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難民は受け入れるべきか、治安は悪化するか―感情論でなく法や事実に基づいた論議を

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
イラク北部の国内避難民の家族 人道支援は国際社会が担うべき責務 筆者撮影

 日本の法務省・出入国在留管理庁(入管)が、難民やその他帰国できない事情を持つ外国人を、その収容施設に長期収容し、虐待なども行われている問題は、新聞や雑誌、ネット等で追及される他、恣意的拘禁作業部会等の国連人権関連の各委員会でも批判されている。一方で、ヤフーのユーザーコメントやSNSなどでは、難民排斥的な意見や入管を擁護する意見も目にする。そこで本稿では、

・不法滞在する方が悪い?

・収容は仕方ないのか?

・外国人が増えると治安が悪化する?

・難民は受け入れず送還すべき?

・国連に「内政干渉」されるべきではない?

 といった、よくある争点について論じてみたい。

○不法滞在する方が悪い?

 入管による難民等の長期収容や虐待などの報道に対する反発として、最も多く目にすると言えるのが「不法滞在する方が悪い」というものだ。だが、わずか0.25%(2018年)という、諸外国と比較して異常なまでに低い日本の難民認定率ゆえに、本来、難民として庇護されるべき人々が、難民として、「不法滞在」というかたちにされてしまうという問題があるのだ。

「収容・送還問題を考える弁護士の会」の資料より
「収容・送還問題を考える弁護士の会」の資料より

 日本の難民認定率が、異常に低い理由は様々だが、専門家達が指摘している問題として、「個別把握説」に基づく難民認定審査がある。つまり、その個人が確実に迫害のターゲットとされているということが明白でないと、難民として庇護されるべき危険性を認めないというものだ。入管は、その個人が狙われているという証拠を必要以上に求めるが、例えば逮捕状や暗殺等の命令に関する文書など、迫害を受ける側にとって、その入手は極めて困難である。実際、各国の難民認定審査の基準となっているUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のハンドブックにおいても、「過度に難民に迫害の恐れの証明を求めるべきではない」との指針が示されている。そもそも、実際の戦争や内戦、その他の人道危機などでは、特定の民族や宗教、政治的スタンス等であれば攻撃されるというケースが極めて多い。その個人が狙われているか否かよりも、その個人がどこから逃げてきたのか、その地域の情勢の分析から難民認定審査が行われるべきであるし、そこに送還された場合に迫害を受ける危険性があることは十分予想できる場合、難民として認定されるべきなのである。

 また、現地で少数民族として迫害されていることは明白で、他の先進国では概ね4割から5割程度、カナダでは9割近くが難民として認定されるトルコ出身のクルド人に対し、日本では過去一度も認定したことがないなど、明らかに差別的な部分が入管の難民認定審査にあることも事実だ。

「収容・送還問題を考える弁護士の会」の資料より
「収容・送還問題を考える弁護士の会」の資料より

 入管側の問題としては、その難民認定審査が国際標準からかけ離れたものである現実を直視し、改善することもなく、難民認定申請者を一方的に「制度を濫用している者」と決めつけていることだ。だが、入管側が「不認定」とした難民申請者が裁判を通じて、最終的に難民として認定されるというケースも多々ある。難民認定審査を入管から切り離し、より専門性・独立性の高い組織に行わせるという選択肢を含め、制度改革が必要だ。

 

○収容は仕方ないことなのか?

 現状、日本では入管は在留資格を持たない外国人に対し、全件・無期限で収容を行っている。特に、近年では仮放免がなかなか許可されなくなったために、2年以上の長期収容も珍しくなくなっている。だが、他の先進国では、収容の必要性について、収容を行う行政機関ではなく、司法や独立した第三者機関が判断する。また、仮に収容するにしても、原則3ヶ月、長くても半年と期限を定めているのだ。

「収容・送還問題を考える弁護士の会」の資料より
「収容・送還問題を考える弁護士の会」の資料より

 また、日本もその内容に合意している移住に関する国際的な文書「国連移住グローバル・コンパクト」では、「入管収容は最後の手段」「(収容において)人権侵害が生じないこと」「特に家族と子どものケースでは非拘束的措置と一般社会に根差したケアの調整を尊重して国が収容代替措置を実施し、拡大することを保証すること」等が明記されている。

 日本の長期収容の場合、昨年10月末の法務大臣発表にもあるように、難民認定申請者が7割近くと、実質、難民その他帰国できない事情を抱えた人々を苦しめている制度となってしまっていることも大きな問題だ。入管収容施設での虐待も度々問題となっており、第三者によるチェック体制を強化していく必要があるだろう。基本的なことであるが、日本の憲法は拷問その他残虐な刑罰を禁止している。そもそも収容は、送還に至るまでに必要性に応じて行う措置であり、刑罰ではない。

○難民・移民が増えると治安が悪化する?

