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「テレビ局必要ある?」芸能人もスポンサーも集まる佐久間PのYouTubeは局崩壊の引き金か再生の扉か

谷田彰吾放送作家
私は佐久間PのYouTubeにテレビ再生の可能性を感じた

 コロナ禍でテレビ局の売り上げが激減している中、気になるニュースが飛び込んできた。元テレビ東京の佐久間宣行プロデューサーがYouTubeチャンネルを開設したのだ。「元局員がYouTube始めたからって何か問題?」と思う方がいらっしゃるかもしれないが、これはテレビ局にとって重要なニュースなのだ。もしかしたら、テレビに引導を渡す引き金になる可能性すらあるのだから…。

 佐久間Pは近年、型破りな働き方で注目を集めていたテレビマンだ。テレビ東京在籍中に『ゴッドタン』『あちこちオードリー』などを手がけるかたわら、深夜ラジオ『オールナイトニッポン0』のレギュラーパーソナリティーを担当。現役のテレビ東京社員でありながら、系列局でもないニッポン放送で番組を持つ…しかも出演者として。もちろん異例のことだが、これが大成功。イベントをすればチケットは即完売。放送開始丸2年で番組本を出版。Twitterのフォロワー数は26万人超。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで人気者になったクリエイターだ。

 そんな佐久間Pがテレビ東京を退社したのは今年3月のこと。それからわずか3ヶ月強でYouTubeスタートとなった。その名も『佐久間宣行のNOBROCK TV』。チャンネル登録者数は開設から約1週間で5.6万人。最初の企画動画『俺の悪いところ言ってくれ選手権』の再生数は12.5万回となっている。ゲストに劇団ひとりらを招く豪華さで、佐久間Pらしさ全開の内容だった。このクオリティの動画がいつでもどこでも無料で見られるとなると、YouTube動画の進化もいよいよテレビレベルに達したと言える。

 テレビ局員が退社してYouTubeの仕事をするのは珍しいことではない。だが、このチャンネルはわけが違う。なぜなら「スポンサー」がついているのである。

 スポンサーがいるということは…。もうお察しの方もいるだろう。そう、このYouTubeはテレビと同じ構造で成り立っているのだ。ちなみに、スポンサーは『ゴッドタン』と同じ、制作しているスタッフも佐久間Pの番組をよく担当するおなじみのメンバー。つまり、座組みから外れたのは古巣「テレビ東京」だけなのだ。

 これが意味することは何か。あえて言葉を選ばずに言えば「もうテレビ局は必要ない」ということだ。インターネットによって、電波を使ったテレビ放送の圧倒的な優位性は崩れた。もちろん、多くの視聴者に安定してコンテンツを供給できる強みはあるが、ネットインフラの進化でその強みも薄れてきた。事実としてひとつ言えることは、コンテンツをユーザーに届けるという意味ではもうテレビの電波は必要ないのだ。

 この「テレビ局外し」の座組みはYouTubeのトレンドになりつつある。中田敦彦が企画したトークバラエティ『WinWinWiiin』、宮迫博之の料理バラエティ『有頂天レストラン』などもスポンサー企業が制作費を提供している。

 なぜトレンドになっているのか? スポンサー企業の視点に立てば、やはり「コスパの良さ」が最大のメリットだろう。テレビの枠を買うよりも安く、客層をターゲティングして狙った視聴者に効率よく広告を出せる。それでいて影響力のあるタレントを起用でき、熱量の高いファンは「よくぞ○○をサポートしてくれた!」と企業に対して好感を持ちやすい。作っているスタッフはテレビマンのため、テレビと遜色ないほどのクオリティも担保されている。今はまだ事例もそこまで多くはなく、話題になりやすいのも後押ししている。また、コロナ禍で企業の業績が全体的に下がっている中、安価で手を出しやすいという一面もあるだろう。

 タレントやクリエイターにとってもメリットは多い。「マニアックすぎてテレビでは視聴率が取れそうもない」「コンプライアンス的に難しい」企画でも、YouTubeならできる。今のテレビには様々な制約があり、窮屈な思いをしている関係者は多い。スポンサーがついて自由にやれるのなら願ったりかなったりというのが本音かもしれない。

