プロで4つの世界タイトルを得たチャンピオンの新たな挑戦

現役最後の挑戦の場に東京五輪を選んだ高山勝成(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 2019年1月1日。高山勝成は、アマチュアボクサーとして初めての正月を迎えた。 

 2017年4月3日、当時保持していたWBOミニマム級タイトルを返上し、プロボクサーの引退届を提出。その直後に、一般社団法人日本ボクシング連盟の事務所を一人で訪ね「アマチュア選手としてオリンピック予選選考会に出て、東京五輪を目指したい」と告げた。応対したのは、前会長の山根明である。山根は言った。

 「プロは金の為、生活の為に戦っている。アマチュアは教育の一環なんだ。アマチュア90年の歴史の中で、プロとアマは別々でやって来た。今、お前を招き入れることはできないので、諦めてくれ」

 しかし言葉とは裏腹に、山根はリオ五輪におけるプロボクサーの出場に賛成していた。

 WBC、WBA暫定、IBF、WBOと主要4団体すべてのベルトを手にした現在35歳の高山は、自身のボクシングキャリア最後の場所として、どうしても東京五輪を狙いたかった。

 ご存知のように山根は昨年、会長職を追われた。新体制となったアマチュアボクシング界が高山の選手登録を認め、愛知県の選手として初夏に初舞台を踏むこととなっている。

 「支えて下さった方々には感謝の気持ちしかありません。とにかく東京五輪に向けて頑張るだけです」(高山)

 彼の言動で、見逃せないのが、その次の夢だ。高山は30歳の時、現役の世界王者として名古屋市の私立高校、菊華高等学校に入学した。

 「世界チャンピオンになると、色々な方からインタビューされます。でも、思ったことを言えない。サインを求められて、『お名前は?』と訊ね、書こうとしても相手の方の漢字が書けない。簡単な計算さえできない…。こんなことでは、世界チャンピオンになってもアカンな、と思い知らされました。ずっと、学び直したかったのです」

 高山は15歳年下の同級生と机を並べながら学習し、世界タイトルマッチを戦い抜く。そして同校を卒業後、菊華高校系列の名古屋産業大学現代ビジネス学部に通い、社会科の教師となるべく努力を続けている。現在、大学2年生。同時に、五輪予選に向けて汗を流す日々だ。

 「昨年の11月上旬に行われた新人戦で、菊華高校から3名優勝者が出たんです。僕は今、名古屋産業大学のボクシング部で練習しているのですが、週に2~3回、菊華高校との合同練習があるんですよ。その折、高校生たちが何か僕に何か質問してきた場合は、惜しみなく教えるようにしています。ガードが下がっているとか、足の位置はこうだよとか、打ち終わりに頭を振れとか。一緒にやってきた仲間ですから、新人戦の勝利はとても嬉しかったですね。きちんとした指導者がいるので、自分からアドバイスをすることはしませんが、訊いて来た時には、最大限のことをしています」

 こうした経験は、高山が教師になった際、財産となるに違いない。

高山はひとつひとつ丁寧に言葉を選び、発言する。撮影:著者
高山はひとつひとつ丁寧に言葉を選び、発言する。撮影:著者

 「僕はボクシングをしたことで第一に規律を学びました。他にも人との接し方や、殴られることの痛み、食事の大切さ、何時に起きてロードワークをして、どうやって体の疲れをとるか、ボクシングで上にいくために何をすべきなのかなど…もう人間形成の全てがボクシングによってです。 

 自分は負け、つまり失敗から学んで来た男です。何が悪かったのかを反省し、二度と同じ過ちを繰り返さないようにやって来ました。そんな風に僕がチャレンジする姿を次世代の子に見せ、<諦めない心>を伝えたい。ボクサーは試合が決まって相手を研究し、必死に調整してリングで拳を交えます。僕は勝ったこともあれば負けたこともあります。試合からまた学び、自分の課題を克服して次に繋げる。そういう作業をコツコツと続けて来ました。学問だけでなく、”学習の尊さ”を教師として説いていけたらな、と考えています」

 スポーツの世界を取材していると、しばしば信じられないレベルの指導者や教師、団体の幹部と出会う。今後も決して体罰監督や無能指導者は消えないだろう。

 が、高山は人の心の痛みの分かる教師、名指導者となる可能性を十二分に秘めている。

 高山勝成の挑戦を見守りたい。