Yahoo!ニュース

【コラム】トゥンベリさん怒りの演説と、醜悪な日本の大人達

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
国連気候行動サミットで温暖化防止を強く訴えたグレタ・トゥンベリさん(写真:ロイター/アフロ)

 先日の国連気候行動サミットでの、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん(16歳)のスピーチは、鬼気迫る見事なものだった(「セクシーポエマー進次郎」こと小泉環境大臣とは大違い)。温暖化対策に本腰でない政治家を、未来の世代を代表して、叱りつける。筆者も大人の一人として、気が引き締まった。ただ、予想はしていたものの、日本での反応、とりわけYahoo!ニュースでのユーザーコメントやツイッターなどネットでの反応は酷いものであった。本稿ではトゥンベリさんへの的外れな批判・論評について、その問題点を指摘していく。

○「子どもを利用するな」という不見識

 案の定、「子どもを活動に利用するな」だの、「バックにどんな組織があるんだ」だの、トゥンベリさん関連のニュースには、「叩きたい人達」のコメントが多数ついている。だが、これらのコメントはいずれも的外れだ。まず、トゥンベリさんは誰かに利用されているわけでもなく、どこかの組織に操られているわけでもない。彼女は昨年夏、自らの意志で国会前で座り込みを始め、それがメディアで報じられたことで、彼女に共感した世界各国の子どもや若者達が、温暖化防止を求めて声をあげるようになったという経緯がある*。

*「温暖化で地球が滅ぶのに学校なんか行けない」16歳ノーベル賞候補と140万人の子ども達が大人達を叱る

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20190422-00123218/

 だから、子ども・若者達の代表として発言し、国連での演説も行った。つまり、バックとなる組織云々とかではなく、トゥンベリさんの主張は、今や世界150カ国以上で温暖化防止を訴える数百万人の子ども・若者達の主張でもある、ということだ。利用されるとか操られているとかではなく、正に温暖化による影響がより顕在化する時代を生き抜かなければいけない当事者として、トゥンベリさんや彼女に共感する子ども・若者達は声を上げているのだ。トゥンベリさんが「利用されている」「操られている」と感じる日本の大人達は、子どもや若者を見下しているのかもしれないが、世界の子ども・若者達は、社会の矛盾を敏感に感じ取り、自身の頭で考えて行動しているのである。

○むしろ理性的だったトゥンベリさん

 「言っていることはわからなくもないが、言葉使いが良くない」という批判も多い。だが、筆者はむしろトゥンベリさんは理性的に訴えたと思う。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の報告書によれば、温暖化は既にかなり進行してしまっており、2050年までには、温室効果ガスの排出を積極的に減らしたとしても、これまで100年に一度とされてきた規模の災害に毎年見舞われるようになると予測されている関連情報)。当然、温暖化対策を行わければ事態はさらに酷いものとなる。こうした時代をトゥンベリさんや、未来の世代が生き抜かないといけないことを考えれば、現在、悠長にかまえている政治家達に対し、「何故、貴方達のツケを私達が払わなければならないのか?私達のかわりに貴方達がくたばれ」とキレてもおかしくないくらいだ。

 「温暖化は感情論じゃなく科学的に語るべき」との意見は、確かに一理ある。だが、演説の動画を観ればわかるように、トゥンベリさんの演説はエモーショナルなだけではなく、温暖化についての最新の研究を引用、具体的な数字を用いて論理的に訴えている。また、トゥンベリさんはこれまでも「政治家は科学者の警告を聞け」と、再三、訴え続けてきたし、世界の科学者達も、トゥンベリさんら温暖化防止を叫ぶ子ども・若者の行動を支持している*のである。

