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「過去最悪」のフェイク連発でNHK大炎上―「BPO通報も検討」と人権派弁護士ら

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
「国際報道2022」のウェブサイトより

 NHKのニュース番組「国際報道2022」が猛批判を浴びている。先月末31日放送の同番組の特集「不法滞在の長期化 日本の入管に密着」の内容が事実と異なる部分がいくつもあり、また、難民その他帰国できない事情のある外国人への人権侵害が国内外から批判されている出入国在留管理庁(入管庁)の主張を鵜呑みにした一方で、当事者や支援者側の言い分は一切取り上げることがなかったからだ。

 番組内容への支援団体らの批判は、毎日新聞や共同通信など各メディアが取り上げ、「国際報道2022」の油井秀樹キャスターは、今月12日の放送の中で、「視聴者に誤解を与える伝え方をした」と謝罪。だが、入管問題に取り組む弁護士らは「過去の放送の中でも例を見ない程酷い内容」として、放送倫理・番組向上機構(BPO)への通報も検討しているという。

〇「不法滞在者」は公共放送で使ってよい言葉なのか?

 今回の特集では、公共放送に相応しくない「不法滞在者」*という差別的な表現が、タイトルやVTR及びスタジオでの解説で連呼されるという有様であった。「不法滞在者」という表現について、今回、NHKに抗議した支援団体の一つ、「特定非営利法人 移住者と連帯する全国ネットワーク」(移住連)は、その声明(関連情報)の中で、以下の様に指摘。

すでに1975年の国連総会で、公式文書では「不法(illegal)」ではなく、「未登録あるいは非正規の移住労働者(non-documented or irregular migrant workers)」という用語を使用するよう決議がなされており、以来、それらは国連用語として現在まで完全に定着している。

欧米諸国の主要な報道機関でも、既に「不法(illegal)」の使用をやめており、NHKが日本を代表する報道機関の一つであるとの自覚を持つならば、直ちに見直しと改善を行うべきである。

「国際報道」と銘打った番組で、国際的に使用されなくなってきている差別的表現を連呼していたのだから、「不謹慎」では済まないだろう。

*本稿では「非正規滞在者」と表記する。

〇さすがに謝罪、恣意的なデータ

 非正規滞在者の人々が急増しているかのような、恣意的なデータの扱いも批判された。「国際報道2022」の特集は「在留資格が切れて日本に不法に滞在する外国人は、去年1月1日時点でおよそ8万人となっています。これは5年前に比べて2万人ほど増えました」と解説。だが、同番組への抗議声明を各メディアにリリースした「入管問題に取り組む弁護士有志」は、既に公表されている全国の非正規滞在者の数で今年1月のデータ(6万6759人)ではなく、わざわざ去年1月(8万2868人)のデータを使ったことを問題視。昨年に比べ19%も減少したことを無視し、非正規滞在者が急増しているかのように見せかけるものだとして批判している。

 また、前出の移住連は、その抗議声明の中で「90年代のピーク時には30万人、2000年代初めには25万人であったことと比較すれば、非正規滞在者は減少傾向にある」と指摘している。こうしたデータの恣意的な見せ方については、「国際報道2022」側も、今月12日の放送の中で、「視聴者に誤解を与える伝え方をした」と謝罪することとなった。

〇入管が家族の絆を断ち切って良いのか?

 今回の特集では、「不法に滞在し続ける外国人」というかたちで、日本にいる恋人との結婚を望んでいるタイ人女性、日本に妻子のいるブラジル人男性の事例を紹介した。彼らに対し入管職員が根気よく説得を続けるという描かれ方であったが、実際には入管の収容施設に長期間収容されたり、本人や家族を酷く罵倒したりといったケースが多々ある。そもそも、入管庁側が家族の絆を断ち切ろうとすること自体が、国際人権規約に反するとの指摘もある。入管問題に詳しい児玉晃一弁護士は、「番組が取り上げたような事例は、ヨーロッパ人権裁判所の判決例や規約人権委員会の意見からすると、強制送還が当然違法とされるべきケース」だと指摘する(関連情報)。

市民的政治的権利に関する国際規約(自由権規約)17条は、家族生活への恣意的干渉を禁止し、同23条1項は家族の保護を、同2項は「婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権利は、認められる」としています。

 また、筆者が取材した中でも、日本人と正式に婚姻関係にあるのに、理不尽に在留資格が認められないという人々が幾人もいる関連記事)。これは、非正規滞在者にされている本人のみならず、その配偶者である日本人や、その子どもに対する重大な人権侵害であり、上述の自由権規約17条及び23条の「家族結合権」(家族が同じ場所で暮らすという権利)に反する。国際法は、入管法を含む国内法に優先するので、むしろ違法行為をしているのは入管庁側なのだ。

入管問題に対するデモで、配偶者の在留許可を求める日本人配偶者(写真手前の二人) 筆者撮影
入管問題に対するデモで、配偶者の在留許可を求める日本人配偶者(写真手前の二人) 筆者撮影

