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テンカウントを聞いた2冠王者 田口良一

林壮一ノンフィクションライター
撮影:山口裕朗

 2019年3月16日、田口良一はWBOフライ級タイトルに挑み、判定負けを喫した。相手は自身より9歳下の王者、田中恒成。スコアは111-117が2名、109-119が1名といずれも田中を支持していた。

 試合後の控え室で田口は「もう、(体が)動かなかった」と語った。そして、田中戦を最後にリングに別れを告げた。

撮影:山口裕朗 引退式のリングに上がる田口
撮影:山口裕朗 引退式のリングに上がる田口

 2006年7月19日のデビューから「もう動かない」と思えるところまで、田口は戦い抜いたのである。そして「やり切った」と公言して、リングを降りた。 

撮影:山口裕朗 ジムの先輩王者、内山高志が引退式の相手を務めた
撮影:山口裕朗 ジムの先輩王者、内山高志が引退式の相手を務めた

 大言壮語はけっしてせず、いつも地道に、謙虚に己の道を進んできた田口は、多くのファンを獲得した。12月10日に行われた引退式にも、500名以上が本人からチケットを購入して後楽園ホールに足を運んだ。

撮影:山口裕朗
撮影:山口裕朗

 その引退式の数日後、田口良一と向かい合った。

 まず、ラストファイト直後の発言について訊ねた。 

 「精も魂も尽き果てた、という意味で口にしました。確かに、もう動かない、というところまでボクシングをやりました」

撮影:山口裕朗 井上尚弥とも日本タイトルを懸けてファイトした
撮影:山口裕朗 井上尚弥とも日本タイトルを懸けてファイトした

 田口が初めてボクシングをテレビ観戦したのは、8歳の頃のことだ。辰吉丈一郎×薬師寺保栄を父と共に目にした。その後、畑山隆則にも心を奪われるが、本気でボクシングを始めようと思ったのは『はじめの一歩』の影響だという。

 「小、中とバスケをやっていました。バスケ部を引退した中3の秋に、2週間に1度、太田区体育館で開かれていたボクシング教室に通ったんです。そこで数年後に何度も世界戦をやるようになるのだから、不思議な感覚でしたね」

 高校入学後、横浜光ジムに入会するが、1年ほどで止めてしまう。

 「高1の夏から高2の夏まで横浜光ジムに在籍しました。でも、行ったのはトータルで50回くらいだったかな。言い訳がましくなりますが、サンドバッグを打っていても、誰も何も教えてくれなくて、見ているだけみたいな状態だったんです‥‥」

 いつしか足が遠のいてしまう。

 「そんな調子でしたが、プロで活躍したいなという思いは心の奥底にあったんです。ボクシングから離れて、こんな止め方でいいのか? と自問自答しました。本当はジムに通ってもいないのに、周囲の友人には『やってるよ』なんて言っていて。試合もしないのはダサいな‥と。

 まだ、何もやっていないじゃないか。だから、ちゃんとボクシングをやろう、って思いましたね。高3の夏って、皆が進学や就職など、進路を決めますよね。200人以上いる同級生の中で、卒業後にフリーターになるのは8人しかいなかったんです。僕もその一人でした。そこで、ボクシングを真剣にやるぞって決めました」

撮影:山口裕朗
撮影:山口裕朗

 高校卒業からおよそ1ヶ月後、ワタナベジムの門を叩く。

 「2日目に、トレーナーとなる洪東植さんに出会いました。洪さんは自分に、過去のスポーツ経験とかリーチの長さなんかを聞いてきたんです。そして僕のシャドウボクシングを見た後、腕を掴んで、会長室に連れて行って『この子は私が強くします。必ずチャンピオンにします』って言ったんですよ。

 その時、誰なのか知らないけれど自分を認めてくれるんだって、無茶苦茶嬉しかったんですね。洪さんの指導と僕のスタイルが合っていた部分もあります。高校時代に、中途半端な形でボクシングを止めてしまった後悔もあったので、最初の1年くらいはまったく休みなく、週に7回練習していました。風邪をひこうが、偏頭痛に見舞わようが吐こうが絶対に練習は休みませんでした」

撮影:山口裕朗
撮影:山口裕朗

 「06年の2月にプロテストに合格し、7月がデビュー戦でした。3000円のチケットを47人の方が買ってくれたことを覚えています。中高時代の友人や家族の知り合いが購入してくれました。ヘッキー・ブドラー戦では、1400人が来てくれるようになりましたよ。

撮影:山口裕朗
撮影:山口裕朗

 ボクシングをやる前は、自分に自信が持てなかったんです。強くなりたいと思ってボクシングを始めましたが、<本当の人間的な強さ>とリングの上での強さはまた別だなと思います。

 洪さんや内山高志さんからは礼儀作法や社会人としてのマナーを教わりました。本当の強さってグローブを嵌めた行為とは関係ないんだなと、今は理解しています。本当に成長させてもらいましたね。素晴らしい体験でした。ボクシングに出会えて感謝しかありません」

 今後、田口はボクシングを教える側に回るそうだ。第二の人生も、真っ直ぐに生きてほしい。

 ガンバレ! 田口良一!!

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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