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オリンピックも原因?日本人妻が奪われた幸せ「正直者が馬鹿を見る」―入管に「騙され」、家族離散

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
Kさん(中央)、夫のDさん(右)、息子のZさん(左) Kさん提供

 収容している外国人を死亡させたり、虐待したりと不祥事が相次ぐ出入国在留管理庁(入管)。入管が抱える本質的な問題として、個々の事情も十分に考慮せずに入管が在留許可を認めなかった人々の排除ばかりを至上目的とし、憲法その他の国内法、国際法に基づく基本的人権をあまりに軽視していることがある。そして、入管は難民その他の日本での在留を望む外国人の人々のみならず、日本人の配偶者や子ども達の基本的人権を著しく侵害しているのだ。今回、筆者の取材に応じた日本人女性は「入管に騙されて家族がバラバラになった」と訴える。

◯結婚しているのに夫の在留が認められない

 「夫と一緒に暮らして歳をとって思い出を沢山作ってそして死んでゆく…ただそれだけの願いなのに。なんでこんなに難しいのでしょうか」―そう、日本人女性Kさんはそう嘆く。Kさんは2016年にガーナ人の男性Dさんと結婚し、婚姻届も自治体に正式に受理されたが、法務省及び入管はDさんの在留を認めず、2017年5月にDさんは、東京入管に収容され、さらに東日本入国管理センター(茨城県牛久市にあり通称「牛久入管」)に移送されてしまった。それから、DさんとKさん、そしてKさんと前夫との間の息子で、現在12歳であるZさんは苦難の連続に見舞われる。

 「私自身も苦しいのですが、とにかく息子が可哀想です。血こそつながっていませんが、息子は本当に夫になついていて、家でもべったりでしたし、一緒に遊びに出ている時、夫も息子も幸せそうで微笑ましかったです。でも、夫が収容されてしまい、息子も情緒不安定になってしまいました。運動会や小学校の卒業式に、夫に来てもらいたかったのですが、それもかないませんでした」(Kさん)。

 正式に結婚しているのに、配偶者としての日本在留が認められず、Dさんが収容されてしまったため、Kさんは生活に困窮することに。しかも、被収容者が家族らと電話で話すには、国際電話用のプリペイドカードを使う収容施設内の電話しか許されていないため、電話代だけで毎月数万円もかかる状況だったという。収容施設外での生活を認める仮放免も許可されず、Kさんは当時まだ小学生だったZさんを抱え、実質的には母子家庭状態であった。「でも、地元の役所に相談したところ、担当の職員に『刑務所に入れられているんだったら、まだ良かったのにねぇ』と言われたのです」(Kさん)。入管に配偶者が収容されていても、母子家庭としては認められず、行政からの支援は受けられないというのだ。

ZさんがDさんに宛てた手紙 Kさん提供
ZさんがDさんに宛てた手紙 Kさん提供

◯オリンピックのため結婚が認められなかった?

 なぜ、偽装ではなく、ちゃんとした結婚生活の実態があったのに、Dさんは在留許可が認められないのだろうか。一つには来日の経緯があるようだ。Kさんによると、2012年、就労のため別の国に向かう途中、トランジットで日本に来たDさんは「日本に来れたのも神の思し召し」と、そのまま日本に滞在し、オーバーステイ(在留期限超過)になってしまったとのこと。ただ、その後、Kさんと出会い結婚したため、在留特別許可を得られてもおかしくはなかった。実際、法務省の在留特別許可のガイドラインにおいて、日本人の配偶者であるということは、特に重視される「積極的要素」であり、オーバーステイ等で入管法上の問題があっても、在留特別許可を得られたというケースは、これまでも多数あるからだ

 Kさんは「タイミングが悪かったのかも」と嘆く。KさんとDさんが結婚した2016年の前後は、ちょうど、入管の在日外国人に対する取り締まりが強化された時期だった。在留特別許可の認められる割合は、民主党政権時代は最高で82%であったのが、安倍政権になってから急落、2015年以降は50~60%台にまで減少。2015年9月15日に出された第五次出入国管理基本計画では、「(在留資格を持たない外国人の)早期送還に向けた更なる取組が必要」と明記され、仮放免の運用が厳格化された。さらに2017年4月には警察庁・法務省・厚生労働省の三省庁による合意文書『不法就労等外国人対策の推進(改訂)』がまとめられ、同文書では、"2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて「世界一安全な国 日本」を作り上げることを目指す"として取り締まり強化に積極的に取り組むとしており、これ以降、入管の収容施設に長期収容される人々が増加したのだった

 Dさんは、仮放免されることなく収容され続け、体重が激減、精神的にも追い詰められていた。そんな中、Dさんを収容していた牛久入管はKさんにある提案をしたのだという。「Dが自発的に帰国したら、一年後に日本に再入国できる、というのです。悩みましたが、このまま収容され続けたらDは壊れてしまう。彼と相談して、一旦ガーナに戻ってもらうことにしました」(Kさん)。

 確かに、入管法5条の2、及び入管法施行規則4条の2には、そうした規定はあり、苦渋の決断で2019年9月、Dさんはガーナに帰国。KさんとZさんも一緒にガーナを訪れた。現地ではKさん親子はDさんの親戚達にあたたかく受け入れられたものの、家に強盗が入り、家財のほとんどを奪われたり、コロナによるロックダウンでKさんとZさんが日本に帰るのが大幅に遅れた上、航空チケットを40万円で買い直す必要があったなど「本当に大変でした」とKさんは振り返る。

◯入管に「騙され」家族がバラバラに

 そして、帰国後1年後の2020年9月から、Dさんの来日のためのビザ申請を始めたものの、これまで3回行って、いずれも認められなかったという。「正直者が馬鹿を見るということですね。入管の助言に従ってDを帰国させたら、再来日できないなんて」(Kさん)。

 皮肉なことに、コロナによる密を避けるため、入管は被収容者を仮放免し始めた。それならば、むしろ帰国させなかった方が良かったのではないか―Kさんは一層落ち込んだという。筆者が入管の審判課に確認したところ、「個別のケースにはお答えできない」とした上で、一般論として「入管法違反で5年間再上陸拒否になっても、入管法5条の2の規定に該当するならば、再上陸できる可能性はあるが、ケースバイケースなので絶対ではない」とのことだ。再入国できないリスクもあることを、当事者や家族に説明は行うのかと筆者が聞くと「当然、説明はする」とのことだった。

 だが、Kさんは「再入国できないリスクは全く説明を受けませんでした」と語る。「牛久入管の職員に"あなたの旦那さんは犯罪歴もない、入管でも大人しくて真面目な態度だったし、奥さん日本人だし、お子さんもいるし、(他の人達は)1年3ヶ月で再入国してるから、ほら"と言われたことはハッキリ覚えています。一旦帰国して再来日した人のリストも見せられて、私も疑わなかったのですが、本当に後悔しているし、騙されたと思っています」(同)。 

◯家族結合権は人権そのもの

DさんとZさん Kさん提供
DさんとZさん Kさん提供

 家族と共に暮らすということは、基本的人権そのものだ。「家族結合権」は、自由権規約の17条や23条、子どもの権利条約の9条などによって保障されている。殺人等の凶悪犯罪ならばまだしも、入管法違反で、人権関連の諸条約に反して、家族を分断することは許されるのか。いわゆる「比例原則」、つまり達成されるべき目的と、そのための権利・利益の制限とのバランスを、もっと考慮すべきだろう。当たり前だが、入管法は日本における最高法規ではない。そのことを入管は意識して運用を行うべきだ。 

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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