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「帰国拒否」へ反発、おかしくない?―ミャンマー代表選手の難民申請

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
2022 FIFA W杯 アジア2次予選 会場周辺で軍に抗議デモ(写真:ロイター/アフロ)

 サッカーのワールドカップ2次予選に参加するため、先月に来日したミャンマー代表ピエリヤンアウン選手は試合時に、母国でのクーデターに抗議の意を示して三本指を掲げるジェスチャーを行った。その後、ミャンマーに帰国すれば迫害の恐れがあるとして、日本政府に庇護を求め、今月16日に難民認定申請を行った。これに対し、Yahoo!ニュースコメント(ヤフコメ)等ネット上ではピエリヤンアウン選手を批難するようなコメントが相次ぎ、一部のメディアでもそうした意見を取り上げている。難民受け入れの無理解や、差別の根深さを感じさせるものであるが、日本は難民条約を批准しており、条約上の義務を果たす責任がある。

◯ネット上での心無い書き込み相次ぐ

 先月28日、千葉県で行われたワールドカップ2次予選での日本対ミャンマーの試合で、

ピエリヤンアウン選手はキックオフ前の国歌斉唱の際に、三本指を掲げた。これは、今年2月にミャンマーで発生したクーデターに抗議する民主化運動の象徴的なジェスチャーであり、ピエリヤンアウン選手の指には「WE NEED JUSTICE」(私達は正義を求める)と書かれていた。国際的な注目を浴びるW杯で集まったメディアの前での抗議は、ミャンマー国軍の逆鱗に触れただろうことは確実で、在日ミャンマー人やミャンマー情勢に関心を持つ日本の人々の間でも、ピエリヤンアウン選手への迫害を懸念する声は高まっていたのだ。

 今月16日、ピエリヤンアウン選手は帰国の便に乗らず、日本政府に庇護を求め、難民申請を行う意向を明らかにした。筆者もほっと胸をなでおろしたのだが、関連報道へのヤフコメでピエリヤンアウン選手への心無い書き込みが多数あり、現地情勢や難民受け入れの無理解、差別の根深さに、思わず頭を抱えた。

 ヤフコメでの本件に関する否定的な書き込みで、多く見たものとして「三本指を掲げただけで難民?」というものがある。上述したように三本指を掲げることは、クーデターに抗議するジェスチャーだ。クーデター発生後、ミャンマーでは人気俳優やモデル、歌手等、著名人達が次々と三本指を掲げクーデターに抗議したが、ミャンマー国軍はこうした著名人達を次々に逮捕したり、指名手配したりしている。また、逮捕された民主化活動家達は激しい拷問を受けており、その挙げ句に殺された事例もある。

 ピエリヤンアウン選手はW杯予選という衆目集まる場でミャンマー国軍へ抗議したのだから、日本の難民認定審査において重視される個別把握論*(難民認定申請者を迫害する側が、個人として特定し、迫害の対象にしているということ)で、迫害の危険性が高いと評されるべきだろう。

*個別把握論を重視する日本の難民認定審査については、現地政府の逮捕令状を求める等、難民認定申請者が迫害の恐れについての過大な立証責任を求めており、「灰色の利益」を認める国連難民高等弁務官事務所の難民審査基準に比べ、厳しすぎるとの批判がある。

 呆れたのは「日本は難民を受け入れていない」としてピエリヤンアウン選手が日本での在留を求めることは間違いとのヤフコメでの書き込みに、多数の「そう思う」との賛同クリックが行われていたことだ。このコメントは完全に事実と異なる。日本は難民条約を批准しており、他の先進国に比べ桁違いにその数は少ないものの、毎年、難民を認定し受け入れている。明らかな間違いであるコメントがニュースに紐付けられ、上位に表示され、多数の「そう思う」がクリックされているという状況は、ヤフコメのあり方自体が問われるものではないか。Yahoo!によれば、誹謗中傷や差別についての書き込みに対する対策強化を行い、人員を投じてのパトロールやAIによる自動検知などを行っているとのことであるが(関連情報)、そもそもコメント数があまりに多い上、ファクトチェックまでには手がまわっていないのが実態だろう。

◯難民への差別を煽る政府機関やメディア

 なぜ、難民受け入れに否定的な書き込みがネット上に溢れかえっているのか。それはやはり、政府やメディアが「外国人が増えると治安が悪化する」というメッセージを繰り返し発信しているからだろう。難民についても、法務省/出入国在留管理庁(入管)は「難民認定制度の濫用の多さ」を事あるごとに強調しているが、難民認定申請の審査における最初の振り分けにおいて、「明らかに難民ではない」とされるものは、申請全体の2~3%程度にすぎない。むしろ、自身が迫害されている証拠の映像記録を求めたりと(そんなものがある方がレアケースだろう)個別把握論を重視しすぎるなど、国際基準と乖離した日本の難民認定審査によって、他の先進諸国であれば難民として認定される人々が難民として認められないということが深刻だ。

 メディア側の報じ方にも問題があるだろう。ピエリヤンアウン選手の件では、AERA.dotの記事(該当リンク)では、「もし、今回認めれば、政情不安の国から来日した選手が同じように難民認定を求める事例が殺到するかもしれない」「政府は難しい決断を迫られる」との一般紙の国際部記者の意見を紹介している。だが、上述したように、そもそも難民を受け入れることは条約上の責務であるし、仮に難民認定申請が殺到したとしても、それは個々の申請者の難民性を正当に評価すればよいことであろう(現在の入管にその姿勢自体がないことが問題)。また、同記事では、「難民受け入れのデメリット」として「治安が悪くなる」とさらっと書いているが、どのような根拠に基づいているのか。シリア内戦(2011年~)以降、毎年のように数十万人単位で難民を受け入れてきたドイツで連邦刑事局が2016年にまとめた報告書は、シリア、アフガニスタン、イラク出身者による犯罪率は極めて低いとしている。日本の場合、そもそも難民自体が少ないのであるが、在日外国人に犯罪全体で見ても、在日外国人の数はウナギ登りで増加しているのに対し、その犯罪件数に顕著な増加は見られないことは、警察庁の統計からも明らかだ。

 紛争地の人権状況への乏しい理解、政府やメディアの発信する差別的なイメージ、インターネットによるヘイトの増幅効果…ピエリヤンアウン選手の勇気ある行動は、皮肉にも日本社会の闇も可視化した。それはこれまでも入管における人権侵害等で指摘され続けてきたことであり、日本社会のあり方が問われている。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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