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村田諒太以上に納得できない判定負けを喫した世界王者

林壮一ノンフィクションライター
「1000年に一度の戦い」を制したのはトリニダードだった(写真:ロイター/アフロ)

1999年9月18日、『1000年に1度のファイト』という派手なキャチコピーが付けられたWBC/IBF統一ウエルター級タイトルマッチ、オスカー・デラホーヤvsフェリックス・トリニダード戦は、2-0の判定(一人のジャッジはドローと採点した)で、デラホーヤがプロ生活初の黒星を喫した。

前半、的確にジャブを当てポイントを稼いだデラホーヤは、終盤の3ラウンズを打ち合わず“流した”。

無敗の147P世界王者同士の対戦は、実現に向けて動き出した頃から、ボクシング界の話題を独占した。しかし、このファイトもまたデラホーヤにとっての"HOME"であり、トリニダードには"AWAY"であった。同一戦の保証額はデラホーヤの2100万ドルに対し、トリニダードはその半分であった。

勝利を確信して逃げ回るデラホーヤを、執念で追い続けたトリニダードは、判定を聞いた後、涙を流しながら喜びを爆発させた。この日のトリニダードには、何が何でもAWAYで勝利しなければならない覚悟があった。プエルトリカンである彼にとって、デラホーヤはアメリカ本土の王者だった。

試合直後のデラホーヤは、「ジャブもクリーンヒットも、自分の方が上じゃないか! 何故、負けなんだ!!」と不満を述べた。彼には珍しくF-wordを口にした。少なからず、デラホーヤの勝利を唱えたメディアもあった。

とはいえ、彼は1997年4月12日にウィティカーからもぎ取った白星を忘れてしまっていた。逃げの姿勢は、けっしてポイントに結びつかない。前進してこそ、リングジェネラルシップを得るのだ。

村田諒太はトリニダードのスタイルが好きだという。是非、この統一戦の映像を目にして、トリニダードのスピリッツを学んでほしい

デラホーヤvsトリニダードは、当時、こんな文章でまとめているので、興味のある方はクリックしてください。

http://www.byakuya-shobo.co.jp/boxing/reytime_hayashi/reytime18_millenium.html

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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