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「祖国・ウクライナのために……」WBA/IBF/WBO統一ヘビー級チャンピオンの言葉

林壮一ノンフィクションライター
(写真:ロイター/アフロ)

 8月20日にサウジアラビアでの初防衛戦を控えたWBA/IBF/WBO統一ヘビー級チャンピオン、オレクサンドル・ウシクと、前王者であるアンソニー・ジョシュアが先日、記者会見を行った。

 チャンピオン、ウシクは19戦全勝13KOの35歳。挑戦者、ジョシュアは24勝22KO2敗の32歳。昨年9月25日以来のダイレクト・リマッチである。

写真:ロイター/アフロ

 前王者、ジョシュアは王座転落後、即、再戦を希望。しかし、ウクライナ人であるウシクは、御承知のように戦禍に巻き込まれ、現在も不安な状況に置かれている。

 それでも、今回の試合のために3月に祖国を離れ、調整中だ。

写真:ロイター/アフロ

 記者会見の場でウシクは悲痛な胸の内を言葉にした。

 「我が家族は今、ウクライナにいない。でも、多くの知人や親しい友人が祖国で生活している。私の心は、いつだって彼らと共にある。彼らが無事か否かが気になって仕方ない。

 本音を言うなら、ウクライナを離れたくなかった。永遠にね。当然のことながら、当地で住んでいたいさ。防衛戦が済んだら、直ぐにでもウクライナに戻りたい。でも、8月に故郷に戻っても、軍に入っての戦いは望まない。また、WBCヘビー級王者のタイソン・フューリーとの統一戦よりも、3本のベルトを保持したいと考えている」

写真:ロイター/アフロ

 ロシアによるウクライナに対する軍事侵攻が始まった最初の週、3冠王者は国防を課せられた軍に赴いている。そして、ある病院に顔を出した際、ウクライナ人兵士たちにリングに上がるべきだと告げられた。

 「本当に、俺の国を、俺の街を離れたくなかった。でも、病院を訪れた折、負傷した兵士が治療を受けながら、俺に向かって言ったんだ。『行け。リングで戦え。我が国のために、誇りを懸けて戦ってくれ。戦争に行くよりも、あんたはリングで戦うべきだ』って」

写真:ロイター/アフロ

 当然のことながら、ウシクの心は穏やかではない。祖国を思うと精神的に辛い時間も多い。

 「無理にでも笑顔を作り、歌を歌ったりしている。自分の行動を、うまく説明できないけれどね……」

写真:ロイター/アフロ

 ウシクの発言を耳にして思い出すのは、<1000年に一度の試合>と謳われ、1999年9月18日に催されたWBC/IBF統一ウエルター級タイトルマッチ、オスカー・デラホーヤvs.フィリックス・トリニダードだ。

写真:ロイター/アフロ

 全勝同士のチャンピオンによる潰し合いは、同じ歳ながらファイトマネーで差をつけられたトリニダードの飢えが武器となり、接戦を制した。この試合でのトリニダードは、プエルトリカンである自身の血を前面に出していた。

 米海軍がプエルトリコの離島・ヴィエケス島で劣化ウラン弾を用いた軍事演習を続け、島民に犠牲者が出たことを問題視し、「PAZ PARA VIEQUE!!(ヴィエケス島に平和を!!)」と記したプラカードを側近に持たせてリングに上がった。

写真:ロイター/アフロ

 8月20日、ウシクはウクライナ国民のために戦う。3冠統一ヘビー級チャンプは、何を見せるか。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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