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国連VS上川法相&入管「事実誤認」はどちらか―朝日、読売などもフェイク拡散

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
入管職員が難民申請者の男性を虐待 彼の拘束は国連も問題視 本人提供映像から

 出入国在留管理庁(以下、「入管」)が迫害から逃れてきた難民や家族が日本にいるなど帰国できない事情がある外国人の在留を不当に認めず、その収容施設に収容している問題で、昨年9月、国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会は、難民認定申請者2名の収容や、日本の入管行政自体に対し、「国際人権規約に反する」との意見書をまとめた。そして、この意見書への回答期限を前に、先月30日、上川陽子法務大臣は「明らかな事実誤認に基づくものであり、到底受け入れられない」「異議を申し立てた」と会見で発言した。だが、上川法相及び入管側の主張こそが、事実からかけ離れ、国連人権理事会の理事国でありながら、その手続きを蔑ろにするものだ。また、呆れたことに、この上川法相の発言を、大手新聞や通信社は注釈も無しにそのまま垂れ流した。以下、その問題点を解説していく。

○恣意的拘禁作業部会の意見書とは

 国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会(以下、「国連作業部会」)は一昨年10月、入管の収容施設に拘束されていたトルコ籍クルド人難民、イラン難民からの通報を受けて、日本政府側の反論も受け付けたうえで、難民2人の訴えを認め、日本政府へ入管制度等の改善を要請する意見書を昨年9月にまとめた。

 その内容は多岐にわたるが、入管による2人の収容が、「何人も恣意的に逮捕され又は抑留されず、法律で定める理由及び手続をなしに、その自由を奪われない」の規約第9条など、国際人権規約(自由権規約)にいくつも違反するとし、世界人権宣言14条(「すべての人は、迫害からの避難を他国に求め、かつ、これを他国で享有する権利を有する」)にも反するとも指摘している。

 国連作業部会は、難民2人の収容にのみならず、難民その他の外国人に対する入管の対応自体の抜本的な見直しを求めており、とりわけ、「収容するか否かでの裁判所による効果的な救済の仕組みがないことは国際人権規約違反」という指摘は重要である。法務省/入管が今国会に提出した入管法「改正」案には、この指摘に対応するものが盛り込まれていないからだ*。

*野党共同の改正案には盛り込まれている。

https://cdp-japan.jp/news/20210217_0768

○「国連側の事実誤認」というフェイク

上川陽子法務大臣 筆者撮影
上川陽子法務大臣 筆者撮影

 入管法の改正は、国連作業部会からの指摘を受け止め、制度や運用を改善する良い機会であったにもかかわらず、上川法相及び入管側の反応は上記のように、反発でしかなかった。上川法相は先月30日の会見ではその詳細を語らなかったが、入管のプレスリリース(関連情報)では、「収容は入管法の定める適正な手続を遵守して適切に行われており、人権諸条約に抵触するものではない」「(国連部会へ通報した難民2人の)両名は、行政訴訟を提起しており、司法上の審査・救済の機会が提供されていた」等の趣旨で、国連作業部会の指摘に対し「明らかな事実誤認に基づく」と強調している。

 これに対し、入管問題に取り組む弁護士らによる「日本政府の国連恣意的拘禁作業部会に対する“異議申立て”の不当性を明らかにする弁護士チーム」(以下、「弁護士チーム」)は、その声明で入管側の主張の問題点を指摘。国連作業部会は日本政府側の主張や情報提供も受け付けた上で、

  • 必要性や合理性を個別に考慮せずに収容がなされている
  • 収容について期間の上限の定めがない
  • 司法審査によらず行政判断(筆者注:入管の判断)によって収容がなされていること
  • 裁判で争っても判決が出るには1~2年程度かかる(筆者注:行政裁判を起こしても勝訴するまで、収容は続く)
  • 仮放免(筆者注:収容施設の外での生活の許可)については行政府に無制限の裁量を与えている

 などの点から、「効果的な司法救済手段はない」「世界人権宣言及び自由権規約に違反する」と判断したのだと指摘した。

 入管側はプレスリリースで難民2名の収容について「難民認定申請を理由とする制裁でも差別的な対応でもない」としているが、弁護士チームは国連作業部会の判断として、以下のように指摘している。

