引退したんじゃないの?「最強の一般人」木下優樹菜の復帰と神出鬼没の島田紳助が破壊する芸能界引退の概念

ファッションブランドGALFY公式Instagramより

 「#最強の一般人」

 そんなハッシュタグと共に、彼女は復帰した。いや、「復帰」という言葉を使うべきではないのかもしれない。なぜなら「一般人」と名乗っているのだから。木下優樹菜の話である。この一件でハッキリした。「芸能界引退」という概念は、過去のものとなった。

 木下といえば、「タピオカDM恫喝騒動」が明るみになり、2020年7月に芸能界からの引退を表明した。芸人の藤本敏史とも離婚し、すっかり表舞台から姿を消していたのだが、昨日、突然モデルとして復帰したことが報じられた。ファッションブランドの新作に身を包み、自らのInstagramに画像を投稿。そこに書かれていたのが「#最強の一般人」である。

 世間の反応は賛否両論だったが、目立ったのは「引退したんじゃなかったのか」というコメントだ。かつての考え方では至極真っ当な意見だと思う。しかし、その常識は古いと言わざるをえない。

 伝説の歌姫・山口百恵が引退したのは1980年10月。「本当に私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります」との言葉を残し、静かに白いマイクを置いた。当時まだ21歳。わずか7年半の芸能生活だった。多くの日本人の記憶にすりこまれている「芸能界引退」とは、このことではないだろうか。それ以来、百恵さんは一度もメディアに出演しておらず、その潔さは美化されてきた。極論ではあるが、日本の芸能界で「引退」を口にすれば、世間から百恵さんと同じ覚悟を求められるということだ。

 では、「芸能人」とは何をもって芸能人なのだろうか? これまでの感覚を大雑把に言えば、芸能事務所に所属していれば芸能人だった。さらに言えば、テレビやラジオ、雑誌といった、誰かにチョイスされなければ出演することができないメディアに選抜されて、初めて「自称芸能人」ではなく「プロの芸能人」という資格を得ることができた。逆に「引退」とは、その選別の対象となる権利を自ら放棄するという宣言であり、その証として芸能事務所を退所することだ。インターネットが普及する前は、退所すれば連絡先もわからなくなり、公式にオファーを出せなくなる仕組みだった。それが一般人に戻るということだった。木下も昨年プラチナムプロダクションを退所している。

 だが、木下は「#最強の一般人」として再び表舞台に立った。それを可能にしたのがSNSだ。Twitter、Instagram、YouTube、TikTok…全て芸能人も一般人も分け隔てなく発信することができる。SNSで影響力を持つ人間には経済圏が生まれる。発注側は「ウチの商品をSNSで紹介してくれませんか?」と本人に直接メッセージを送ることができ、仕事は簡単に成立するようになった。木下はこの形で復帰したわけだが、そこには芸能人がどうかなど関係ない。こういった仕事をして稼いでいる一般人は他にもごまんといる。

 となると、もはや「芸能人」を正確に定義することは難しい。事務所に所属していなくても「芸能」ができる時代になってしまった。YouTuberが良い例だろう。果たして、YouTuberは芸能人なのか? 違う。彼らは「動画クリエイター」である。あくまでも一般人が動画を投稿してお金を稼いでいるわけで、映画監督やテレビディレクターと同じ範疇なのだ。でも、同じだとは到底思えないだろう。一般人と芸能人の中間という新しい職業の概念。それがYouTuberや木下のような「インフルエンサー」と呼ばれる人間だ。「#最強の一般人」とは、このカテゴリーを指す言葉なのか。

 「#最強の一般人」というワードを見て、私は一人の男を思い出した。2011年に芸能界を引退した、島田紳助氏である。あえて「氏」を付けたのは、一般人には敬称を付けるというメディアのルールに則ったものだ(ちなみに木下は「復帰した」とみなされたのか各メディアが敬称を付けていない)。だが、私はこのルールでさえも、もはや曖昧なものだと感じる。

 なぜなら島田氏は先日、宮迫博之のYouTubeに電話で出演して大きな話題になった。今も圧倒的なカリスマ性と影響力を持っていることを証明したわけだが、実は島田氏は去年も歌手のmisonoのYouTubeに出演している。しかも、顔出しで。個人メディアとはいえ、動画に出演するということは「芸能界引退」の定義をますます曖昧にする。出演の対価を受け取っていなければ芸能活動ではないという見解が正しいのだろうが、島田氏が出演することで動画は爆発的に再生され、チャンネル運営者側に多額の広告収入を生んでいるのも事実。島田氏ほどの影響力を考えると、やはり「引退」という言葉の意味がぼやけてくる。ある意味、島田氏こそが「#最強の一般人」と呼ぶにふさわしいのだろう。木下と島田氏がヘキサゴンファミリーなのも面白い。

 思えば「読者モデル」や「カリスマ店員」などが人気になり始めた頃から、芸能人と一般人の境界線は曖昧になってきたのかもしれない。先日、佐藤健と神木隆之介が独立し、ますます芸能事務所の存在意義も曖昧になっている。だが、これも時代だ。