村田諒太が10月20日に上がるマンダレイベイで催された歴史的ファイト

トリニダードの試合後の涙が美しかった(写真:ロイター/アフロ)

 米国、ラスベガス、マンダレイベイ・リゾート・アリーナーーー。村田諒太が10月20日に試合をする会場である。数々の名ファイトが催されたアリーナだが、村田自身も印象深いと語るのが、2000年12月2日のWBA/IBF統一スーパーウエルター級タイトルマッチだ。その、フェリックス・”TITO”・トニリダードvs.フェルナンド・バルガス戦を再録でお届けする。

==============================================================

 「この試合を組んでくれたドン・キング、そして、自分を支えてくれた父、兄弟、スタッフたちに感謝します……」

 そこまで話すと、フェリックス・トリニダードは言葉を発することができなくなった。次の瞬間、左肩に掛けられていたチャンピオンベルトが床へ落ち、鈍い音を立てる。

 約80分前に激戦を制した彼は、大勢のジャーナリストを前に身体を震わせ、涙を流した。顔の腫れを隠すためにかけていたサングラスを外し、目尻を拭う。張り詰めていた緊張の糸が切れ、ようやく感じた安堵感が涙腺を緩めたに違いなかった。

 2000年12月2日、WBAスーパーウェルター級チャンピオンのトリニダードは、IBF同級王者のフェルナンド・バルガスを迎えた。97年3月のデビュー以来、20戦全勝18KOという戦績でリングに上がったバルガスは、トリニダードにとって最も危険な相手だった。

 まず先手をとったのはトリニダード。試合開始から僅か42秒、バルガスの2倍のキャリアを誇る“TITO”(トリニダードの愛称)は、この若きIBF王者を2度キャンバスに沈めた。これまでの相手なら、同ラウンドでそのまま仕留められていただろう。しかし、バルガスは持ち直し、第4ラウンドに、強烈な左フックを浴びせ、トリニダードからダウンを奪い返す。

 無敗王者同士の統一戦。今世紀最後のビッグマッチは、その名に相応しいスリリングな展開になっていった。

 トリニダードは、劣勢に立たされた局面でも、極めて冷静に己のボクシングを貫いた。そして今回が19度めの世界戦という豊富なキャリアをして、中盤以降バルガスに力の差を見せ付けていく。対するIBF王者は、徐々にスタミナを失い、動きが鈍る。だがリードを許したバルガスも、その強靱な精神力で必死に食らい付き、僅かな隙を見つけては重いパンチを繰り出した。

 

 第11ラウンド、気力を振り絞ったバルガスのショートフックを浴び、トリニダードはポイントを失う。

 そして迎えた最終回。疲労の濃いバルガスの顎を左フックが打ち抜き、IBFチャンプは再び腰を落とした。20秒後にも、同じパンチを喰らい、このラウンド2度目のダウン。

 勝利を確信したトリニダードは、ニュートラルコーナーのポストによじ登り、両拳を突き上げる。が、フラフラになりながらもバルガスは試合続行を求め、また立ち上がった。

 一瞬、トリニダードは、そんな相手を茫然とした表情で見詰めた。あるいは、倒しても倒しても向かってくるバルガスに、底知れぬ恐怖を感じたのかもしれない。“信じられない”。彼の顔はそう告げているようにも見えた。

 肉体の限界を越え、気持ちだけで立ち続けていたバルガスだったが、1分33秒、ゆっくりと前のめりに倒れ、試合は終了した。

「厳しい闘いだった。バルガスは、偉大な王者だった。ボクサーにとって必要なすべてのものを持っており、本当に強かった。見てください、この右目。塞がってしまって、見えないですよ。でも、自分の方がファイターとしてより優れていたから、勝てたのです」

 言葉を失う前、トリニダードは壇上でそう述べた。昨年、オスカー・デラホーヤを破り、ウェルター級王座を統一。今年3月に階級を上げ、デビッド・リードからタイトルを奪取。この日は、アマチュア時代から1度もダウンしたことのなかった最強の敵を5回も倒しての圧勝で、さらに一つタイトルコレクションを増やし、戦績を39勝無敗32KOと伸ばした。また、比類なき闘争本能を持つ相手を下したことで、揺るぎない自信も得たことだろう。

 記者会見場で、トリニダードは万雷の拍手に包まれた。今世紀のフィナーレは、彼によって鮮やかに締めくくられた。果たして、TITO時代はいつまで続くのだろうか。 

(初出:Sports Graphic Number 512号)