「これまで複数の国連人権機関が、日本の難民認定率が異常に低いことや、難民申請者の収容が極めて長期化する傾向について指摘を繰り返してきたにもかかわらず、状況が変化していない点を踏まえて、日本においては難民申請をしている個人に対して差別的な対応をとることが常態化していると評価し、これが通報者2名にも当てはまると述べたものである」

 また、法務省/入管が現在、国会に提出している入管法の「改正案」では、難民認定審査の具体的改善をおろそかにする一方で、「複数回難民申請を行った場合、強制送還の対象とする」としている。つまり、法務省/入管は難民認定申請を理由とする制裁を制度化しようとしているのだ。

 入管のプレスリリースは、難民2名の仮放免の判断を「慎重に行うべき事情」として「以前の仮放免時における犯罪歴」「収容中の言動」をあげているが*、そもそも収容は、入管法においても本来は「退去強制の準備」にすぎず、過去に犯罪歴があるからといって収容することは目的外であるだけではなく、犯罪を実行する前から身体を拘束することは「予防拘禁」であり、国内法・国際法上、重大な問題がある。

*筆者注:本人は「冤罪」を主張。またその「犯罪」も、殺人や強盗、強制性交などの凶悪犯罪ではない。

 「収容中の言動」についても、著しい体重減少や吐血する程に精神的に追い込む、睡眠薬が処方されないことに抗議したところ、大勢で押さえつけ、腕をねじりあげる、首の急所に指を突き立てるなど(動画参照)、難民2名に対し入管側が行ってきたことの方が、むしろ問題であろう。

○国連人権理事会で定められた手続きを無視

 国連作業部会に対し「異議を申し立てた」とする上川法相の発言及び入管の主張も、国連人権理事会の定めた手続きを知らないのか、あるいは意図的に無視したものである。

前述の弁護士チームは、その声明で以下のように指摘している。

「そもそも同作業部会の意見に対する“異議申立て”という制度は、同作業部会の手続には存在しない」

「同作業部会の手続は、日本も理事国を務める国連人権理事会において定められたものであり、日本政府においてはこの手続を尊重し、当然これに従うべきである」

国連作業部会が日本政府に求めた報告とは、難民2名に対して補償を行ったかどうか、権利侵害に関する調査を行ったかどうか、意見書での要請に従い法改正や実務の変更を行ったかどうかなどであり、法務省/入管側の反論ではないのだ。また上述の入管側が公表した難民2人の個別事情についても、

「同作業部会から情報提供を求められたのにこれを行わず、同意見が出た後になって事実誤認を主張しつつ“詳細な事実関係に関する情報提供”を事後的に行ったものであり、明らかに不当」

と、手続きに従ったものではないとして、弁護士チームは批判している。つまり、法務省/入管側にも、情報提供や主張の機会は与えられていたにもかかわらず、これを活かさなかった上に、後出しで「事実誤認」だと主張しているのである。

○メディアは「ポスト真実」な法相を辞任させる気概を

上川法相及び入管側の「異議申し立て」こそが事実に反するものである上、そもそも国連作業部会の手続きとして存在しない"異議申し立て"を行ったとアピールし、メディア対策を行うこと自体が不誠実である。「国際社会からの正確な理解を得られるよう、積極的かつ分かりやすい説明に努めてまいります」(上川法相、先月30日の会見)など、よく言えたものだ。

 このような「詐術」とも言うべき発表を鵜呑みにして報道するメディア側も愚かしい。報道の役割は、権力の広告代理店ではなく、権力の嘘を見抜き、事実に基づいて報道を行うことだ。今回、朝日、読売、中日などの新聞各紙、共同、時事の両通信社、そしてNHKは、上川法相の発言について、注釈や批判的分析もなしに垂れ流しの報道を行ったが、日本の入管行政が人権という面で極めて重大な問題を抱えていることは、この10年余り、国内外から様々な指摘があり既知のことだろう

 記者クラブの記者達のみならず、各メディアのデスクや部長クラスは一体何をやっているのか、と呆れ果てる。ジャーナリストを自任するのであれば、「ポスト真実」の上川法相を辞任に追い込むくらいの気概を見せてもらいたい。それくらい、今回の上川法相及び入管側の主張には、大きな問題があるのだ。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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