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元WBAスーパーバンタム級チャンプが、"モンスター"井上尚弥を語った

林壮一ノンフィクションライター
撮影:山口 裕朗

 JR北浦和駅前(住所:さいたま市浦和区北浦和3-8ー2)で「Sugar Fit Boxing Gym」を経営する元WBAスーパーバンタム級チャンプの下田昭文(37)も、井上尚弥vs.ノニト・ドネア戦を生観戦した。同ジムから、さいたまスーパーアリーナは北に3.2キロと、徒歩でも行ける距離である。

 井上が圧巻のパフォーマンスを披露した4日後、下田は語った。

撮影:筆者
撮影:筆者

 「入場時から、井上尚弥選手の表情は気合が漲っているように見えました。調印式や計量から『馴れ合いはしない』『もうドラマにはしない』という発言をしていましたよね。その気持ちの表れじゃないかと。気合もそうですが、集中力が高かったですね。

 一方のドネアは、ちょっと頬がこけているかな、という印象でした。

撮影:山口 裕朗  現役時代の下田昭文
撮影:山口 裕朗  現役時代の下田昭文

 試合が始まってから自分は、指一本触らせない、というような井上くんの思いを感じたような気がしました。試合開始直後にドネアの左フックをもらったことで、感覚が研ぎ澄まされた感があります。

 ドネアはドネアで良いプレッシャーの掛け方をしていました。得意とする左フックから入りましたよね。『あぁ、いいな』と自分は感じましたけれど、それ以上に井上くんの集中力が高く、物凄く丁寧に崩していきました。速い足で、バックステップなんかを使ってドネアの距離を外し、必ずリターンを返す、という戦い方でした。上下に散らしたり、ボディーフェイントを使ったりと、一発で倒そうとはしなかったですね。

撮影:山口 裕朗
撮影:山口 裕朗

 ですから、立ち上がりは『この試合は中盤くらいで決着するかな』と思ったんですよ。

 ドネアもまたプレッシャーをかける。井上くんも合わせていく展開で、ミリコンマの距離感で小さな駆け引きが無数にあって、ハイレベルな戦いでした。短い時間でしたが、高度な技術が詰まっていましたね。

撮影:山口 裕朗  
撮影:山口 裕朗  

 井上くんの凄まじい集中力が、1ラウンド終了間際の右クロスに繋がりました。最高のタイミングで、奇麗に決まりましたね。ジェーソン・モロニ―戦(2020年10月31日、井上尚弥の7回KO勝ち)よりも、更に危険な角度でした。ゴングに救われましたが、ドネアは効いていましたよね。厳しい状態だったと思います。

 第2ラウンド、井上くんは得意の左ボディーを打たなかったですね。自分は『何でだろう? 打てばいいのにな』と思いながら見ていました。顔だけで倒しにいったことに、井上くんの強い意志というか、完全決着したいという決意みたいなものを、ふと感じたりもしました。

撮影:山口 裕朗
撮影:山口 裕朗

 まさに世代交代という試合でしたよね。井上くんのような完成された、レベルの高い選手が、あのくらいの集中力で戦うと満点が100点どころか150点になるってことを突き付けたような試合です。

 ドネアも2年7カ月前に敗れてから、復活して統一戦の舞台に上がるんですから、普通ならあり得ない次元の話ですよ。凄いとしか言い様がありません。そんな相手に対して、何もさせないような打ちのめし方をした井上くんにも脱帽です。

 井上くんは更に進化して、もっともっと驚くような試合をしていくんじゃないですかね」

撮影:山口 裕朗
撮影:山口 裕朗

 WBOバンタム級王者との対戦を希望する井上尚弥は、遅かれ早かれ122パウンドに転向するであろう。スーパーバンタムは、下田昭文が世界王座に就いた階級だ。

 「スーパーバンタムでの井上くんを見たいなと思います。Big Nameとの対戦になれば、今回のような集中力を発揮して、圧巻のパフォーマンスを披露しそうですよ。底はまだまだ知れないですよね。

 体格的にも、スーパーバンタムでの統一王座もイケるでしょうね。身長は高くありませんが、横幅がありますね。背中の筋肉なんてデカいですよ。更にパワーが増すんじゃないですか。もっともっと大きくなって、日本のボクシング界を牽引してほしいです」

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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