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死の淵に立たされた娘に見せた魂のゴール!

林壮一ノンフィクションライター
父としての仕事を見事に果たしたKim Vilfort(写真:ロイター/アフロ)

 キム・ヴィルフォート。 

 1992年のEUROで、デンマークが優勝を飾った際の主力選手である。身長190センチ。当たりに強く、激しいプレーを持ち味としていた背番号18のMF。A代表キャップは77。

 リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドほど、後世に語り継がれる選手ではない。同じデンマークでもエルケーア・ラルセンやミカエル・ラウドルップ、ヨン・ダール・トマソンらの方が、日本のサッカーファンの記憶に残っていることだろう。

 しかし、この程『92年夏』という映画を見て、私の印象はまったく変わった。ヴィルフォートは1992年EUROで、5試合中4度、ピッチに立った。出場しなかった唯一のゲームは、病床に臥せる7歳の愛娘を見舞うために祖国に戻り、娘と共にTV観戦していたのだった。

 6月26日に行われたEURO決勝で、圧倒的不利が囁かれるなか、デンマークは2-0でドイツを下す。その2点目のシュートを左足で叩き込んだのが、ヴィルフォートだ。

 しかし、決勝戦の6週間後、キムの娘、リネ・ヴィルフォートは癌で天に召される。

 死の淵に立つ幼い娘を前に、父としてどんな行動をとるべきか?ベッドに横たわる娘が呟いた「パパ、勝ってね!」という言葉を、ヴィルフォートはどんな思いで耳にしたのか? 

 悲しみを胸に、ヴィルフォートは準決勝から代表チームに再合流する。同シーンは過剰な演出も無く、淡々と描かれている。その分、逆に胸に突き刺さって来る。

 勝利を決定付ける決勝でのゴール。シュートを決めたヴィルフォートはピッチ上で歓喜しながら、娘を感じていたに違いない。チームメイトもデンマーク国民も、父として闘うヴィルフォートの魂に酔いしれたのではなかったか。

 素敵なパパを持ったと、リネも天国で微笑んでいるだろう。―――――そう信じたい。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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