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YouTubeは「開き直る力」が鍵!?粗品100万人突破に見る新トレンド

谷田彰吾放送作家
粗品 Official Channel より

 「粗品の呪い」

昨日、このワードがSNSをはじめネットを駆け巡った。

 ことの発端は霜降り明星・粗品の個人YouTubeだ。「生涯収支マイナス1億円君」と名乗る粗品にそっくりな男が競馬のビッグレースを予想するのだが、本命に予想した馬がことごとく負けるため、「粗品の呪い」と噂されるようになったのだ。昨日、ついに本命馬が優勝したため、Twitterを中心に大きな話題となった。

 そんな粗品だが、先日ものすごい快挙を成し遂げていた。その"悪名高い"YouTubeチャンネルが登録者数100万人を突破したのだ。粗品はコンビとしても158万人(6月6日時点)の登録者を持ち、コンビと個人でミリオンという芸能人ではおそらく誰も達成していないであろう偉業だ。お笑いの賞レースで史上初のM-1とR-1の2冠を獲得した男が、YouTubeでも2つの金の盾(100万人を超えるとYouTubeからもらえる記念品)をゲットした。

 粗品のチャンネルは競馬予想だけではない。内容が斬新すぎるのだ。粗品といえば地上波テレビで数々のレギュラー番組を持つ第7世代を代表する売れっ子芸人だが、YouTubeではその面影は皆無。カメラに向かって独り、「借金がエグい!」「金なさすぎて所得税が払えない!」「金くれボケ!」などと絶叫し、人気芸人とは思えない借金エピソードを連発するのだ。その内容は『粗品の借金額が何円か割り出せる動画』『借金依存症チェック』など、どんどんエスカレート。それもこれも大好きなギャンブルでスッてしまうのが原因なのだが、いくら負けたかも正直に報告。先日行われた競馬の日本ダービーでは1番人気の馬の単勝馬券になんと99万9千円をぶち込み、見事に撃沈した。

 粗品がすごいのは、多くの番組でMCを務め、テレビCMにも出演し、吉本の期待を背負う人気芸人という立場があるにもかかわらず、多額の借金があることを「開き直っている」ことだ。特に斬新だったのは、動画の中で「広告たくさん入れたいから、わざわざ8分喋っている」といった発言。YouTubeでは8分1秒以上の動画であれば、動画の途中にも広告を挟むことができる。つまり、広告収入がアップしやすくなるということだ。通常、芸能人はイメージを気にして、儲けたい気持ちを前面に出すことはない。しかし、粗品は世間体など気にするそぶりも見せずに開き直っている。それはもう清々しいほどに。

 私は、この「開き直る力」こそが今のYouTubeや芸能界の注目トピックだと思っている。開き直ることで支持を得ている芸人やYouTuberがグイグイ台頭しているのだ。

 その代表格は、2020年に当時の史上最速で100万人登録を達成した江頭2:50だろう。「動画に広告がつかない!もう諦めた!」と開き直り、今も変わらず上半身裸のまま動画を投稿し続けている。制作スタッフによれば広告掲載は3割前後がNGだというが、その開き直りぶりが共感を呼んだのか、チャンネル開設から2年2ヶ月で300万人登録を突破。この数字は、嵐の二宮和也らジャニーズの人気者たちが出演する『ジャにのちゃんねる』とほぼ同等。抱かれたくない芸能人ランキングの常連だった男が、今や好きなYouTuberランキング(ORICON NEWS調べ)で2連覇を達成している。

 芸人界では「クズ芸人」なるジャンルがホットだ。キングオブコント2021の王者・空気階段の鈴木もぐらはギャンブル癖のせいで妻子と別居していることを公言。現在、人気上昇中の相席スタート・山添寛は相方にも借りているという借金を「絆」と呼ぶダメっぷりが注目されている。他にも、岡野陽一、ザ・マミィの酒井貴士などギャンブル癖や借金を隠すことなくテレビで話し、開き直ることでキャラを定着させる芸人が増えている。人気の原因はもちろんネタなどの実力があってこそだが、開き直ったキャラが視聴者に受け入れられているのは間違いないだろう。