 「難民・移民が増えると治安が悪化する」というのも、入管行政を正当化する上でよく主張されることだ。だが、訪日する外国人旅行客及び日本に在留する外国人が共に右肩上がりに増加しているにもかかわらず、外国人犯罪は顕著な増加傾向にはない。警察庁の発表している「組織犯罪対策に関する統計」の令和元年版も「検挙件数・人員ともわずかな増減はあるものの、近年のほぼ横ばい状態の傾向が継続している」としている。刑法犯検挙状況では、むしろ「検挙件数・人員とも減少している」とのことだ。逆に増加しているとされているのが、「特別法犯」だが、これは入管法違反がほとんどだ。この入管法違反も、現代の奴隷制のような技能実習生制度の弊害が大きく、むしろ日本の行政側の監督不行き届きである。また上述したように、本来、難民として庇護されるべき人々が「入管法違反」扱いされてしまうという問題もある。したがって、難民・移民含め「外国人が増えると日本人の安全が脅かされる」という言説は、統計上根拠のない、ヘイトスピーチだと言えよう。

法務省「令和元年末現在における在留外国人数について」より 
法務省「令和元年末現在における在留外国人数について」より 
警察庁「令和元年における組織犯罪の情勢」より
警察庁「令和元年における組織犯罪の情勢」より

○難民は受け入れず送還すべき?

 とにかく難民受け入れを拒否しろ、強制送還しろという乱暴な主張もよく見かける。だが、日本は難民条約を批准しており、迫害から逃れてきた難民を庇護する、条約上の義務がある。また、全ての人民と全ての国が達成すべき共通の基準とされている世界人権宣言にも、その第14条に「全ての人は、迫害からの避難を他国に求め、かつ、これを他国で享有する権利を有する」とある。なお、難民を強制送還してはならないということは、「ノン・ルフールマンの原則」として、難民条約の33条に明記されており、これに対応するかたちで日本の国内法である入管法においても、入管法第53条3項に定められている

 つまり、難民の庇護義務を放棄、迫害の恐れがあっても送還するということは、国際法にも国内法にも違反し、国際社会そのものに背を向けることとなる。

○国連に「内政干渉」されるべきではない?

 先月、国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会で、日本での難民認定申請者の長期収容が国際人権規約(自由権規約)に反するとの見解が示された。これに対し、ヤフーコメントやツイッター等では「国連に内政干渉されるべきではない」「国連など無視しろ」「国連は反日」等の感情的な反発がいくつも書き込まれていた。だが、日本は国連人権規約を批准しており、同規約は法的拘束力がある。加えて、日本は国連人権理事会の理事国でもある。それにもかかわらず、国連人権規約の遵守を拒絶するというのであれば、日本の国家としての信用に重大な悪影響が及ぶことは勿論、中国や北朝鮮、シリア等、世界の人権侵害について状況の改善を訴える日本の発言力も弱まることになる。

○理性的で法に基づく論議を

 入管自体も含め、入管行政を擁護する側の主張の傾向として、人権軽視というだけでなく、国内法や国際法をも軽視、或いは非常に恣意的な解釈を行っていることがある。また、外国人犯罪について等、事実に基づかないイメージが先行してしまっているという面もある。感情的な反発や誤ったイメージでの論議ではなく、国際法・国内法、事実に基づいた論議がなされることが必要だ。

 難民や移民に対し、ネガティブにとらえるだけでなく、ポジティブな面に目を向けることも重要だ。少子高齢化が進む中での日本の労働力不足は、今後、ますます深刻となる。前政権では、5年間で最大35万人の外国人労働者を受け入れることが方針として打ち出されたが、それならば、まず難民や既に日本社会に溶け込んでいる外国人に正規の在留資格を与え、働いてもらうべきではないか。そのためにも外国人に対する偏見や差別をなくすことが重要だろう。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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