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バイデン米国大統領で中東情勢はどう変わるか?

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
ジョー・バイデン次期米国大統領(写真:ロイター/アフロ)

 米国の次期大統領にジョー・バイデン氏が就任することが確実視される中、中東情勢も大きく変わることが予想される。トランプ政権の対中東政策は、露骨な親イスラエル、反イランであり、また現地情勢に配慮せず、兵器を売る「死の商人」的なものであった。バイデン氏の対中東政策は、より抑制的なものとなるだろうが、トランプ政権時にこじれにこじれた対中東外交を軌道修正することは、容易なことではないだろう。本稿では、トランプ政権の対中東外交によって生じている問題と、バイデン新政権がそれにどのように対応するのかを分析・解説する。

 今回、本稿でテーマとする点は大きく分けて以下のようになる。

・トランプ政権の露骨なイスラエル寄り政策

・核合意への復帰、イランとの戦争回避

・パレスチナ問題への対応は?米国のユダヤ人団体もイスラエル批判

○トランプ政権の露骨なイスラエル寄り政策

 トランプ政権の対中東外交を総括すると、露骨なイスラエル支持があり、それを軸に様々な外交政策が行われてきたと言えるだろう。その最たるものが、核合意からの離脱によるイランと米国の緊張の高まりや、イスラエル・パレスチナ2国家平和共存を目指す中東和平の枠組みの破壊だ。イスラエルの天敵であるイランを敵視するトランプ政権は、同じくイランと対立するサウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)の戦争犯罪や人権問題に目を瞑り、米国議会の反対を押し切って兵器を売りつけた。トランプ政権の4年間により、中東における分断と対立構造は、より根深いものとなったといえよう。UAEやオマーンとイスラエルの国交回復は一見ポジティブなものに見えるが、これもパレスチナの人々の苦境を置き去りにしたもので、中長期的には不安定要因となりうる。

 なぜ、トランプ大統領は、そこまでイスラエル寄りであるのか。一つには、米国政治において、強力な集票マシーンであり献金元でもあるキリスト教右派の福音派への配慮がある。同派は、「神がユダヤの民にイスラエルの地を与えた」との聖書の解釈からイスラエルを熱烈に支持している。トランプ大統領にとって、福音派は自らの支持母体でもあり、同派の協力を今秋の大統領選で得るために、イスラエル寄りの外交政策をとってきたというわけだ。もう一つは、愛娘イヴァンカさんの夫であり、自身の側近でもあるジャレッド・クシュナー上級顧問の影響があるだろう。クシュナー氏は、ユダヤ教徒であり、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とも非常に親しいなど、同国の右派政治家とのパイプが太い。クシュナー氏は、イスラエルの右派政治家達の意向に沿う外交政策を進言してきたし、トランプ大統領は常にクシュナー氏を頼りにしてきたというわけだ。

○核合意への復帰、イランとの戦争回避

 バイデン次期大統領にとって、対中東外交での最大の課題の一つであり、日本にとっても影響が大きいのは、トランプ政権時に悪化したイランとの関係を修復し、軍事衝突をいかに避けるか、ということであろう。バイデン氏が副大統領を務めたオバマ政権時の2015年、イランが核兵器開発を行わず、あくまでエネルギー源としての核の利用に留めることを条件に、対イラン経済制裁を解除するという、いわゆる「核合意」が米国とイラン、欧州連合やロシア、中国との間でまとまり、国連安保理や日本もこれを支持した。ところが、トランプ政権はこの核合意から一方的に離脱。イラン側も核兵器製造につながり得るウラン濃縮を開始、徐々にその濃縮度を高める等、緊張が高まっていた。

 この離脱の背景にも、イスラエルへの配慮がある。イスラエルにとってイランは天敵であり、軍事攻撃も辞さないという強硬論が特にイスラエルの右派政治家達によって主張されてきた。だが、イランも中東の大国の一角であり、正面切っての戦争はイスラエルにとっても損害が大きい。米シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」は、両国が互いに核攻撃を行うことを想定した研究報告を2007年にまとめているが、それによれば全面戦争による両国の死亡者数は最大でイラン側2800万人、イスラエル側も80万人に達するという。だからこそ、米国がイランと軍事衝突するならば、イスラエルにとって好都合であり、逆に米国とイランの緊張緩和につながる核合意は、イスラエルにとって不都合だ。だからこそ、イスラエルのネタニヤフ政権は、乏しい根拠で「イランの核合意違反」を訴えてきた。つまり、トランプ政権の核合意からの離脱は、ネタニヤフ政権とっては念願であったのである。

 だが、米国の核合意からの離脱と経済制裁の再開は、当然、イランを怒らせることになる。イランの隣国イラクには、イランシンパの民兵組織が勢力を誇り、またイランの革命防衛隊もイラク領内で活動している。これらの軍事勢力が、在イラク米軍基地や米国大使館等に攻撃を活発化させ、これに逆上したトランプ政権は、今年1月、革命防衛隊のアセム・ソレイマニ司令官を空爆で殺害。米国とイランの対立は大規模な軍事衝突が懸念されるまでに高まった。その後、コロナ禍で米国もイランも戦争を行えるような状況ではなくなったが、両国の対立は燻り続けている。

 日本にとっても、イランと米国の対立の影響は決して小さいものではない。まず第一に、イランに面するホルムズ海峡を通るタンカーによって輸送される原油は日本が輸入する原油全体の8割を占める。イランで軍事衝突が起きた場合、日本の原油輸入に著しい支障が出る恐れがあるのだ。第二に、トランプ政権の求めにより、日本はイラン近海を含む中東の海域に海上自衛隊を派遣している。つまり、今後の現地情勢によっては、イランないし親イラン勢力と海自の偶発的な衝突を招きかねない状況なのだ。

 元防衛研究所長で、第二次・三次小泉政権、第一次安倍政権、福田政権、麻生政権で内閣官房副長官補を務めた柳澤協二氏は、筆者が今年1月に企画した勉強会で以下のように語っていた。

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フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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