盗塁・エンドランの多用──そうした緒方監督に対し、ラミレス監督の采配は非常に手堅かった。

 DeNAがこのCSファイナルステージで送りバントを使ったのは、2回のみだった。ひとつが、第4戦で5回表に同点となり、さらにノーアウト2塁というチャンス。もうひとつが第5戦の7回表に4点リードしているときだ。広島が5試合で6回、さらに第3戦では2回の失敗もあった。シーズンで見れば、広島の犠打数が116(リーグ最多)に対し、DeNAは84(リーグ最少)である。

 盗塁でもそのコントラストは明確だ。このCSファイナルステージで、DeNAが盗塁をしたのは、第3戦と5戦でリードしている試合終盤のみだ。もちろん走れる選手が少ないこともあるが、30%程度の失敗確率の盗塁は余裕のある場面でしか使わないのである。シーズンの盗塁数も広島の112(リーグ最多)に対し、DeNAは39(リーグ最少)と、大きな差がある。

 ラミレス監督はメジャーリーグの経験もあり、現役時代から非常にデータを重視することで知られる。野球を統計的に捉えるセイバーメトリクスを駆使することで、DeNAを2年連続でAクラスに導いたとも言えるだろう。

 野球経験者にはセイバーメトリクスを軽視する向きもあるが、それが統計という科学である以上、決して軽視すべきものではない。もちろん現在ではどのチームもデータを使っているが、その活用はチームの監督によって程度が異なっている。セ・リーグではDeNAがもっとも活用するチームであり、広島がもっとも活用していないチームであることは、前述したような犠打や盗塁の数から見て取れる。それでも広島がシーズンを独走して優勝できたのは、選手個々の力や選手層の厚みがあったからだ。

 しかし、日本シリーズの目前で広島はDeNAに完膚無きまで叩きのめされた。ここまで見てきたとおり、それはやはり監督の差だ。「流れ」をあてにする熱血監督と、セイバーメトリクスをシビアに使う冷静な監督の差である。“呪文”でしかない「流れ」が、科学のセイバーメトリクスに負けるのは必然だ。

 緒方監督は、DeNAに対してこのようなコメントもしている。

こっちに流れを渡さないような野球をされたしね。また、ラミちゃんの采配もズバズバとこられた。

出典:スポーツ報知2017年10月24日「【広島】『流れをつかめるような戦いをしなくちゃいけない』緒方監督一問一答」

 SF作家のアーサー・C・クラークは、「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」と述べた。50年も前のことだ。セイバーメトリクスをちゃんと使えば、それはズバズバあたり、まさに魔法のように見えるかもしれない。ラミレス監督がやったのはこれだ。しかし緒方監督が理解する必要があるのは、ラミレス監督はけっして「流れ」などといった思考停止の言葉に頼る野球をしていないことだ。

 昨年と今年の広島の戦力では、おそらくべつの監督であっても優勝できたはずだ。それくらい選手の力は他のチームを圧倒している。しかし短期決戦では、監督の力量が問われる場面が大きく、そして2年連続で采配の失態によって敗北した。

 もし広島が来季も日本一を目指すのであれば、緒方監督は「流れ」にすがることをやめ、一から統計を勉強してセイバーメトリクスの価値を知ることが必要だろう。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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