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作品に愛される女優・前田敦子――『ど根性ガエル』で見せる特異な存在感

松谷創一郎ジャーナリスト
2015年5月13日、映画『イニシエーション・ラブ』試写イベントにて(写真:まんたんウェブ/アフロ)

前田敦子の特異な存在感

今季のドラマでもっとも注目すべき作品は、やはり『ど根性ガエル』(日本テレビ系列/土曜21時)でしょう。70~80年代にマンガやアニメで親しまれたこの作品は、中学生のひろしとTシャツに張り付いた平面ガエル・ぴょん吉を描いたドタバタコメディでした。

ドラマの舞台はその16年後。ひろし(松山ケンイチ)は30歳のニートとなり、ぴょん吉にも寿命が迫っています。しかし、アニメと同様に彼らはあいも変わらず過ごしています。それは周囲のひとびとも同様です。寿司屋の梅さん(光石研)やよし子先生(白羽ゆり)、町田先生(でんでん)、そして五郎(勝地涼)は、歳はとったものの口調や行動はアニメそのまま。この世界はむかしのままの“お約束空間”なのです。

一方で、変化が見られる人物もふたりいます。ひとりが、パン屋を経営するゴリライモ(新井浩文)。むかしの乱暴な振る舞いは消え、淡々とした大人になっています。そしてもうひとりが、ひろしのガールフレンドだった京子ちゃん(前田敦子)。バツイチとなって町に戻ってきた彼女からむかしの明るさは影を潜め、素っ気ない態度でひろしに接します。

そうしたこのドラマのテーマは、ざっくり言えば「フィクションと現実」、あるいは「キャラクターと人間」です。アニメキャラのままのひろしはぴょん吉とともにフィクションの世界を生き続けようとするのに対し、大人(人間)になったゴリライモや京子ちゃんはシビアな現実を生きています。

さらに、ぴょん吉にも寿命が迫っていることも暗示され、エンディングではぴょん吉のいない世界をひろしがとぼとぼと歩いています。“お約束空間”では死なないはずのキャラクター・ぴょん吉が、現実では死ぬかもしれない――マンガやドラマ、映画などで幾度となく変奏されてきたこの問いは、「アトムの命題」と呼ばれます(※1)。ドラマ『ど根性ガエル』は、それに正面から答えようともしているのです。このドラマの脚本家である岡田惠和と日本テレビ・河野英裕プロデューサーは、2年前にも同枠の『泣くな、はらちゃん』でこの「アトムの命題」にひとつの回答を導いたことがありますが、『ど根性ガエル』はテーマ的にその続編とも言えるような作品でしょう。

さて、このドラマには幾人も注目すべき俳優が出演していますが、そのなかでも特異な存在感を発揮しているのが京子ちゃん役の前田敦子です。周知の通り、前田は3年前までアイドルグループ・AKB48の中心メンバーとして活躍し、その後、女優業を本格化させています。

結論から言ってしまうと、前田は女優としてかなりの実力を持った存在です。後述するように、それは多くの実力派監督に評価されていることでも明らかでしょう。同時に、出演作の多くが傑作だという点も見逃せません。それは運の部分もかなりありますが、それも含めて「作品に愛される女優」なのです。

実力派監督に愛されてきた女優

まず、前田敦子がこれまで女優としてどのような道のりを歩んできたか振り返っておきましょう。

女優としてほぼ最初の仕事は、2007年に公開された市川準監督の映画『あしたの私のつくり方』での準主演でした。ここで前田が演じたのは、イジメられていたために自分に自信を持てない大人しい高校生役。セリフは少ないものの、後半のあるシーンでふっと表情を変える姿には、すでに女優としての才能の片鱗が十分に伺えます。なお、このときまだAKB48は大ブレイクしておらず、一般的に前田敦子はほとんど認知されていない状況でした。

ドラマ『マジすか学園』DVD(2010年)
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はじめて単独で主演を務めたのは、それから3年後の深夜枠のドラマ『マジすか学園』(テレビ東京系列)でのこと。シリーズ化されて現在も続くAKBメンバーによるヤンキー学園ドラマですが、このとき前田が演じたのはメガネをかけた地味な転校生。しかしメガネを取ると強くなるというキャラクターでした。

ドラマ『Q10』DVD(2010年)
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この2010年は、前田敦子にとって女優として大きく羽ばたく一年となりました。なかでも大ヒットしたNHKの大河ドラマ『龍馬伝』に龍馬の姪役で出演し続け、秋にはドラマ『Q10』(日本テレビ系)でロボットのヒロイン役を務めます。ここで注目したいのは、後者です。木皿泉が脚本を手がけた『Q10』は、視聴率的にはヒットしたとは言えないものの、ギャラクシー賞で優秀賞を獲得するほどそのクオリティは高く評価された作品でした。前田が演じたのは、喋り方も一貫して機械口調という変わった役でした。なお、これをプロデュースしたのは、『ど根性ガエル』と同じ河野英裕でした。

