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同窓生が醜態を晒すなか、志を感じさせるボクシング指導者

林壮一ノンフィクションライター
日体大ボクシング部の佐藤恒雄コーチ 撮影:著者

 つい先日、茨城県高萩市の中学3年の女子卓球部員(15)が、顧問の暴言に耐え切れずに自殺の道を選んだ。同顧問は「いい加減にしろ」「馬鹿野郎」「殺すぞ」など繰り返していたそうだ。

 この顧問は、教師としていかなる道を歩んでいたのか? 

 同時に私が思い出したのが、ある大学についてであった。

 2012年にバスケットボール部員を自殺に追い込んだ大阪市立桜ノ宮高校の元教師、第93回全国高校サッカー選手権大会で島根県代表の座を勝ち取りながらも、暴行事件で全国大会のベンチに入れなかった立正大淞南高校のサッカー部監督(既に現場復帰を果たしている)、そして先の選抜高校野球で埼玉県代表となりながらも、体罰が表沙汰となり、甲子園で采配を振えなかった春日部共栄高校の野球部監督――彼らは全て、日本体育大学の卒業生である。

 こうした件が明るみに出る度に、同大学のイメージダウンは計り知れない。一体、どういった教育をしているのか? と懐疑的な視線を向けたくなるのが自然だ。

 そこで今回、日本体育大学ボクシング部の佐藤恒雄コーチに話をきいてみた。全日本アマチュア選手権で3度の優勝経験がある指導者だ。

 先に挙げた3名や高萩市の卓球部顧問に佐藤コーチの言葉が伝わるとは思えないが、母校に向けられる厳しい目を払拭しようとする彼の言葉を紹介したい。

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 同じ校門を潜り、同じ教室で授業を受けた人間が教師や指導者になって、こういった問題を起こすことを、非常に恥ずかしく感じます。実に情けない話ですよ。僕自身は、母校に誇りを持っていますからね…。

 彼らには、驕りがあったのでしょう。バスケ、サッカー、野球と競技人口が多く、アマスポーツのなかで注目される環境です。団体競技ですから選手の数も多い。ピラミッドの頂点に自分がいて、その下に選手がいるように錯覚し、己の立場が強いように感じたのではないでしょうか。

 ビンタをすればシュートが入ったり、ヒットが打てたりする筈がないのは、分かるでしょう。叩いて強くなるのなら、それほど簡単なことはありません。でも、やられた方は心の傷になります。まさしく逆効果ですよ。ただ、自分が学生時代にやられたから、同じようにやっているのかな、という気はします…。

 スポーツ選手の育て方、教え方って2通りあると思います。一つは長所を伸ばすやり方です。もう一つは、短所と言うか、課題・弱点を克服していく方法ですね。僕自身、選手時代に日本ボクシング界で伝説となっているエディ・タウンゼントさんの指導を受けました。エディさんは短所には目を瞑って、徹底的に長所を伸ばしていくスタイルでした。

 僕も自分なりにエディさんを真似て、まず、誉めて誉めて選手のいいところを伸ばし、その次に課題を克服する作業に移るということを心がけています。

 新入生が入って来て、最初に伝えるのは「試合に負けたとしても、謝るな」ということです。何故ならば、選手は一生懸命やって負けたんです。一番悔しいのは本人だということを、僕らは分かっています。なので、指導者に謝る必要なんてこれっぽっちも無いんですよ。

 それから、ボクシング以上に勉強を頑張れ、ということ。必ず教職を取るんだぞと。日本体育大学に入る子は基本的に、入学時に、教師になることを望んでいますから。また何か悩み事があったら、直ぐに言って来てくれと。事が深刻になる前に解決策を考えるのが我々の仕事だと考えています。

 ラウンド終了のゴングが鳴って、選手がコーナーに戻って来ますね。まずはいい部分を誉めてから、深呼吸させます。怒らないで指示を出す。伝えることは1つだけ。短いインターバルに3つ、4つと指摘しても選手の頭には入りません。だから1つでいいんです。

 日常的には「○やれ」「●やれ」と口うるさく言うのではなく、選手側から話しかけて来る空気を作っているつもりです。高校生まではやらされるボクシングでいいかもしれませんが、大学生になれば自分で考えて、自分でやらなければ伸びません。

 世界チャンピオンとスパーリングをやりたいなら、「△ジムに出稽古に行きたい」って言って来なさいと常に伝えていますね。ですから、選手は出稽古の終わりに、自主的にスパーの相手や、あちらのコーナー、そして我々指導者に「アドバイスをお願いします」と口にするようになっていますね。

 スポーツって本来、個人の喜びの追求じゃないですか。そこに暴力が入るっていうのが、僕には信じられませんね。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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