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涙の意味を知る(2)

林壮一ノンフィクションライター
吉良龍人の決勝ゴールで中大が勝利した瞬間、105名の部員の喜びが爆発した

復帰戦となった昨年10月27日の筑波大戦。吉良がピッチの感覚を噛み締めていると、105名の応援団が「お帰り!」「待ってたぞ!!」と声援を送った。

キックオフ前にも拘らず、吉良は涙を堪えるのに必死だった。

キックオフの笛が鳴った瞬間、怪我した悔しさ、大好きなサッカーを眺めることしかできなかった日々、仲間・家族の支え、苦しかったリハビリ、プロになりたいと思い続けていた日々……、全てが走馬灯のように頭を駆け巡った。

そして、全身が燃えるように熱くなった。今から始まるこの試合が、楽しみで仕方ない。自分なら必ずゴールを奪える、怖いものなど何もないと、自信が漲る。

試合は54分に筑波大が先制した。が、ぶれない気持ちで、余裕を持って戦況を見詰めることができた。誰よりもきついトレーニングをしてきた精神力が吉良を突き動かしていたのである。

ブランクからか、次第に足はフラフラになっていく。だが、自分が味わってきた辛さはこんなものではなかったと、歯を食いしばって苦しかった日々を思い出した。

間もなく、試合終了のホイッスルかと思われた90分。中央大は同点に追いつき、アディショナルタイムに入った。

自軍センターバックから左ウイングの選手にライナーのロングボールが通った瞬間、吉良は「ここだ」と思い、ゴール前まで猛然とダッシュする。そして左サイドからゴロのクロスを大外から上がってきた彼がぎりぎり足を伸ばして、スライディング。

ボールはネットに吸い込まれていった。

2−1。吉良は自らの復帰戦を、決勝ゴールで飾った。

「正直、点を決めた瞬間からの記憶はあいまいです。でも応援団の皆にもみくちゃにされて、嬉し涙を流していました。試合後には、励まし続けてくれた同期の仲間、リハビリを共にしてきた仲間から『ありがとう』『初めてサッカーで鳥肌が立った』と言われました。家族も涙を流して喜んでくれました。中大サッカー部の皆、特にレギュラー陣からサッカープレイヤーとして本当の意味で認められた気がしました」

あの日を振り返って、吉良はしみじみと語る。

「サッカーの神様は本当にいる。結果はついてくるものではなく、手繰り寄せるものであると学びました。報われるまで努力し続けることが私はできました。今振り返っても、自分に甘えた日は一度もないと言い切れます。頑張っても努力し続けても報われるとはかぎりません。でもそのわずかな希望にかけて、その可能性を信じて、挑み続けることは並大抵の厳しさではありません。

でも過程に命を懸けて死に物狂いで頑張ったら、その分だけ結果が出た時は嬉しいものです。頑張った分だけ自分の喜びは大きくなるし、人に与える感動も大きくなると確信しました。適当にリハビリして復帰戦で点を取っても涙は出なかった筈です。

怪我は私に自信をもたらせてくれました。怖いものは何もありません。どんなにキツイことがあっても、精神的にも、体力的にもボロボロになっても、その状況を自分が成長できるチャンスと捉え、目標の達成に向かって挑み続けていきたいです。私はその先にある嬉し涙を知っているから、どんなことだって頑張れます」

15歳の少女が「帰りたくない」と慟哭したのは、嬉し涙の意味を知っている吉良たちが、真心を込めた接し方をしたからに他ならない

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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