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NHKの「切り取り報道」が事実を正反対に―会見参加の記者が暴露、ウィシュマさん事件での上川法相発言

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
問題のNHKの記事のスクリーンショット

 報道において、政治家の発言のどこの部分を抜き出して報じるかは、しばしば問題となる。特に失言の場合、それを報じられた政治家は「切り取り報道だ」と不満を露わにするケースは少なからずある。一方で、報道する側の「切り取り」によっては、その政治家の問題点を人々の目から覆い隠すこともある。その点において、先のNHKの記事は呆れる程に「忖度」ぶりが顕著であった。

◯誠実そうな上川法相の「発言」と実際のやり取り

 問題の記事は、今月14日にNHKのウェブサイトに掲載された「入管施設でスリランカ人女性死亡 “遺族の意向尊重を” 法相」という記事。グーグルニュース等でも配信されたものだ。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210514/k10013030341000.html

 この記事は、名古屋入管でスリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が、体調の著しい悪化にもかかわらず、治療らしい治療も受けられずに今年3月に死亡した事件(関連記事)について、会見での上川陽子法務大臣の発言を「要約」したもの。だが、実際にその会見に参加し、質問も行った筆者からすると、実際のやり取りの全体的な文脈からは、正反対のもののように思える。

ウィシュマさんの遺影と、会見する遺族 筆者撮影
ウィシュマさんの遺影と、会見する遺族 筆者撮影

 上述のNHKの記事では、ウィシュマさんが死亡した経緯について「外部の医療機関も含めて、どういう診療がなされたのかをしっかりと把握することが大事だ」「第三者も入った調査チームには、事実関係の調査をしっかりと行って、最終報告に向けて取り組んでほしい」と述べたとある。また、記事中には"出入国在留管理庁に対し、遺族の意向を尊重して適切に対応するよう指示したことを明らかにしました"ともあり、この部分だけを読むと、上川法相の姿勢は誠実なものに見える。

 だが、この上川法相の発言の前に、フリーランスジャーナリストの西中誠一郎氏が質問したのは、来日した遺族や野党の国会議員等が、ウィシュマさん死亡時やその前後の監視カメラ映像を視聴することを強く求めているにもかかわらず、それを拒んでいることについてだった。西中記者は「プライバシーとか保安上の理由というのは、全然理屈になっていないと思うのですが、遺族や他の特定の方に対して、ビデオを開示することを拒んでいる理由は何なのでしょうか?」と質問していたのである。つまり、上川法相は西中記者の質問に対し、何も答えていなかったのだ。

◯核心に迫る質問への回答を一切拒絶

上川法相 筆者撮影
上川法相 筆者撮影

 この日の会見では、筆者も上川法相に質問した。法務省/入管が先月に公表したウィシュマさん死亡経緯の中間報告に書かれている内容と、実際の診療記録では、正反対とも言える食い違いがある。入管の中間報告では「医師から入院・点滴の指示は無かった」と書かれているのに対し、診療記録では「(薬が)服用できないなら入院、点滴」と書かれていたのである。ウィシュマさんは今年1月中旬くらいから体調を崩し、嘔吐・吐血のため食べ物や水を摂取することすら困難な状況となり、昨年秋に名古屋入管に収容された当初に比べ、20キロも体重が激減してしまった。つまり、ウィシュマさんを診察した医師が入院・点滴を指示したのに、名古屋入管が何故それを無視したかという点は、本件の核心部分だ。それを踏まえ、「何故、中間報告では、診療記録にある医師の指示が無かったことにされているのか、それは誰が決裁したのか」と筆者は質問したのだ。

ウィシュマさんの診療記録より 赤線は筆者によるもの
ウィシュマさんの診療記録より 赤線は筆者によるもの

 だが、筆者が問いただした中間報告の問題点について、上川法相は「お答えは差し控えさせていただきます」として何も答えなかったのである。「今、しっかりと最終報告に向けて調査をしている」「(法務省/入管の)調査チームの客観・公正な調査に委ねている」からだと上川法相は述べたが、詭弁も甚だしい。中間報告や法務省/入管の調査そのものの信頼性が疑われているのに、これらの見直しなくして、最終報告が適切に行われるなど、どうして信じられるのか。筆者も、やはりこの日の会見に参加していた東京新聞の望月衣塑子記者も、中間報告と診療記録との食い違いについて重ねて質問したが、上川法相はまともに答えず終いであった。

◯「見事」な忖度ぶり

 14日の会見でのやり取りは、法務省のウェブサイトでも文字起こしされているので(関連情報)、そちらもご参照いただければ、一目瞭然なのであるが、14日付のNHKの記事は、上川法相に都合の良くない部分、印象を悪くするような部分を全てカットし、誠実そうに見える発言のみを抜き出している。さらに言えば、この記事を書いたであろうNHKの記者はこの日、ウィシュマさんの件について一言も質問していないのである。筆者含めその場にいた記者達の質問への受け答えを記事にするなとは言わないが、質問の趣旨を徹底的に排除して、上川法相のイメージアップのための様な記事に仕立てるとは、全く呆れたもので「忖度お疲れ様」と皮肉も言いたくなる。しかも、その後も法務省/出入国在留管理庁(入管)はウィシュマさんの遺族に対し、上述のビデオを見せることを拒否し続けている。上述のNHKの記事は、こうした事実の隠蔽に加担するものだ。

 誤解ないように付け加えておくが、筆者は別にNHKそのものを叩きたいわけではない。NHKの別の記事では独自取材を重ね、ウィシュマさん死亡の経緯やその問題点に鋭く迫ったものもある(関連報道)。ただし、上述のNHK記事はむしろ事実を覆い隠すような、酷いものであった。NHKに限らずなのだが、これまで筆者が見聞きしてきた経験から言えば、記者クラブでの発表ものを、そのまま記事にしている場合、他の媒体でも、報道というよりも広報というべき内容になるという事例はいくつもあった。身も蓋もない言い方をすれば「記者クラブメディアあるある」なのだが、本件は尊い人命が失われた事案である。さらに言えば、本件への追及を怠れば、今後もまた悲劇が繰り返されることは、上川法務大臣の在任期間中だけでも、ウィシュマさん含め4人の命が入管施設内で失われていることからも明らかだ。

 記者クラブの記者達も、ジャーナリズムの使命とは何か自覚して会見に臨むべきであろうし、そのつもりがないならば、筆を折って別の仕事を探すべきだろう。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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