合掌 45歳のヘビー級チャンプを支えた男

1994年11月5日フォアマンはモーラーをKOして世界タイトルを奪還した(写真:ロイター/アフロ)

生前のシャイプス 撮影:著者(2006年)
生前のシャイプス 撮影:著者(2006年)

 6月1日、6日と、モハメド・アリ&ジョージ・フォアマンの原稿を皆様にお届けしたが、執筆中の4月8日に訃報を耳にした。

 38歳だったフォアマンがカムバックを決意し、シャノン・ブリッグス戦を最後にリングを去るまでの間、チーフトレーナーとして"BIG"ジョージに寄り添ったチャーリー・シャイプスが亡くなったのだ。

 享年76。

 リンパ腺の癌で、長く臥せっていた。シャイプスはフォアマンの教会から車で15分の場所に住んでおり、何度か自宅でインタビューさせて頂いた。

 昨夏、ハリケーン・ハービーがヒューストンを襲った時、そして今回と、電話や手紙で連絡した。しかし、返事は無かった。カリフォルニア州の病院で病魔との闘いを続けていたからだ。

 フォアマンと再会する前にシャイプス宅を訪ねると、廃屋となっていた。

撮影:著者
撮影:著者

 シャイプスはウエルター級の世界ランカーだった。

 1941年10月30日ミシシッピー州ジャクソンで誕生したシャイプスは、生後まもなくカリフォルニア州オークランドに移り住む。当地の黒人貧民街で育った彼はボクシングと出会い、19歳でプロデビュー。1963年には、ボクシング界に参入した力道山のプロモートで日本を訪れている。6週間の滞在中、3試合をこなして全てKO勝ちを収めた。

 1964年10月、カリフォルニア州王者となり、同タイトルを3度防衛。1967年にはカーティス・コークスの持つ世界ウエルター級タイトルに挑戦するが、8回TKOで敗れた。

 シャイプスは、"BIG"ジョージ・フォアマンと共通のマネージャーと契約していた時期があり、同じジムで汗を流す間柄だった。

 1970年に引退後、シャイプスは長く麻薬の売人を生業とした。やがて逮捕され、6年半、塀の中の住人となっている。刑期を終えたものの仕事がなく、途方にくれていた折、フォアマンがトレーナーになってほしいと誘った。

 「ありがたい話だった。現役時代、私は世界チャンプを目指して必死で闘った。でも、引退後は何をしていいのか分からなかった。ジョージが私に人生を与えてくれた」

 シャイプスはフォアマンが買ってくれたという大型トラックのハンドルを握り、トレーナーの傍ら、運送業を興していた。

 最初に私がフォアマンをインタビューした日は、空港まで迎えに来てくれた。その後も、フォアマンの取材に行く度に、教会で顔を合わせた。何度かは肩を並べて腰掛け、礼拝に参加した。彼の好きだった中華屋で舌鼓を打ったこともあった。

 シャイプスが語った言葉が、今でも耳に残っている。

 「どんなに努力しても、チャンピオンになれる人間とそうじゃない人間がいる。でも、いつだってベストを尽くさなければ、道は拓けない。人生ってそういうもんだ。ジョージからは、生きることの意味を教わったね」

 さようなら、チャーリー。

 合掌