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全米中を感動に包んだフットボーラ―

林壮一ノンフィクションライター
少年と母親の心は、澄み切った青空のようになったであろう(写真:アフロ)

その少年は6年生だった。昼食時、独りでいた。会話も無く、たった一人でランチを食べる毎日だった。

彼は自閉症だった。母親はそんな状態の息子を危惧し、いつも胸を痛めていた--。「私は中学時代の教師を覚えているかしら?」「友達は沢山いたかしら?」「ランチを誰かと一緒に摂っていたかしら?」と自分に問いながら、心を痛め、息子と過ごす日々。

8月30日、トラヴィス・ラドルフというフットボール選手がこの少年に会いに来た。

ラドルフは言った。

「ここに座って、ランチを共にしていいかい?」

「もちろん!」と、少年は応じた。

2人は貴重な時間を過ごした。少年の母親は涙にくれながら、Facebookで8月30日に"この日のランチ"ついて記した。3日間で1万3千人以上がシェアしたそうだ。『New York Times』や『Sports Illustrated』でも取り上げられた。私自身も、『New York Times』のWebで同ニュースを知った(思わず涙ぐんでしまった)。

トラヴィス・ラドルフは、フロリダ州立大学のワイドレシーバーで、全米でも指折りのスター選手だ。一流の男は、人間としても輝いていると唸らされた。

クリスティアーノ・ロナウドも、自身をアイドル視していた余命いくばくもない少年の治療費を自腹で払ったり、スマトラ島地震の被害者をサポートしている。

私がインタビューを重ねたジョージ・フォアマンも、自らユースセンターを建て、恵まれない環境で生きる若者と向き合っている。

サンフレッチェ広島の皆川佑介選手、松本山雅のシュミット・ダニエル選手も、以前、私が企画した障害児童とのイベントに参加してくれ、温かいハートで子供たちを喜ばせた。

彼らはアスリートとしてのみならず、<人間>としての器が違う。

少年とトラヴィス・ラドルフがランチで食べたのは、ピザであった。少年にとっては、一生忘れられない味となったことだろう。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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