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人権を「うんこ」にした法務省、批判相次ぐ―同省の言い分は?

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
法務省旧本館(写真:西村尚己/アフロ)

 法務省の人権擁護局が、小学生など低年齢層向けの教材として、ウェブで公開した「うんこ人権ドリル」が、人権擁護に関わる人々などからの批判を受けている。まず、人権を「うんこ」に例えること自体が不謹慎、人権の概念がそもそも間違っている、法務省の外局の出入国在留管理庁(入管)自体が酷い人権侵害をしているではないか....etcの批判を、法務省人権擁護局はどう受け止めているのか。同局に聞いてみたが、やはり残念なレベルの回答であった。

〇「不謹慎」「人権感覚がないのは入管」と批判

 「うんこドリル」は、文響社が出版し、大ヒットした小学生むけ学習教材。今回、法務省人権擁護局は「うんこドリル」とのコラボレーションで、「うんこ人権ドリル」(以下、教材)という、低年齢層向けの啓発教材を作成、同省ウェブサイトにて公開している。これに対し、ネット上では、「人権をうんこで語るのは不謹慎では?」との異論が相次いでいる。例えば、日本に庇護を求める難民認定申請者の支援を行っている周香織さん(「クルド難民Mさんを支援する会」/「クルド難民デニスさんとあゆむ会」)は自身のフェイスブック上で、「例えば、『うんこ自〇党ドリル』とか『うんこUS〇ドリル』とかを(役人が)作るだろうか?人権を軽視しているのではないか」と疑問を呈している。また、難民認定申請者等、在日外国人の人権擁護のため尽力してきた児玉晃一弁護士も、「人権感覚がないのは入管」だとして、件の教材は「入管職員にこそ配るべき」との思いを自身のSNS上につづっている。

 確かに、教材にある「うんこねこがおなかをかかえて苦しそうにしているよ。どうしたらいいかな」と、助けるか否かの選択肢は、スリランカ人ウィシュマ・サンダマリさんが名古屋入管で死亡したことを筆者に想起させる。ウィシュマさんはDV(ドメスティック・バイオレンス)の被害を訴えたにもかかわらず、DV防止法に基づく保護を受けられず、2020年8月に名古屋入管に収容されてしまった。しかも、ウィシュマさんが吐血や嘔吐を繰り返し、深刻な栄養失調状態にあったにもかかわらず、入管側は適切な治療を受けさせないまま収容を続けた。その挙句、2021年3月、ウィシュマさんを死亡させてしまったのだ。

ウィシュマさんの遺影と、遺族のワヨミさん(写真左) 筆者撮影
ウィシュマさんの遺影と、遺族のワヨミさん(写真左) 筆者撮影

〇法務省人権擁護局の見解は?

 今回の教材を作成した法務省人権擁護局に筆者が問い合わせたところ、同局担当者は「年齢層の低い子ども達にも人権を知ってもらうためのもの」との説明に終始。不謹慎だとの感覚は全くないようだ。また、「入管職員こそ、人権教育が必要だとの指摘があるが?」と筆者が問うと、「入管は適切に対応している」と言い出す始末なので「本当にそうか?入管内での収容者の死亡事案については、法務大臣も『遺憾であり、改善が必要だ』としているが?」と問い直すと、流石に不味いと思ったのか、「私達も入管の人権に関する研修に協力していないわけではない」と弁明した。

〇人権を歪める法務省

 件の教材の問題点としては、そもそも、「人権とは何か」という点で、誤った認識を擦り込む恐れがあることだ。教材では、単に「幸せに生きる権利」とだけ書かれている。だが、実際には、人権とは、人々が生まれながらに持っている、奪われることのない、普遍的な様々な権利のことであり、大きく分けて、「公正」「自己決定(自由)」「生存」*が柱となっている。

*人権。それは私たちの手で作っていくもの(アムネスティ・インターナショナル日本)

https://www.amnesty.or.jp/human-rights/what_is_human_rights/we_make_human_rights.html

 そして重要なのは、人権は国家がそれを人々に保障するべきものだということだ。件の教材は、あくまで「うんこねこ」に対する他のキャラクターの対応という点に終始しており、それは人権というよりも、道徳である。上述した、「おなかをかかえて苦しそうにしている、うんこねこ」の設問に当てはめて言えば、同キャラクターの生存権を日本国憲法第25条に基づき保障すべきなのは政府である。つまり、憲法に基づき個人の人権を保障する政府の役割を、教材は完全に無視している

 また、この教材の内容では、本来、誰にでもあり決して奪われない個人の人権を、あたかも周囲の人間の道徳心に左右されるもの、言い換えれば、生殺与奪権を周囲の人間が持つものであるかのように誤解させうる。それは、本来の人権の概念からは全く異なるものだ。

 これらの点について、法務省人権擁護局に見解を聞いたところ、「そのような意見があることは受け止める」との回答にとどまったが、人権について著しく誤解を招くような教材を世に発信しているということ自体、法務省の人権に対する理解に大きな疑念を抱かざるを得ない。

〇法務省自体が人権を理解していない

 実際、断続的ではあるものの、20年近く前から入管問題を取材してきた筆者の経験から言えば、入管及び法務省は人権を守るつもりがないし、そもそも人権とは何かを理解すらしていない。入管は、難民認定申請者やその他の帰国できない事情を抱える外国人に対し、判断の具体的な理由も示さないまま、恣意的に在留資格を与えたり与えなかったりして、後者の場合には、劣悪な状況の収容施設に長期収容を行ってきた。この収容については、

・収容するか否かが入管のさじ加減であり、裁判所で速やかに収容の是非を判断する仕組みがないこと。

・収容期間の上限がなく、無期限の収容であること

といった点が、人権に関する包括的な国際条約である「国際人権規約」(自由権規約)に反すると、同条約の規約委員会及び、国連の人権専門家(特別報告者)や人権理事会などから、再三、指摘及び改善勧告を受けてきた。

 法学の基本中の基本であるが、上位法に反する下位法は無効であり、国際条約は国内法に優先する。つまり、現行の入管法による収容は法的に無効であり、法務省及び入管は国際法違反の入管収容で、個人の人権を著しく制限し、ウィシュマさんのように、何人もの命を奪ってきたのだ。これを人権軽視と言わずに何と言おう。

 これまで、難民認定申請者やその他の帰国できない事情を抱える外国人の非正規滞在者に対し、法務省や入管が著しい人権侵害を繰り返してこれた背景に、そもそも日本社会全体として、人権というものが広く一般の人々に正しく理解され、社会の規範になっているとは言い難い状況があるだろう。そのような点で、今回の教材は、人権に関する誤解を広めるものであり、回収すべきレベルの酷い内容だ。もし、本当に法務省人権擁護局が、人権が守られる社会の実現を追求しているのであれば、人権についてより正しく発信すべきなのである。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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