 もちろん、テレビにも優れたところはある。一度に見せられる人数はYouTubeの比ではない。『紅白歌合戦』や『Mー1グランプリ』のような国民的なお祭り番組はテレビならではのコンテンツだと言える。より多くの人に見てもらえることは、クリエイターにとって何よりの喜びだ。制作費や関わる人の数はネットコンテンツより多いし、セットも豪華だ。しかし、規模の大きさが全てという時代ではなくなった。小規模でもファンを満足させるコンテンツが評価されるようになった。一長一短でどちらが優れているという話ではない。だが、あくまでバラエティというジャンルに限って言えば、テレビ局の必要性はなんなのかとあやふやになってきた。

 ということは、テレビはよりピンチに陥ってしまうのだろうか。普通に考えればそうだろう。だが、私自身は佐久間Pのモデルはテレビ界にとって新たなチャンスになる可能性を秘めていると感じた。

 YouTubeチャンネル開設の経緯について、佐久間Pはラジオでこう語っていた。「独立した時にスポンサーから”佐久間さんの夢を応援しますよ”と言われた」 つまり彼のYouTubeチャンネルについたスポンサーは、コンテンツではなく「佐久間P 個人」を支援しているようなものなのだ。SNSの台頭で個人の影響力が増した今、彼のような優秀なクリエイターにはお金が集まる。これからの時代、スポンサー側にとって重要なのは「どこの局」で作るかではなく「誰」が作るか。スポンサーを呼べるクリエイターの存在がテレビ局の浮沈の鍵を握るということだ。

 これからのテレビ局は、もっと自社のクリエイターをメジャーにする必要があるのではないか。番組だけでなくクリエイターの名前と顔をもっともっと売り出して、魅力的にブランディングしていく。佐久間Pもラジオを始めてから知名度が格段に上がった。テレビ東京にしてみれば前例もなく勇気のいる判断だっただろうが、見事に功を奏した。「あの人に番組を作ってもらえるなら」とスポンサーを獲得できれば収益も上がるし、番組の質も上がる。

 だが、今のスタークリエイターは各局40代ばかりだ。若い視聴者にウケる番組が求められている現状と将来を考えれば、20代のクリエイターを育てることが急務だ。幸いなことに局もYouTubeや配信コンテンツを積極的に作るようになった今は、若手に与えられるチャンスも多い。育てたクリエイターをどんどん売り出して有名にする。いわば局が若手タレントにしていることと大きくは変わらない。スターを作るノウハウはどこよりもあるはずだ。

 テレビ業界全体を盛り上げるなら、在京キー局のU-30クリエイターを横並びでブランド化するのもいいかもしれない。「第7世代」や「神セブン」のようなパワーワードを生み出す。様々なメディアに積極的に出演させて知名度を上げていく。「テレビ局は下積みが長そう」「将来性がなさそう」というイメージを払拭し、大学生がテレビに進みたいと思えるブランディングができれば、優秀な人材が入って業界が活性化する。

 売れっ子になれば独立してしまうのがクリエイティブの世界の常ではあるが、領域を分けて独占契約を結ぶなど、やれることはあるはずだ(佐久間Pもテレビ東京となんらかの契約を結んでいるそうだ)。なにより「あの人を育てた局」というブランドが次なる人材につながる。このプロスポーツのような構造が、好循環を生むのではないだろうか。

 佐久間PのYouTubeは、一見テレビのビジネスモデルを破壊するように見える。しかし、泣いても笑っても個人の影響力が強くなる時代。考え方を変えれば突破口を見出せるかもしれない。テレビ局は過去の成功に引きずられることなく、時代の変化に対応することが求められる。

放送作家

テレビ番組の企画構成を経てYouTubeチャンネルのプロデュースを行う放送作家。現在はメタバース、DAO、NFT、AIなど先端テクノロジーを取り入れたコンテンツ制作も行っている。共著:『YouTube作家的思考』(扶桑社新書)

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