*[気候変動]抗議する若者たちの懸念は正当である:世界の科学者が支持声明を発表

https://news.yahoo.co.jp/byline/emoriseita/20190414-00122273/

○「学校に行け」に対する子ども達の反論

 「活動より、学校に行って勉強しろ」という批判に対しては、トゥンベリさんに共感して学校をストライキしたオーストラリアの子ども達の言葉を引用しよう。同国のスコット・モリソン首相が「我々が望むのは子ども達が学校でもっと勉強することであり、政治活動ではない」と、議会質疑で発言したことへのカウンターとして、子ども達は「政府がきちんと温暖化へ対処をしているなら、私達は活動家になる必要はなかった」とモリソン首相を批判。教職員組合も子ども達を支持する声明を発表した(関連情報)。また、トゥンベリさんの演説の動画を観ればわかるように、彼女を批判している大人達の大部分より、少なくとも温暖化に関しては、トゥンベリさんの方がずっと真面目に勉強しているだろうし、英語表現も流暢であろう(トゥンベリさんの母語はスウェーデン語)。さらに言えば、グローバルな社会がどのような理念や哲学に基づいて動いているか(後述する「気候正義」など)を知り、理解することも教養だ。そうした教養こそ、今の日本の大人達に欠けているものではないか。

○「先進国の人間の奢り」という人々が無視している事実

 「先進国の人間が、経済発展を否定するのは途上国の人々の人権を奪うことにならないか」との指摘もある。だが、そうした主張をする人々が無視しているのが、大量の温室効果ガスを先進国(と中国などの新興国)が排出する一方、排出量が少ない途上国こそが、温暖化の進行による激烈な影響を受けるという事実だ。それにもかかわらず、大量排出国が対策をとらないことは、不公正であり、不正義であるというのが「気候正義」*という新たな世界の思想的潮流なのだ。同様に、今、まだ選挙権を持たないなど政治に関われない子ども達の世代こそが、温暖化の進行の被害者となる。だからこそ、大人達は子ども達やまだ生まれていない未来の世代のために対策を取るべき、との世代間の問題も気候正義に内包されている。トゥンベリさんの主張は、こうした気候正義に基づくものなのだ。

*日本人が知らない世界のトレンド「気候正義」とは?約150カ国で同時行動、東京でも決行

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20190923-00143833/

○「乾いた雑巾」ロジックと現実

 「乾いた雑巾」ロジックもよく語られる。つい先日もトゥンベリさんに関連してワイドショーのコメンテーターが言及したようだ。つまり、「日本は既に省エネをしっかりとやってきているから問題ない、悪いのは米国や中国だ」という主張である。だが、日本が今、世界から批判されているのは、G7諸国の中で唯一、石炭火力発電を国内外で推進していることだ*。石炭火力発電は最新型の高効率のものであっても、石油や天然ガスによる発電の2倍以上という膨大なCO2を排出し、石炭火力を止めることは、温暖化対策の最優先事項である。だから、石炭産出国の中国ですらも石炭火力依存からの脱却へ舵を切っている。また、欧米では、石炭火力への投融資を引き上げる「ダイベストメント」の動きが顕著だ。

*「日本は10年遅れている」北欧国会議員―脱・石炭火力発電は世界の流れ、洋上風力発電に注力を

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20170217-00067794/

○女性や子どもへの蔑視、古臭い露悪趣味

 上述のような経緯、世界の潮流を知らない、日本のいい年した大人達が、謎の上から目線でトゥンベリさんや温暖化について的外れな論評をしているのは、控えめに言っても愚かしい。それこそ、批判・論評する前に「まず勉強しろ」ということだ。そもそも、トゥンベリさんの演説の矛先は主に各国の首脳達であるのに、日本のネットユーザーが反発すること自体が奇妙なことである。その背景には、日本の中高年男性達(いわゆるネトウヨが多い層)は「女・子ども」が自己主張することが大嫌いという傾向があるだろう。トゥンベリさんに感情的な反発を覚える日本の大人、特に中高年男性は、自身の中にそうした差別的な傾向がないか自問すべきではないか。また、1980年代以降のサブカル的な、正義や善というものに対し捻くれたことを言うことが「カッコイイ」「物事をわかっている」というような古臭い露悪趣味に酔っているのかもしれないが、上述したように、時代は大きく変わっているのである。

○周回遅れの「温暖化懐疑論」

 もう一つ見過ごせないのは、「温暖化がCO2排出によるものかどうかはわからない」「温暖化は自然現象で、脱炭素ビジネスのためのキャンペーン」といった温暖化懐疑論だ。あげくには、「トゥンベリさんは、米国議会で『イラク軍の蛮行』を訴え、湾岸戦争を正当化させた『クウェートの少女ナイラ』(実は広告代理店のやらせだった)のような役割をしている」といった珍説まで主張する人までいる。トゥンベリさん風にいえば「よくもそんなことを言えるな!」である。全く根拠もなしにデマを吹聴するのは、控えるべきだろう。

 温暖化が人為的なものであることは、もはや決着のついた話だ。一般のネットユーザーのみならず、著名な著述家や情報番組にコメンテーターとして出演する学識経験者までが温暖化懐疑論を主張するが、彼らの主張は過去に既に論破された、周回遅れの議論なのである*。

*「地球温暖化のウソ」に日本人はいつまで騙され続けるのか?