映画『もしも高校野球~』DVD(2011年)
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翌2011年は、女優として大きな飛躍を遂げる年──になるはずでした。ゴールデンタイムのドラマと大規模公開の映画で主演を務めたからです。しかし、それらはいまいちの結果に終わりました。『花ざかりの君たちへ~2011』(フジテレビ系)は平均視聴率7%ほど、『もしドラ』(東宝配給)は興行収入9.1億円(※2)とヒットはしたものの期待されたほどではありませんでした。このときファンも業界人も強く感じたのは、AKB48のファン人気と一般における人気とのギャップです。そこにはいまでも明確な断層があるのでしょう。

しかし、AKBを卒業する2012年、前田はひとりの映画監督に出会います。それが『リンダ リンダ リンダ』や『マイ・バック・ページ』などで知られる山下敦弘です。2000年代以降の日本映画界を牽引してきた実力派の監督です。そんな山下が監督した『苦役列車』(東映配給)で、前田は本屋に勤めるヒロインを演じます。主人公の偏屈な青年(森山未來)からストーカーのような視線を送られる前田は、この地味な作品のなかで素朴な魅力を発揮します。

そして2012年8月にAKBを卒業した前田は、2013年からより積極的に女優業に取り組みます。5月公開の中田秀夫監督のホラー映画『クロユリ団地』(松竹配給)に主演し、9月からドラマ『あさきゆめみし 〜八百屋お七異聞』(NHK)で時代劇に初主演します。そしてなにより前田の女優としての力を知らしめたのは、11月に公開された山下敦弘監督の『もらとりあむタマ子』(ビターズ・エンド配給)でしょう。

映画『もらとりあむタマ子』(2013年)
映画『もらとりあむタマ子』(2013年)

小規模公開で78分の短い作品ということもあり、それほど目立った映画ではありませんでしたが、それは前田敦子の女優としての実力を決定づけるものでした。前田が演じたのは、大学を卒業して甲府の実家に戻ってきたニートのタマ子。彼女は日々家でゴロゴロし、友達と言えば近所の中学生男子だけ。父親が作る食事を机に肘をついて食べ、自分を省みることなくニュースを観て「日本は、ダメだ」とつぶやくようなダメ人間です。日本のトップアイドルだった前田は、これを全力で演じたのです。

筆者のインタビューに対し、山下敦弘監督は「もし前田敦子がAKBに入ってなかったら」ということがこの映画のコンセプトだと話し、女優としての前田敦子を以下のように絶賛します。

山下 僕はすごく好きなタイプです。これも悪口みたいに聞こえちゃうけど、「からっぽになれるひと」だと思うんです。『タマ子』の中で、「月刊オーディション」(白夜書房)を読んで、芸能事務所に応募するという話があるんですけど、それを迷いなくやっちゃうんです。「(AKBにいた)私だから、こういう役なんだ」とか、まったく考えない。素直に「タマ子って役だから、雑誌を買って応募するんだな」と考えて、それをマックスでやる。無駄なことを考えないのが素敵なんです。すごく女優向きですね。

出典:『おたぽる』2013年12月2日「【対談】山下敦弘×高橋栄樹 戸惑いながら誰もが見つめずにいられない、“前田敦子”という特異点」

それから間もない2014年の1月には、黒沢清監督の『Seventh Code』(日活配給)が公開されます。本来この作品は、3月に発表予定の前田の4thシングル「セブンス・コード」に付属するミュージックビデオ的な60分の作品でした。全編ロシアで撮影されたその内容は、前田演ずる謎の女性・秋子がウラジオストクである男を探しまわるというもの。物語は終盤大きく動きますが、それまでの秋子はとても不器用そうな女性でした。

映画『さよなら歌舞伎町』DVD(2015年)
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そして2015年の今年、前田はさらなら飛躍を遂げます。1月に公開された廣木隆一監督の『さよなら歌舞伎町』(東京テアトル配給)ではミュージシャンを目指しながら恋人と同棲する女性を、5月公開の堤幸彦『イニシエーション・ラブ』(東宝配給)では80年代の大学生を演じました。後者は興行収入13.1億円となり、大ヒットと言える成果です。

こうした前田の女優としてのキャリアを振り返ってみると、やはりに愛されている」と言わざるを得ません。それは、市川準(故人)、大友啓史、山下敦弘、黒沢清、廣木隆一など、多くの実力派監督に愛されてきたからでもあるでしょう。大ヒット作は多くないものの秀作に多く出演し、十分な結果を残しているからです。

