「安倍ファースト」な政権で憲法を変えたらどうなる?パスポート強制返納-高裁に控訴

パスポート強制返納事件で東京高裁に控訴した杉本祐一氏。

 今月2日にパスポート強制返納の処分の取り消しを求め控訴したフリーカメラマンの杉本祐一氏。その杉本氏の強制返納を指示したとみられるのが、今月3日の内閣改造で内閣人事局長に就任した杉田和博・前官房副長官だ。加計学園をめぐる内部告発をした前川喜平・前文科事務次官についてイメージダウンをさせる読売新聞の報道も、この杉田氏が関与したのだと言われる。パスポート強制返納事件は、政権に都合の悪い者を貶め排除するという、現在の安倍政権の行いの先駆けであり、国家都合で個人の人権を制限するという自民党改憲草案による改憲で何が起きるかを先取りしているものだ。

◯杉田和博・前官房副長官による「安倍ファースト」

 新潟県在住のフリーカメラマンの杉本祐一さんが、一昨年2月、シリアでの取材を計画していたことを理由に、外務省にパスポートに強制返納させられたことや、新たに発給されたパスポートが渡航先を制限されたことは、これを不服として杉本さんが裁判で国とあらそっていることは、これまでも筆者が伝えてきた通りだ。この、戦後初のメディア関係者のパスポートを奪うという事件の、黒幕と言うべきなのが、今月3日の内閣改造で内閣人事局長に就任した杉田和博・前官房副長官だ。これまで幾度か筆者の記事で触れた通り、当時、内閣官房副長官であった杉田氏は新聞報道で杉本さんのシリア渡航計画を知ると、外務省の三好真理領事局長(当時)を呼びつけ、その場で旅券強制返納が決定された。このことについて、福島瑞穂参議院議員事務所の協力の下、杉本さん側は東京地裁に証拠を提出したが、外務省側は、事実関係の認否すらせず、徹底的にこの問題から逃げ回っている。

 公安出身の杉田氏は、安倍内閣の「危機管理担当」として、政権にとって都合の悪い人物を調査し、時には攻撃することもいとわない。前川喜平・前文科事務次官は、先月10日の参院閉会中審査で、文科省の天下りの組織的な斡旋の証拠となるメールを確認しながら、杉田氏から政府の第三者機関、再就職等監視委員会に提出しないよう指示されたと証言。結局、前川氏は、今年1月に次官を引責辞任することとなった。また、前川氏が加計学園問題で告発を行った後、同氏の「出会い系バー通い」を読売新聞が報じたのも、前川氏は杉田氏ら官邸の関与ではないか、と今年6月23日の記者会見で語っている。それは、次官在職中に前川氏は出会い系バー通いについて、杉田氏から直接指摘されていたからだ。

*前川氏は出会い系バー通いについて「貧困問題の実地調査だった」と主張。

◯安倍改憲を先取りするパスポート強制返納事件

 支持率低下で若干トーンダウンしたものの、安倍政権は改憲に執念を燃やす。今年秋の臨時国会以降、憲法を変えようとする動きが具体化しそうだ。自民党の改憲草案では、「公益及び公の秩序」、つまり政府の都合で個人の基本的人権を制限することが可能とされている。これは、現在の日本国憲法における「公共の福祉」が、個人と個人の人権の調整機能であり、必要最低限の規制であるべきという概念であるのと正反対だ。杉本氏のパスポートを奪ったことは、憲法で保障ないしは尊重されるべきとされている「報道・取材の自由」、「海外渡航の自由」の重大な侵害である。だからこそ、旅券法19条にパスポートの強制返納について規定されていたものの、その運用は非常に慎重なものとなり、杉本氏の事例までは、メディア関係者のパスポートを奪うというような事例は皆無だったのだ。

 当時、安倍政権は、シリアでの日本人人質殺害事件の対応の無策ぶりを批判され、新たな人質事件が発生することによって政権に打撃を与えることを恐れ、拙速に杉本氏のパスポートを強制返納させたと観られている。実際、パスポート強制返納にあたって、杉本氏には、憲法31条が求める適正手続であり、行政法に定められた「聴聞」、つまり行政処分に対する意見表明や反論についての機会さえ与えられなかったのだ。杉田氏ら安倍政権の杉本氏への対応は、正に安倍政権の下で改憲が行われた際に、どのようなことが起きうるかを、雄弁に語っている。憲法に定められた個人の権利が憲法上定められた手続きも経ないまま、政府の都合で制限されるということだ。

◯元朝日新聞記者による新証言も

 杉本氏は、シリア取材において、ISIL(いわゆる「イスラム国」)掃討に成功し、クルド人部隊が支配下においていた、シリア北部国境沿いの都市コバニを取材する予定であった。東京地裁でも、杉本氏やその代理人は、当時の現地はクルド人部隊によるプレスツアーも行われており、安全が確保されていたとして、パスポートを強制返納させないといけない程、差し迫った危険はなかったと主張してきた。東京地裁の判断は、国側の主張を無批判に受け入れる「忖度判決」であったが、高裁での控訴審では、クルド人部隊によるプレスツアーに参加した朝日新聞記者(現在は退職)の証言も新たに加わった。2015年1月末、当時朝日新聞の記者として、コバニを取材した貫洞欣寛氏は、高裁に提出した陳述書の中で、以下のように当時の現地状況を伝えている。

「端的に言って、高い確率で、安全が保障されていると感じた」

「トルコ政府とクルド人勢力が威信をかけて記者を保護しているため、よほどのことがない限り、安全に帰ってこられるだろうと思い、コバニ入りを決断した」

「コバニには自分を含め70人ほどの報道陣が入ったが、街の辻ごとに、クルド人民兵らが厳重に警護しており、ISILの脅威を感じさせることはなかった。報道陣は全員無事に、トルコ側に戻ることができた」

出典:貫洞氏の陳述書より

◯東京高裁の判断に注目を

 国側の主張及び東京地裁の判断は「ISILによる報道機関者関係者に対するものを含めた襲撃やテロ行為を行う可能性は相当程度あった」というもので、貫洞氏の現場での実際の経験に基づく陳述に比べ、具体的根拠が乏しいものだった。高裁の判断は来月6日にも示されるが、本件は杉本氏個人の案件というだけでなく、「安倍一強」の奢りや、自民党改憲草案による改憲で大丈夫なのか、という視点からも注目すべき事案なのである。

(了)