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タイソンを葬った男 番外編 ~世界ヘビー級王者における『陸王』っぽい話~

林壮一ノンフィクションライター
タイソンをKOした際、ルイスはミズノを履いていた(写真:ロイター/アフロ)

 TBSドラマ『陸王』が12月24日に最終回を迎える。これまでの視聴率は14.0~16.8%と、好調な数字をマーク中だ。

 ドラマ内で「この縫製は他社には真似できないものです」と、ライバル社が、老舗足袋業社「こはぜ屋」の仕事ぶりを絶賛するシーンがある。

 同シーンを目にした折、南アフリカで世界王座から転落し、再起に懸けるレノックス・ルイスとの会話を思い出した。

 「ハシーム・ラクマンとのリマッチでは、ミズノのリングシューズで闘いたい。すぐに日本からオレのサイズを取り寄せてくれ。練習用と合わせて3足くらい頼むよ」

 ヘビー級ファイターの中でも、とりわけデカい、身長196センチのルイスのシューズは33センチの幅広モデルだ。本コーナーで過去に記したように、ミズノ社のリングシューズは、ベルトコンベアーでの大量生産ではなく、職人がひとつひとつ手とミシンで丁寧に作る。まさしく、「他社には真似できない縫製」だ。

Lewisが日本から取り寄せた練習用シューズ
Lewisが日本から取り寄せた練習用シューズ

 白地に銀のライン、紺の縁取り。紺色でLennoxの刺繍が試合用。練習用は白地に紺のラインで作られた。2001年11月17日、ルイスはそのシューズでラクマンを下し、最重量級タイトル3度目の王冠を得る。

 

 2002年4月、ルイスの世話係であるカナダ人から私の自宅に電話が掛かって来た。彼は哀願するように切り出した。

 「チャンピオンが『タイソン戦には万全を期して望む』と話している。またミズノのシューズを履いて闘うそうだ。なんとか調達して、トレーニングキャンプ地まで届けてくれないか?」

 

 私は答えた。

 「ラクマン戦で新品をおろしたばかりじゃないですか。あのシューズ、まだ履けるでしょう。キツイとか不都合があるのですか?」

 

 「いや。大丈夫。練習でも履く。でも、チャンプは新品でタイソンと闘いたいって言うんだよ」

 「万全を期して望みたい」という言葉に"最終戦”に挑むルイスの決意を感じた。

 「了解しました。24時間以内にミズノ社に連絡を入れます。でき上がったら、キャンプに届けましょう」

 

 そう私が告げると、彼は「ありがとう」と弾んだ声を出した。

 ルイス用の特注シューズはこの時、思いのほか完成までに時間を要した。私がルイスに届けたのは、キャンプ終了の3週間前であった。

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 「やぁ、よく来てくれた。でも、もっと早く持ってきてほしかったぜ。こいつが必要なんだよ。必ず、タイソンをKOしてみせる」'''

 33センチのシューズを手にしたルイスの破顔した表情から、気負いは感じられなかった。

 

 世界ヘビー級チャンピオンともなれば、複数の大手メーカーから「是非、弊社のシューズをお使いください」と打診される。1試合に履くだけで4万ドルから5万ドルのギャラが支払われるケースもある。ミズノの場合は商品提供はするが、宣伝料としてルイスに金を支払うことは望まなかった。

 ルイスは幾つかのメーカーによる誘いを蹴り、メイド・イン・ジャパン、ミズノを選択したのだ。

 2002年6月8日、ルイスはタイソンを下した。日本製のシューズを履いて。

 ルイスの引退後、しばらくの間、ラクマン戦で使用したシューズは、後楽園ホールに飾られていたそうだ。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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