Yahoo!ニュース

紅白初出場のカリスマ・まふまふはなぜ「顔出しは怖い」と語ったのか?令和の”顔出しリテラシー”を考える

谷田彰吾放送作家
2018年にYahoo!で配信された番組より

 今年の紅白歌合戦の出場歌手が発表された。演歌歌手の数が激減し、紅白が新時代に突入したことを感じさせたが、もうひとつ新しさを感じた人選があった。「まふまふ」の初出場である。

 皆さんはまふまふをご存知だろうか? 40代以上は「初めて知った」という方も多いことだろう。しかし驚くなかれ、彼は東京ドームワンマンライブのチケットを完売するほどの人気を誇る。たった一人で東京ドームを満員にできるアーティストは、ほんの一握りしかいない。そのライブは結果的にコロナ禍で中止となったが、後日同じ東京ドームで無観客無料配信ライブを開催。世界40万人が同時視聴した。若者たちの間では何年も前からカリスマ的存在となっている。

 まふまふ はミュージシャンやアーティストと呼ぶより「歌い手」という肩書きが正しいかもしれない。歌い手とは、自分が作ったり歌ったりした楽曲を動画サイトに投稿して活動するネット発の歌手の総称だ。ニコニコ動画を中心に盛り上がったムーブメントで、今や国民的人気を誇る米津玄師も動画投稿から活動をスタートしている。いわばネット時代の音楽活動と言えるだろう。そのトップランナーが、YouTubeチャンネル登録者323万人を誇るまふまふだ。自宅でパソコンを駆使して楽曲を制作し、動画としてリリースしている。

 今回注目したいのは、まふまふが紅白の記者会見で発したこの言葉だ。

 「マスクをしたままでは歌えないので潔く外したい。怖いですけど」

 まふまふは基本的に「顔出しNG」を貫いてきた。動画やメディアに出演する時はマスクは欠かさない。顔全体を出すのはライブの時だけだ。だが、ライブの記録映像も遠目からのカットに限っており、顔がハッキリとわかる映像は残さない。徹底的に自分の顔の露出を管理・制限してきた。

 近年、まふまふと同様に顔出しNGで活動するアーティストは急増している。『うっせぇわ』でブレイクしたAdoなどが代表的だろう。テレビの音楽番組に出演することになっても顔を隠したまま歌う。いったいなぜ増えているのか?

 まふまふが「怖い」と語っているように、今や顔出しは「リスク」をはらんでいる。ネットで活動するということはすなわち、自分の顔を全世界に晒すと同時に、データを残すという行為だ。「デジタルタトゥー」という言葉があるように、半永久的にネット上に刻み付けられてしまう。一般人でも怖いことだが、有名人ともなれば事件に発展する可能性もある。実際、まふまふはかつて顔出しをして活動していたのだがストーカー被害に遭い、それ以来顔出しを避けてきたという。

 顔出しNGのアーティストのほとんどが、10代〜20代の若者だ。それは言い換えれば、デジタルネイティブの世代。もっと言えば、青春時代からSNSを利用してきた世代が中心だ。動画投稿やSNSの楽しさを理解しながら、一方で「怖さ」も熟知している。もはや有名になって街中で指を差され、チヤホヤされることはメリットではない。むしろネット上では有名でもプライベートでは普通の生活をしたい…それが令和の「顔出しリテラシー」だ。まふまふにとってみれば、紅白のような国民的テレビ番組で顔を晒すのは「危険」という感覚なのだろう。だからまふまふは「怖い」と語ったのだ。

 私は2018年にまふまふのネット番組の構成を担当した。彼だけでなく番組に出演した他の歌い手たちも終始マスクを着用し、顔を晒さなかったのが印象的だった。また、別の顔出しNGのアーティスト(有名音楽番組に出演するレベル)と打ち合わせをした時、その方の考え方が実に新鮮だった。

 「もちろん自分の歌を一人でも多くの人に届けたい。でも、有名になりたいわけじゃない。自分の作品に顔は必要ないので、活動する上で顔を出すメリットがない」

 歌手として成功したいのに”有名になりたいわけじゃない”という思考は、昭和生まれの人間にはなかなか理解できないのではないだろうか。テレビやメディアに出ることが憧れだった時代は、顔を出すことがほまれだった。しかし、令和でそれは変わってきた。動画投稿サイトのおかげで顔を出さずにヒット曲を作り出せるようになったし、SNSの攻撃は激しくなっている。ならばアーティストとしての成功とプライベートでの生きやすさを両立したいと考えるのは当然だ。

 「ライブで顔出ししてるのならテレビだって同じじゃないのか」と思う方もいるかもしれないが、大きな違いがある。不特定多数の前で顔を出すのと、自分の考え方に共感しているファンしかいない場で出すのとでは、受け取り方に大きな差が出るからだ。

 話を広げると、「顔出しNG」の概念はエンタメだけでなく、これからの一般生活においても当たり前になるかもしれない。5Gが本領を発揮すれば、「メタバース」と呼ばれるネット上の仮想空間でのコミュニケーションが当たり前になる。誰もが現実世界での自分とは別に、メタバースで「アバター」として生きる”もう一人の自分”を持つことになるだろう。そこでは自分の顔を晒す必要はない。それどころか年齢も性別もキャリアも関係なく、現実とは全く違う自分を生きることができるのだ。今は想像しにくいかもしれないが、すぐにメタバース上で商売するのが当たり前になる。そうなれば顔出しすることなく仕事ができ、プライベートと仕事を「ほぼ別人」として切り分けることも可能だ。大げさかもしれないが、顔出しNGアーティストたちは、その先駆けとも言えるかもしれない。

 紅白で顔を晒してテレビ初歌唱するとなれば、「どんな顔してるんだ?」という興味はわいてしまうだろうが、鋭利な言葉で中傷するようなことはやめて欲しい。まふまふの紅白出場、そしてテレビでの顔出しが、ネットにおける「顔出しリテラシー」を考えるきっかけになれば良いと思う。

放送作家

テレビ番組の企画構成を経てYouTubeチャンネルのプロデュースを行う放送作家。現在はメタバース、DAO、NFT、AIなど先端テクノロジーを取り入れたコンテンツ制作も行っている。共著:『YouTube作家的思考』(扶桑社新書)

谷田彰吾の最近の記事