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1月2日、さいたまスタジアムにホイッスルが響く

林壮一ノンフィクションライター
第92回全国高校サッカー選手権大会に乗り込む池田一義監督

冬の風物詩と呼べる高校サッカーの季節がやって来た。ちょうど30年前の第62回全国高校サッカー選手権大会、準々決勝において、埼玉県代表の浦和市立高校は記録的な大敗を喫した。

スコアは0-9。相手は前年度優勝校の静岡県立清水東高校だった。ベスト8まで駒を進めながら、浦和市立イレブンは完膚無きまでに叩きのめされた。

優勝候補の筆頭に挙げられていた清水東は、後に日本代表となる長谷川健太(現ガンバ大阪監督)、大榎克己(現エスパルスユース監督)、堀池巧(現ナショナルトレセンコーチ)、武田修宏(現タレント、サッカー解説者)らを擁していたものの、これほどの差がつくとは誰も予想し得なかった。

浦和市立高校入学直後に左ウイングのレギュラーとなり、鹿児島インターハイでベスト8。2年生となってからも更に成長を見せ、FW陣を引っ張る存在となっていた池田一義同校監督は、あの敗北を冷静に振り返る。

「手も足も出ませんでした。自分たちが何をやっているんだか分からなかった…。3年生たちは泣いていましたが、悔し過ぎて、頭に来て、涙も出なかったですね」

卒業していく3年生を見送った池田は、新キャプテンとなった。

「清水東へのリベンジということではなく、何もできなかった悔しさがあって、とにかくうまくなりたかった。自分のレベルを上げたいと考えて、ひたすらボールを蹴りました」

小学生時代の池田は、リトルリーガーだった。プロ野球選手に憧れていた時期もある。が、5年生の時、それまで苦手だった水泳を自らの努力で克服し、体育教師を夢見るようになった。自身の課題に取り組み、ひとつの目標を達成するという行為に喜びを見出したのだ。スポーツを通じて他の人にもそんな思いを味わわせることができる体育教師――。高校サッカーは、その夢の過程にあった。

「中学時代の成績で浦和市立の受験を決めたので、サッカー部がどのくらい強いとか、伝統があるかなんて、まったく知らなかったんですよ」

大学に進む際も教育者になる人が多いという理由で、筑波大を選んだ。入学すると、FWのエースには、件の試合の対戦相手、清水東でキャプテンを務めていた長谷川健太の存在があった。

「皆、人が良く、サッカーに対しては非常に前向きで、雰囲気の良いチームでした。選手としての能力はもちろん高く、全員が強いハートを持っていました」

3年生の時だった。関東大学リーグの東海大戦で、池田はハンドスプリングスローを披露する。ハンドスプリングの正式名称は、前方倒立回転飛びである。ボールを持った状態で前方倒立回転飛びを行い、着地と同時にボールを投げる。これによって、ただのスローインではない、ロングスローとなる。

呆気にとられる東海大のGKを尻目に、ゴール前に詰めていた同僚がヘディングを決め、池田はアシストを記録した。

「アメリカの文献で発表されていて、卒論のテーマに選んだ先輩がいたんです。ハンドスプリングができる数名が何度か練習したんですが、ベンチから『やれ!』『やれ!』という声が聞こえて。よし、やってみるか、と。僕はあれ以来、“どうしようかと迷っていないで、とにかくチャレンジしてみる。やってみるんだ”と考えるようになりました。人生の転機といってもいいかもしれません」

筑波大の1学年下には、ドーハの悲劇を経て、フランスW杯に出場する井原正巳、中山雅史がいた。

「今でも尊敬する選手を挙げろと言われれば、彼ら2人ですね。筑波大はエリートと呼ばれる選手が多かったのですが、努力家ばかりでした。苦手なものを超克しようと、井原は1対1を、ゴンは基礎練習を繰り返していました。純粋で素直にサッカーに取り組む姿勢が素晴らしかったですね」

筑波大で数々のタイトルを獲得した後、池田は念願だった体育教師となる。最初の3年は小鹿野高校の定時制、その後は浦和工業高校に7年、そして1999年より母校に赴任し、かつて自身が袖を通していたオレンジ色のユニフォームの指揮を取るようになった。

「全国制覇を目標に掲げています。それに相応しいチーム作りをしなければいけない。また、愛される選手、愛されるチームになろうと言い続けています。色々な人とコミュニケーションをとり、生きていく力を備えてほしいですね」

進学校である「さいたま市立浦和高校(池田監督の時代とは名称が異なる)」の選手は、どんなに技術が高くても赤点があれば試合には出場できない。この理由で、沖縄インターハイでもレギュラーが登録を抹消されている。自分がすべきことをしないのだから当然のこと、という空気がチームに流れている。

「教師として、一人ひとりの生徒を伸ばせる喜びを感じていますから、クラスも大事にしていますよ。サッカー部員は今回の全国大会で、自分が成長できる切符を手にしたわけですから、思う存分やってほしいですね」

オレンジ軍団は今日、開会式を迎えた。初戦は1月2日。地元のさいたまスタジアムで和歌山県代表の初芝橋本高校のイレブンと向かい合う。「文武両道」を実践する池田監督の采配に注目だ。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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