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復活しつつあるアイドル出身女優

1991年7月生まれの前田敦子は、先日24歳になったばかりです。女優としては、これからさらに活躍が期待できる年齢です。女優としての特徴は、可愛くて純粋なヒロインよりも、一癖も二癖もあるタイプの向いていることです。よりはっきり言えば、彼女の魅力は美人すぎないところです。どこにでもいるような顔立ちながら、しかし、全身から強い存在感を発している──そういうタイプです。AKB時代の派手なイメージとは異なり、女優としてはヒットメーカーというよりも玄人受けする実力派なのです。それは、『ど根性ガエル』でバツイチとなった京子ちゃんを見てもわかるでしょう。

そんな前田のポジションは、同世代の女優たちと比較すると以下のようになります。

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近いタイプなのは、おそらく蓮佛美沙子や忽那汐里です。このふたりと共通するのは、派手さは控えめで、それゆえ堅実にバイプレイヤーをこなし実力派女優として認められつつあることです。

また、この世代で目立つのは、モデル出身者の多さです。とくに『Seventeen』(集英社)は、各事務所の有望な若手女優を採用してきました。また、水原希子や山本美月、トリンドル玲奈のように、モデルとしてスタートした存在も見えます。そのなかで、アイドル歌手出身の前田敦子は非常に稀有な存在です。他には真野恵里菜と桜庭ななみくらいしかいません。

ひとむかし前、アイドル歌手は女優への登竜門でした。しかし、80年代後半以降はそれがグラビアアイドルやモデルにとって変わります(背の高い女優が増えたのもこれが一因です)。しかし、AKB48やハロプロは女優への新たなルートを作りつつあるのです。前田敦子や真野恵里菜は、その代表的な存在と言えるでしょう。

女優志望だった前田敦子

『前田敦子の映画手帖』(朝日新聞出版)
『前田敦子の映画手帖』(朝日新聞出版)

近年の前田敦子は、大の映画好きとしても知られます。雑誌『AERA』では映画についての連載を1年半続け、今年の4月にはそれをまとめた『前田敦子の映画手帖』が出版されました。そのなかで、前田は映画にはまったきっかけが、2012年の夏に観た『風と共に去りぬ』だと記しています。それはAKB48を卒業する頃でもあり、映画『苦役列車』で前田の演技が高く評価されたタイミングとも重なります。それから名画座やミニシアターにも足を運んでいることをTwitterなどで報告するようになりました。

この本で前田は、とくに女優としての視点は盛り込まず、ひとりの観賞者として映画について縦横無尽に語ります。しかし、そのなかでひとつだけ女優として立場に言及した箇所があります。それが以下です。

自分のなかで、本気で「女優」へのスタートを切るきっかけになった作品が、山下監督の「天然コケッコー」だったんです。この作品に、以前に共演して友だちになっていた柳英里紗が出演していたので、見にいったんです。そうしたら、私と同年代くらいの俳優さんがたくさん出ていて、みんな抜群だった……。もうみんながうらやましくて、「私もこういう映画に出たい!」と思った。それが、いまに至るきっかけなんです。

出典:前田敦子『前田敦子の映画手帖』p.56(2015年/朝日新聞出版)

山下敦弘監督、渡辺あや脚本、夏帆主演の『天然コケッコー』は、2007年7月に公開された作品です。それは、はじめて前田敦子が出演した映画『あしたの私のつくり方』の3ヶ月後のことでした。そんな前田が、山下監督の『苦役列車』と『もらとりあむタマ子』で女優として羽ばたくとは、非常に運命的なことでもあります。

そもそも前田敦子は、AKB時代から女優志望であることを隠しませんでした。いまからちょうど5年前の2010年8月、前田敦子は雑誌で「5年後『なりたい自分』『実際の自分』」というアンケートで、以下のように答えています。

前田敦子 19歳 05年12月加入

(1)あなたは5年後、どうなっていたいですか?

女優一本で楽しく自分らしく生きていたいです!でもまだAKB48のグループは輝いていたらいいなと思います!

(2)では、あなたは5年後、実際にはどうなっていると思いますか?

女優。芸能界にはかならずいたいです!でもなんでもできる人になりたいな。

出典:『AERA』2010年9月6日号 太田匡彦・福井洋平「AKB48が日本を救う 上位30人が描く『5年後』」

シンプルな回答ですが、そこ女優を志望する強い思いが残されています。そして5年後の現在、彼女の思いは順調に成し遂げられています。

さて、『ど根性ガエル』は残り4話を残すのみとなりました。前田演じる京子ちゃんは、いまのところ子どものままのひろしを叱咤するだけにとどまっています。しかし、間違いなくこのドラマのジョーカー的存在は京子ちゃんです。終盤、前田が京子ちゃんを通してどのような刺激をドラマにもたらすのか、楽しみにしたいと思います。

※1……大塚英志『アトムの命題――手塚治虫と戦後まんがの主題』(2003年/徳間書店)。大塚は「アトムの命題」を「成熟の不可能性を与えられたキャラクターは、しかし、いかにして成長し得るのか」と集約している(p.258)。

※2……『キネマ旬報』2012年2月下旬号(キネマ旬報社)。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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