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20151221-00052624/

 上記筆者の記事の他、興味のある人は、やや専門的になるが、温暖化を研究する学者達によるファクトチェック集「温暖化懐疑論批判」*を読むと良いだろう。特にメディア関係者はよく読むべきだ。そもそも、日本で温暖化懐疑論が広まったのは、テレビや出版社が面白半分に温暖化懐疑論を紹介したから。人々をミスリードさせた責任は極めて重い

*地球温暖化懐疑論批判

http://www.cneas.tohoku.ac.jp/labs/china/asuka/_src/sc362/all.pdf

 また、「温暖化はグローバル資本によるウソ、陰謀だ」と主張する人々が無視していることは、温暖化懐疑論こそが、石油・石炭業界によって広められたデマだということだ(上記筆者の記事を参照)。さらに言えば、温暖化を促進させているのは、石油・石炭事業に膨大な資金を投資する機関投資家、つまりグローバル資本*。アマゾンや東南アジアの貴重な熱帯雨林を焼きまくっているのも、グローバルなアグリビジネス*だ。

*地球環境を破壊する「無責任銀行ジャパン大賞2018」に三菱UFJ! みずほ・三井住友も温暖化や森林破壊を加速

https://hbol.jp/170004

*なぜ「地球の酸素20%供給」のアマゾン熱帯林が焼き尽くされているのか-日本もアマゾン破壊に関与

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20190827-00139985/

*ベッキーさんに環境NGOが感謝!チョコレートやシャンプー等が含む、あるものが森林破壊~啓蒙動画に協力

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20190213-00114722/

 だが、なぜか陰謀論好きな人々は、こういう現実を直視しない。温暖化懐疑論を支持する人々には、脱原発派も少なからずいるが、温暖化防止と脱原発は矛盾しない。省エネ・自然エネルギー推進という対応策は共通するし、経済的合理性もある*。

*太陽光、風力に駆逐され原発はオワコン化ー安倍ジャパンだけが直視しないエネルギー産業の激変

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20190128-00112689/

○トゥンベリさんの演説が導く脱炭素社会

 既に世界の国々の政策や大企業の方針は、脱炭素社会へ向け、大きく舵を切っているが、今回のトゥンベリさんの怒りの演説により、そうした流れは一層強まることだろう。温暖化に対し十分な対策をとらないことは、「不正義」であり、「邪悪」であるという認識が広く共有されたからだ。とりわけ、キリスト教的な、神と人の関係、善行と罪というものが色濃く文化背景にある欧米社会では、トゥンベリさんが問う気候正義は、無視できないものだ。だから、世界の流れは、今後ますます化石燃料から太陽光や風力などの再生可能エネルギーの転換、電気自動車などエネルギー利用の電化、生態系保全の重視などの方向へ進むだろう。日本の大人達がトゥンベリさんについて的外れな論評をしている間に、日本の政治も経済も世界の流れから取り残されることになりかねないのである。

(了)

*本稿は、筆者のブログ「志葉玲タイムス」での投稿に大幅加筆したものである。

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

志葉玲のジャーナリスト魂! 時事解説と現場ルポ

税込440円/月初月無料投稿頻度:月2、3回程度(不定期)

Yahoo!ニュース個人アクセスランキング上位常連、時に週刊誌も上回る発信力を誇るジャーナリスト志葉玲のわかりやすいニュース解説と、写真や動画を多用した現場ルポ。既存のマスメディアが取り上げない重要テーマも紹介。エスタブリッシュメント(支配者層)ではなく人々のための、公正な社会や平和、地球環境のための報道、権力や大企業に屈しない、たたかうジャーナリズムを発信していく。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

志葉玲の最近の記事