ロシア軍の侵攻が続き、厳しい情勢が続くウクライナ。日本からも大手メディアやフリーランスの記者達が現地入りし取材を行っている。そんな中、日本テレビ系列のニュース番組で、ウクライナ首都キーウ(キエフ)からのジャーナリストの中継をスタジオのアナウンサーがやめさせるという一幕があった。さらに、同アナウンサーの言動について、SNS上での投稿を紹介する形で「称賛の声」と評価するネット記事も配信された。ただ、この件については、紛争地の現場で活動してきた記者や人道支援関係者からは、疑問の声も上がっている。

◯中継中断に「称賛の声」?

 3月21日放送の日テレ系列のニュース番組『news zero』では、キーウと中継をつなぎ、現地の取材中のジャーナリスト、佐藤和孝氏がリポートを行っていた。ところが、空襲警報が鳴り響く中での中継に、スタジオの有働由美子アナウンサーが「すぐに避難、逃げてください」と佐藤氏に呼びかけた。佐藤氏は「大丈夫です」と伝え、しばらく中継を続けたが、有働アナは「佐藤さん、中継終わりましょう」「まずは身の安全、なるべく安全なところへ移動しましょう」として、中継を切り上げた。この件について、ツイッター上では、「良い判断」「何より人命が大事」等と評価する意見が複数投稿され、ハフポスト日本版も、"有働由美子アナの「中継やめましょう!」に称賛の声。空襲警報が鳴る中、伝えるジャーナリストに呼びかける。あの対応に中継担当の経験者が思うこと"と題した記事で肯定的に評した。

◯紛争地での活動の経験者らの意見は?

 ただ、筆者の知る、紛争地での活動経験の豊富な記者や人道支援関係者らは、皆、首をかしげていた。「現地での判断より、遠く離れた東京のスタジオの方が正確な判断ができるのか」「遠隔からの現場軽視の指示はかえってリスクにつながることもある」「そもそも、中継の前に現地と番組側であらかじめ状況の確認はしていたはずではないか」等の意見だ。筆者も、イラク戦争やレバノン戦争、イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの侵攻などを取材してきたが、情勢についての判断は現場に任せるべきだと思う。災害時での現地の一般市民への電話取材等ならいざしらず、佐藤氏は紛争地取材の大ベテランである。キーウ市内でも、軍事拠点や政府関連施設等から離れた場所など、比較的リスクの低い地域から中継を行っていたはずだ。また、空爆や砲撃の音、目視等の五感情報の他、現地の協力者や同業者等から常に最新の情報を得て危機管理を行っているはずである。さらには、長年の経験や研ぎ澄まされた神経による「勘」を信じることも重要だ。これらは、紛争地での活動を行っている者であれば、当たり前にやっていることで、まして、佐藤氏のような大ベテランの判断が、現場から遠く離れた東京のスタジオのそれより的確でないとは、筆者としても考えづらいのだ

筆者も紛争地取材を行ってきた。画像は2018年、パレスチナ自治区ガザにて。
筆者も紛争地取材を行ってきた。画像は2018年、パレスチナ自治区ガザにて。

◯日本と海外 メディアの姿勢に大きな差

 今回の件について、有働アナも良かれと思ってしたことなのだろうが、彼女に限らず、日本のメディアの「配慮」、あるいは事なかれ主義が、日本の紛争地報道のレベルを押し下げてしまっている面もある。先日、とあるイベントで筆者は、海外に拠点をおく研究者から「今回のウクライナ戦争の報道でジャーナリストがバッシングされていないか?」との質問を受けた。過去、中東各国やアフガニスタン、ミャンマー等での取材の最中、トラブルに巻き込まれた日本人記者達が、日本政府関係者達やネットユーザー、そしてメディアやその視聴者・読者からも激しいバッシングにさらされることは度々あったため、筆者に質問した研究者も、今回も似たようなことが起きているのかも、と聞いてきたのだ。

 今のところ、ウクライナでは、まだ日本人記者達は大きなトラブルに遭っておらず、日本では、現地で取材する記者達を叩くような雰囲気は無いように見える。だが、仮に何かトラブルが起きれば、日本の空気は一変するだろう。だから、大手メディアの記者達は極端にその行動を制限される。キーウなど最も取材すべき地域ではなく、そうした現場から遠く離れた西側の国境近くの都市リヴィウに留め置かれ、記者達の多くは「暇している」のだと聞く(もっとも、リヴィウでも軍関連施設など、時々空爆はされているが)。それは、結局のところ、報道というものを、いかに重視しているか否かの違いなのだ。例えば、警察官や消防士は危険も伴う仕事であるが、誰もこれらの仕事をすべきではないとは言わない。それが必要な仕事だからだ。だが、日本の記者達には「紛争地取材を行うべきか」という、海外メディアからすれば奇異な問いが常に突きつけられ、実際に手足を縛られる

 一方、BBCやCNNといった海外メディアの記者達は、ウクライナ軍に従軍するなどして最前線での取材を行っており、その質、量ともに日本のメディアとは比べものにならない*。それは当然だろう。報道というものに対する使命感や覚悟、社会的評価が、そもそも日本と異なるのである。

*ただし、日本の大手メディアでも、特にTBSの須賀川拓記者の取材には筆者も敬意を表したい。

◯スタジオからの「配慮」より必要なもの

 日本の紛争地報道の場合、最前線に立つのはフリーランスの記者であるが、特に近年は多くの場合、十分なサポートもなく、孤立無援での取材を余儀なくされている。通訳やフィクサー、運転手、護衛等*の人件費等で1日あたり10万円以上かかることも珍しくない取材費も自腹、現地での猥雑な取材許可申請やそれに伴う交渉、必要な書類の提出も、全て一人でやらなくてはならず、万が一、取材中に負傷したり死亡したりしても「自己責任」。紛争地取材に特化したチーム体制を持つBBC等の海外メディアと比べると、日本の紛争地報道は、なんともブラックな環境での自己犠牲に依存している。もっとも、海外でもフリーランスの記者はいて、彼らも十分なサポート体制の中で取材しているとは言えないが、少なくともトラブルに巻き込まれたとしても、国家の敵のごとくバッシングされることはないし、記者達の取材費を支援するクラウドファンディングもある。

*筆者の場合、「記者が武器を持ち込むことは好ましくない」との信条から、護衛は極力伴わず、可能な限り護衛以外の安全策を講じることにしている。

 紛争地取材を行ってきた者としては、スタジオからの「配慮」、或いは(言い方が悪いかもしれないが)スタンドプレー的な「指示」などはいらない。そんなことよりも、取材経費の負担や通信機器等の機材等の貸し出し、取材許可申請での協力、万が一の際の家族等へのサポートといった支援の方がよほど必要なのである。それが高望みだとしても、せめてリスクと使命とのせめぎ合いの中で行う現場取材の価値を正当に評価してもらいたい。日本では、紛争地取材を行うフリーランスの記者は、「自ら危険なところに飛び込むバカ」として扱われがちだ。今回の佐藤氏の中継を有働アナが切り上げさせたことを「称賛」する傾向も、日本社会の中で、紛争地取材を重ねてきた記者の経験や実績が十分に評価されてないことと無関係ではなく、有働アナの判断への「称賛」は状況によってはフリーランスの記者の現場取材へのバッシングに変化するのかもしれない―筆者にはそう感じられてならない。日本のメディアには、この種のテーマを扱う際に「ネット世論」だけではなく、実際に紛争地での活動経験のある人にも取材し、その意見を反映してもらいたいところである。

(了)