 極め付きは、2022年のYouTube界で賛否両論を巻き起こしているH氏だ(あえて名前は伏せさせていただく)。27年間芸能人のプライベートの世話をしてきたという一般人だったが、2月にチャンネルを開設すると、有名俳優の衝撃的な暴露話を次々と公開。瞬く間に注目を集め、チャンネル登録者数は現在122万人。ついには「汚れた芸能界を掃除する!」と公約を掲げ、来たる参議院議員選挙への出馬を表明した。

 元々、H氏がYouTubeを始めたきっかけは自身が起こした詐欺事件。韓国の超人気グループに会わせる名目で詐欺を働いたのがバレてしまった。その示談金やギャンブルで作った借金などの金銭トラブルを解決するためにYouTubeを始めたことを隠すことなく公言。動画内で何度も謝罪した上で、こんな趣旨の言葉まで発している。

 「俺は正義のヒーローじゃない。悪党。だから過去の悪事なんていつでも暴いてくれて構わない。死なばもろともや」

 本人が語っている通り詐欺事件は犯罪だ。当然ながら被害者に対して償わなければならない(実際に弁護士を通じて弁済を進めているという)。これまでの常識であれば弁済が完了してからメディアでの活動をするものだが、彼は同時並行で進めている。これはYouTubeという個人発信のメディアが定着したからこそ生まれた事例であり、YouTubeの使い方として良くも悪くも一石を投じたものだ。チャンネルには当然アンチもいるのだが、H氏の熱量に共感するファンも存在する。「失うものは何もない」と開き直った男に一定の支持があることは興味深く、倫理観を揺さぶられる。断っておくが、私は彼の活動を称賛するつもりもなければ叩くつもりもないし、宣伝したい気持ちもない。詐欺被害者がいる以上、不快感を覚える方がいることも理解している。選挙が控えていることもあり、意図せぬバイアスをかけたくないのでイニシャルで表記させてもらったことをご了承いただきたい。善か悪かの議論はこのコラムの本意ではないことを記しておく。

 さて、2022年の今、なぜ「開き直る力」が注目されているのか?私なりに分析してみたい。

 大きな理由の一つは、YouTubeが人の人生をリアルタイムで追いかけるのに適したメディアであるということだ。粗品や江頭やH氏は、極端な生き様をチャンネルに刻み込むドキュメント系YouTuberと言っても過言ではない。YouTubeはテレビなどのマスメディアと違い、個人のアカウントで展開される。その日の出来事や思いをいつでも簡単に、まるで日記のように発信することができる。しかも、それらはチャンネルにストックされ、視聴者はいつでも好きなところから追いかけされる。YouTubeは個々の動画をエンタメとして楽しむというよりは、「人」という単位で共感していくメディアなので相性が良い。芸能人の本格参入から3年、YouTubeが幅広い年代に定着したことで、より多くの人に受け入れられるようになったのかもしれない。

 また、長引くコロナ禍の影響は無視できない。この2年間は国民の誰もが自分を抑えて行動してきた。ストレスや疲れは間違いなく溜まっているし、収入的にダメージを受けた人も多いだろう。だからこそ、金銭的なトラブルを抱えている人に親近感を覚える。しかも、3人は苦境に立たされながらも、世間の声に臆することなく闘っている。少々真っ当な道を外れていたとしても、自分の欲や信念を貫く姿は、視聴者にある種の羨望の気持ちを芽生えさせているのかもしれない。

 ただし、今後も「開き直る力」で押し通していくのは諸刃の剣だろう。借金にせよ暴露話にせよ、この手の話題はエスカレートするしかないからだ。方向転換を迫られるタイミングが来るだろうが、そこが楽しみなポイントだ。

 テレビ番組がコンプライアンスによって大人しくなる中、刺激的なコンテンツをYouTubeに求める傾向は強い。100万人という人数はマスメディアと比べれば決して多い数ではないが、共感されているからこそ熱狂を生む。これからも「開き直る力」に注目だ。

放送作家

テレビ番組の企画構成を経てYouTubeチャンネルのプロデュースを行う放送作家。現在はメタバース、DAO、NFT、AIなど先端テクノロジーを取り入れたコンテンツ制作も行っている。共著:『YouTube作家的思考』(扶桑社新書)

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