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大ヒット本『シマエナガちゃん』の陰にある悲劇―アザラシの赤ちゃんと温暖化、小原玲さんに聞く

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
小原玲さんが撮影したアザラシの赤ちゃん

 今、日本で最も注目されている動物写真家、小原玲さん。北海道に住む愛くるしい野鳥を撮った写真集『シマエナガちゃん』はAmazonで総合ランキング1位にもなった大ヒットに。先月末には『もっとシマエナガちゃん』も出版された。だが、可愛らしい作品が生まれた背景には、深刻な地球環境の危機があるという。全世界的な地球温暖化対策の枠組みであるパリ協定が発効してから1年。小原さんに地球温暖化への懸念や野生動物の写真を撮ることの意義について、聞いた。

〇報道写真家から動物写真家へ転身

小原玲さん著・撮影『シマエナガちゃん』
小原玲さん著・撮影『シマエナガちゃん』

 もともとは、週刊誌『フライデー』の専属カメラマンを経て、中国での天安門事件や、湾岸戦争など第一線での取材を重ねた報道写真家として活躍していた小原さん。天安門事件の写真は米誌『LIFE』に掲載、同誌の特別総集号にも選ばれた。

 しかし、日本のメディア不況や内向き化で、転機を迎える。アフリカのソマリアでの内戦や深刻な飢餓を撮ったにもかかわらず、日本の雑誌では写真が取りあげられず、そのかわり「美味しいラーメンの店」特集に誌面が割かれたことなどから、報道写真家としての道に小原さんは迷いを感じたという。

小原さんが撮影した天安門事件の写真
小原さんが撮影した天安門事件の写真
小原さんとアザラシの赤ちゃん。
小原さんとアザラシの赤ちゃん。

 「そんな時にアザラシの赤ちゃんのことを知り、こんなかわいい生き物がいるなんてと思い、写真を撮るようになりました。そして私が撮ったアザラシの赤ちゃんの写真を、雑誌から切り抜いて大事にしまう人の姿を、電車の中でたまたま見かけた時、動物写真家への転身を決意しました。どうせ写真を撮るなら、人々に大切にしてもらえる写真を撮りたい、と思って」(小原さん)。

氷の上で眠るアザラシの赤ちゃん。
氷の上で眠るアザラシの赤ちゃん。

〇現場で見た流氷の激減

 以来、28年間、小原さんはアザラシの赤ちゃんにこだわり、カナダの流氷の上で写真を撮ってきた。そして、それは地球温暖化が深刻化していくのを目の当たりにする取材でもあったと小原さんは言う。「最初に様子がおかしいぞ、と思ったのは1998年です。それまで、分厚く広大で、どこまでも続いていた流氷が、ボロボロで断片化していました。(赤道付近の海水温が上がり、異常気象を誘発する)エルニーニョ現象の影響かと思いましたが、次の年も同じような状況でした。2002年は特に氷の状態が酷く、カナダ政府が『アザラシの赤ちゃんの75%が、死んでしまった可能性がある』と発表、地球温暖化の進行に警鐘を鳴らしたのです」。

かつて、北極圏のアザラシ達の生息域は、見渡す限り分厚い氷で覆われていた。
かつて、北極圏のアザラシ達の生息域は、見渡す限り分厚い氷で覆われていた。
温暖化の進行により、海氷が小さくなり、すぐ溶けるようになってしまった。
温暖化の進行により、海氷が小さくなり、すぐ溶けるようになってしまった。

 冬、海面が凍った氷の上で子育てをするアザラシにとって、氷の状態の変化は、正に死活問題だ。「大きく分厚い氷の上では、アザラシの赤ちゃんは安全に育つことが出来ます。しかし、波間に揺れる小さな氷の上では、アザラシの赤ちゃんが海に落ちて溺れてしまったり、シャチに食べられてしまう危険性が増します。実際、うねる海面で大きく揺れる氷から今にも落ちそうになっているアザラシの赤ちゃんを見たことがあります。あれは本当にショッキングな光景でした」(小原さん)。

 その年によって多少の上下はあるものの、世界の平均気温は明らかに上昇のトレンドを示している。NASA(米国航空宇宙局)によれば、1970年代以降、北極圏の海氷は減少し続けており、特に2007年以降、その傾向が顕著だという。小原さんも「ここ数年は特に深刻です」という。「年々状況が悪化しているように思います。アザラシの赤ちゃんが生まれてから自分の力で泳げるようになったり、魚を採ったりできるようになるまで、4週間かかるのですが、それに満たないうちに氷が溶けてしまうということが起きています。雪嵐で一時的に凍った氷が、晴れると溶けてしまう。2016年と、2017年が正にそのような状況で、ヘリが着陸できるような氷が無かったため、私もアザラシの撮影ができませんでした」(同)。

〇新たな被写体、シマエナガ

小原玲さん著・撮影『もっとシマエナガちゃん』
小原玲さん著・撮影『もっとシマエナガちゃん』

 ライフワークであったアザラシの赤ちゃんの撮影ができなくて落ち込んでいた小原さんは「アザラシの赤ちゃんそっくりの小鳥が北海道にいる」と友人から聞き、新たな被写体としたのがシマエナガだ。体長14センチほどのエナガの亜種で、真っ白でふかふかな羽毛につぶらな瞳といったルックスから「雪の妖精」とも呼ばれている。

 小原さんが撮った写真をまとめた『シマエナガちゃん』(講談社ビーシー・2016年11月出版)は、野鳥の写真集としては驚異的な売り上げとなり、先月末には一年がかりでシマエナガの四季を追った『もっとシマエナガちゃん』(講談社ビーシー)も出版された。

北海道に生息する野鳥シマエナガ。
北海道に生息する野鳥シマエナガ。

 

〇温暖化は未来ではなく現在の危機

 新たな被写体を得て、著書の売れ行きも好調な小原さんだが、やはり動物写真家としての原点であるアザラシの赤ちゃんの撮影は続けたい―今シーズンの流氷の状況が良いことをひたすら祈っているという。小原さんはこう強調する。「日本では、地球温暖化というのはまだまだ未来の話だと思われているし、温暖化はしないという懐疑論もあります。しかし、この28年間、現場で流氷を見続けてきた僕の実感では、地球温暖化は未来のことなどでは断じてなく、すでに温度は上がっていて、被害も進行中のことなのです」。

溶けた海氷とアザラシの赤ちゃん
溶けた海氷とアザラシの赤ちゃん

 全世界的な温暖化対策の枠組みであるパリ協定が発効してから1年。今月はドイツで温暖化対策についての国際会議「COP23(第23回国連気候変動枠組み条約締約国会議)」が開催されている。地球温暖化対策が、人類共通の緊急課題となりつつあるのも、強力なハリケーンや集中豪雨、熱波や寒波、干ばつなど、頻発する異常気象というかたちで、気候変動、つまり地球温暖化の脅威が現実のものとなっている、という危機感の表れだ。

〇好きという気持ちが大事

 小原さんは「自然や生き物が好き、という気持ちが大事です」と言う。「好きであれば、誰かに言われなくても、共生していきたいと自身で考える。多くの人々、特に子ども達に自然や生き物を好きになってもらえるよう、僕はこれからもその導入口になるような写真を撮っていきたいと思います」。

(了)

*本記事の写真・映像は全て小原玲さんの提供であり、無断使用を禁じます。 

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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