和製アグエロを目指すストライカー
試合はロスタイムに入っていた。2012年1月9日、第90回全国高校サッカー選手権大会決勝。三重県代表の四日市中央工業高校と千葉県代表市立船橋高校の一戦は、四日市中央工業高校が後半開始早々にコーナーキックから1点を奪い、リードを保っていた。
白いユニフォームの四中工イレブンは、誰もが試合終了のホイッスルを待ち望んでいた。
「確かにリードされていましたが、僕らは誰一人として諦めていませんでした。最後の瞬間まで戦い抜こう、必ず勝つんだとお互いに声と目で確認し合っていました。不思議なもので、僕はこの試合、まったく疲れを感じませんでした。相手はヘバって来ていたし、こっちはギアを上げていこうぜという気持ちでしたね」
黄色いキャプテンマークを左腕に巻いていた市立船橋高校の当時の10番は、およそ2年前の試合をそう振り返った。
ロスタイム、自軍が失点した時と同じようにコーナーキックを得た市立船橋高校は、勝利を確信した四中工の心の隙を突き、キャプテン自らが同点弾を叩き込む。
「僕だけの得点ではありません。ただ、どこの高校よりも強いメンタルを持っていたと思います。体力を上回る気持ちが、僕らにはありましたね」
背番号10は、延長戦後半にも左サイドのオープンスペースに抜け出してパスを受けると、左足のヒールでボールを操り、四中工のディフェンスを躱して逆転となるシュートを決める。
「最後に明暗を分けるのは気持ちだということを、あの試合で実感しました」
有終の美を飾った高校サッカー界のスター、和泉竜司は、現在、明治大学で背番号8をつけている。体つきは高校時代より2回りほど大きくなった。特に隆起した太ももの筋肉が目を引く。その鍛え上げた足によって、走り出しの1歩目からトップギアに入ることができるため、彼の特徴であるスピードを活かしたプレーのクオリティーが上がった。
「実はあまり筋トレをしていないんですよ。体が重くなってキレがなくなるように思うので。とはいえ、最近は練習が終わると、今日、筋肉ついたなぁと感じることが多いですね。体幹のトレーニングはやっていますよ」
明治大学サッカー部の神川明彦監督は語る。
「高校サッカー界で名を売った選手というと、鼻高々で入学してくる選手が多いのですが、和泉はまったくそんなことがありませんでした。サッカーに向かう姿勢は長友の入学時より上ですね。いずれは海外でプレーしたいという目標がありますから、意識が違うし、とにかく負けず嫌いです。呑み込みが速く、ひとつひとつのプレーに執念を感じます」
和泉は10月6日に開幕した東アジア競技大会U20代表に選出され、4試合に出場した。2勝1敗1分けの戦績で5チーム中3位だったが、この代表はリオデジャネイロ五輪のメンバーとなる可能性が大きい。
「同世代のプロ選手と戦い、いい刺激になりました。個人的には技術がまだまだだな、と感じましたが、シュートへの拘り、ボールキープ、ボディコンタクトなどは負けていなかったと思います。リオ五輪は僕らの代が中心となるので、絶対に選ばれて中心選手になりたいですね。もちろん、その次はA代表を狙っていきます」
神川監督は、和泉を育てるにあたり、「彼がどうやっても抜けないDFがいる場所」を提供しようと、ジュビロ磐田を始めとしたプロチームの練習に送り出している。
「プロ選手は本当にうまいので、パスコースをしっかり消さないと簡単に縦パスを通されてしまいます。ディフェンス面は1人では絶対に取れないと感じました。攻撃の面では、みんな縦パスの意識が強く、自分がいいポジションにいれば、いいパスが出てきますね。単純にボールを止めて蹴るという基本動作の精度が違うなと感じます」
明治大学は火曜日と水曜日を午前6時からの練習にあてている。11月のある日、朝日が昇り始めた薄暗い空の下、八幡山グラウンドには39名の選手たちがきびきびとボールを追いかけていた。そんななかで、和泉は切れ味鋭い動きを見せ続けていた。
「トラップが大きいなど、イージーなミスが多いのが課題です。まだ、持って生まれた抜群の身体能力を使いきれていません。パーソナルトレーナーをつけ、自分の体について学んでいけば、大きく開花するでしょう」(神川監督)
和泉の目標とする選手はアルゼンチン代表のFW、セルヒオ・アグエロである。上背はないが、抜群のスピードで相手を振り切り、常にゴール狙うそのスタイルは、なるほど和泉竜司と通じるものがある。
「相手より先に一歩目を踏み出せることが、自分の武器」と自ら話すように、アグエロのようなスタイルを貫き、和製アグエロとしてサムライブルーのユニフォームを身にまとってほしい。高校選手権決勝の大逆転からおよそ2年。和泉竜司は、まだまだ成長過程にある。