〇適切な医療を受けさせない例は多数

 特集では、「難病で3ヶ月以上入院している中国人被収容者の1000万円以上の治療費は、日本の負担」と、あたかも入管側が、被収容者への医療をしっかりと行い、そこに多額の税金が使われているかのように印象操作をしている。だが、国家権力が個人を拘束している場合、その健康に責任を持つことは、国際的な原則(国連被拘禁者処遇最低基準規則)であり、当然のことだ。そもそも、当事者や支援者達は繰り返し訴えているように、入管庁側が非正規滞在者を、長期間にわたって、その収容施設に強制収容していること自体が、被収容者の身体的・精神的健康を著しく害しているのだ。また、健康状態が悪化しても、まともな医療を受けられないケースは多数あり、中には名古屋入管に収容され昨年3月に33歳の若さで死亡したスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんのように命を奪われた人々すらもいる

 さらに、病状が悪化するまで、放置し、いよいよ危なくなってくると、仮放免し収容施設から出すということもある。東京入管に収容されていたカメルーン人女性は、収容中何度も「胸やお腹が痛い」と訴えていたのに、1年あまりも無視され続け、その挙句、外部病院の診察で明らかに健康状態の悪化が認められると、入管側は放り出すようなかたちで仮放免。女性は乳がんを患っていた支援団体の助けで治療を続けたものの、がんは脳や骨などにも転移し、女性は死亡した*。入管側が早期に対応していれば、難民認定か在留特別許可を得て健康保険に加入できていれば、女性は助かったのかもしれない。

*「わたし、ホームレスよ」片手には薬の袋 死後に届いた在留カード

https://withnews.jp/article/f0210610000qq000000000000000W08y11101qq000023052A

〇「強制退去を行わない」という大嘘

 特集の中では、非正規滞在者への日本の対応として、「日本の入管は海外と比べてそれほど強制力がない」「人道上の理由から基本身体拘束するなどして強制的に退去を強いることはない」「米国は専用の航空機で、EUも加盟国が使えるチャーター機で、強制送還できるが、日本は基本的には民間の航空機で帰す手段しかない」と解説されていた。だが、これらはいずれも虚偽そのものだ。

 日本においても、入管庁には法的な強制力があり、チャーター便も含め実際に強制送還が行われている。移住連は″2013年7月から8回にわたって、計339名がチャーター機で集団強制送還されており、そのなかには、子ども、パートナーや子どもなど家族が日本にいる者のほか、難民申請者も含まれている″と指摘。前出の入管問題に取り組む弁護士有志も″(チャーター便を除く)個別の強制送還は、2016年308件、2017年385件、2018年470件、2019年516件、2020年665件であり、過去5年で100%増″と指摘している。

 また、入管の収容施設への強制的で長期間の収容こそ、「身体拘束するなどして強制的に退去を強いること」そのものだ。入管問題に取り組む弁護士有志は、その声明文で、″収容が拷問的・懲罰的な手段として用いられている″と批判している。

例えば、名古屋入管で亡くなったウィシュマ・サンダマリさんの件では、「一度、仮放免を不許可にして立場を理解させ、強く帰国説得する必要あり」という理由で、ウィシュマさんの仮放免許可申請を不許可にし、結局、ウィシュマさんへの身体拘束を彼女が死亡するまで継続しました。

〇国連からもダメ出しされた法案が「対策」?

 今回の特集が「非正規滞在者は難民申請を繰り返すことで日本にとどまる」とし、「難民申請を一定回数以上した場合には国外退去させるよう入管法を『改正』することが対策である」と主張したことも浅はかである。日本は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)からも「難民認定率が低い国」と名指しされており、それは、米国やドイツ、イギリス等に比較して、文字通り桁違いの低さだ。母国に戻れば迫害され、最悪、殺される可能性もある人々は、藁にもすがる思いで、難民認定申請で「不認定」とされたとしても、難民認定申請を繰り返さざるを得ないのである。そうした日本の難民認定制度及び運用の問題点に触れず、難民認定申請する人々が制度を濫用しているかのように印象操作することはフェアではない

 また、難民認定申請者を迫害の恐れのあるところへ強制送還することを盛り込んだ入管法「改正」案は、国連の人権関連の専門家達や、国連人権理事会・恣意的拘束作業部会からも、「国際人権規約に反する」と、手厳しく批判された。むしろ、「改正」案と言うよりも、「改悪」案なのだ。こうした入管法「改悪」案の問題点や国連等の反応は、当のNHK含め各メディアでも度々報じられており、「国際報道」を扱う番組のスタッフならば、当然、押さえておくべきことだ。

 「国際報道2022」のスタッフの面々は不勉強が甚だしいと言わざるを得ないし、今回の番組内容について大いに反省にするべきだろう。入管問題に取り組む弁護士の一人、高橋済弁護士は「過去最悪の報道内容。私達としては、BPOへの通報も検討しています」と憤るが、こうした批判は当然だと言える。ただ、実は、筆者も「国際報道2022」はよく視聴しており、日本のニュース番組の内向き化が進む中、貴重な番組だと評価している。是非、入管問題に関しても、国際基準の人権の視点から、取り上げるようにしてもらいたい。本稿も、番組への「愛のムチ」だと受けてもらえば幸いだ。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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