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安保法制、紛争地で活動するNGOからどう映るか―国会で審議尽くされない問題点を指摘

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

安保法制の審議を打ち切るとする政府与党。しかし、これまでの審議で決定的に欠けているのは、紛争地で活動するNGOの視点、現場の視点だ。アフガニスタンやパレスチナなど世界9カ国で活動する国際支援NGOの老舗、日本国際ボランティアセンターの代表理事であり、日本のNGO業界のオピニオンリーダーの一人である谷山博史さんは、安保法制の問題点を以下のように指摘する。

(1)どのような「事態」でも戦争に参加できるようになる

谷山博史・日本国際ボランティアセンター代表理事
谷山博史・日本国際ボランティアセンター代表理事

安保関連法案が成立すれば、日本の人々は自国を守ることなのか、他国を侵略することなのかわからぬまま戦争に巻き込まれ、イラク戦争のような不当な戦争に加担することになる。昨年の閣議決定では大きく分けて日本の防衛と国際貢献の2つの柱で自衛隊の海外での武力行使や武器使用を可能にするとしている。安保関連法案では、日本の防衛に関わる状況設定として「存立危機事態」と「重要影響事態」を想定。前者の場合には他国への攻撃があった場合でも武力行使が可能となり、後者の場合には他国の戦争への後方支援ができるとしている。一方国際貢献のためには国連決議があれば(武力行使容認決議がなくても)、自衛隊をいつでもどこでも派遣して他国軍の後方支援が可能となる。この状況を「国際平和共同対処事態」と名づけている。国際の平和が脅かされ、しかもそれが日本の存立を脅かしたり、日本に重要な影響がある事態と政府が考えればどのような事態とも認定でき、いつでもどこでも自衛隊を派遣し武力行使や後方支援ができる。事態の認定は政府の裁量に任されている。

(2)イラク戦争のような戦争に参加することになる

イラク戦争は大義のない間違った戦争だったというのがアメリカを含む国際社会の常識である。この戦争を日本政府は今でも正しい戦争だったと主張している。アメリカはこの戦争を予防的先制攻撃で対処するつもりだった。つまり自衛権の発動である。同時に国連決議をめざし国際平和のための貢献であるとのお墨付きを得ようとした。つまりどちらの法的根拠を使ってでも戦争をしようとしたのである。安保関連法案が成立すれば日本はどちらの場合でもアメリカの戦争に参加できるようになる。しかもイラク戦争は安保理の新たな決議、武力行使容認の決議を経ずに初められた。安保法案は、国連総会や安保理などの決議があれば外国軍に後方支援できるとしている。イラク戦争のような国際法違反とみなされる戦争でも参加できるのではないか

(3)アフガニスタン戦争におけるような安定化作戦に参加することになる

アフガニスタン戦争では、国連決議によって国際治安支援部隊がアフガン本土に派遣された。ほとんどすべての先進国がこの多国籍軍に参加した。目的は治安支援であったが、タリバンとの戦闘の巻き込まれ、紛争の当事者として戦闘の前線に立つことになった。アフガニスタンはタリバン対アフガン政府軍・外国軍という構図の戦争の泥沼状態に陥った。外国軍の犠牲者は増大し、勝てない外国軍はそのほとんどが撤退した。そんな中で日本だけがアフガニスタン本土に軍を派遣しなかった。しかし安保関連法案が成立すれば日本はこのようなケースでも自衛隊を派遣せざるを得なくなる

(4)現代の紛争の性格を度外視している

「現在の紛争は『住民の中で戦う戦争』という様相を帯びている」。その結果、外国軍による武力行使は住民を巻き込むことが多い。住民の海の中でどこから攻撃してくるか分からない武装勢力に対して過敏で過剰な武力行使をすることになる。防御が反撃に、反撃が攻撃にエスカレートし、そのことが住民を敵に回した戦争の泥沼化への悪循環につながる。

(5)軍による人道支援も危険

アフガニスタンのような紛争地域での外国軍による復興・人道支援活動は『住民の中で戦う戦争』をより複雑にする。地域住民にとってもはや復興活動も安定化作戦に伴う鎮圧活動も区別ができない。「あるとき外国軍は治安維持といいながら、一般市民も巻き添えにしながら銃を持つ。別のときは軍が人道・復興支援をする。どちらなのか、わからない」とアフガニスタン市民らも語っていた。軍が民生にまで活動領域を広げることで軍事と民生の間にグレーゾーンを創り出し、住民や武装勢力の間に外国軍のみならず軍以外の外国機関の民生活動も軍事活動であるとの混同を引き起こす結果になっている。

(6)「駆けつけ警護」について

(政府は)駆け付け警護で武器を使用する相手が「国家又は国家に準ずる組織」ではなく、盗賊、テロリストの類であれば武力行使に当たらないので憲法違反にならないというのである。しかしスーダンや南スーダンの例でみるように、警護対象を攻撃しているのが「国家又は国家に準ずる組織」であるかどうかを見極めるのは難しい。仮に武装勢力が「国家又は国家に準ずる組織」でないとしても、自衛隊が一時的であれ制圧するようなことがあれば、その時を境に自衛隊は戦闘の一方の当事者になり、以後攻撃の対象となる可能性が高い。また、和平合意のもとで停戦状態にある組織であり、「国家又は国家に準ずる組織」であった場合は駆け付け警護は憲法違反行為となる。いずれの想定も現憲法の解釈としてはあまりに現実離れしていると言わざるを得ない。

(7)自国民保護を名目とした軍の派遣について

閣議決定の論理では自国民保護のための自衛隊の派遣は、領域内に「国及び国に準ずる組織」が存在しないことを前提とすれば、領域を管轄する政府の警察行動を支援することである。すなわち自国民保護と治安支援という当該領域国政府への支援とは一体のものであり、反政府側住民や反政府勢力にとっては自分たちに敵対する行為に他ならない。邦人保護といえば「国民の生命の保護」という政府の錦の御旗の前で反対が許されない空気が生まれかねないが、ひとたびこれまで禁じ手であった邦人保護を名目とした自衛隊の派遣に足を踏み込めば、日本の平和主義は大きく変質する。

(了)

谷山博史さんプロフィール:

日本国際ボランティアセンター代表理事。1986年以降、同団体のスタッフとして、タイ、ラオス、カンボジア、アフガニスタンなど活動。NGO・外務省定期協議会政策協議会のコーディネーターを勤め、国際協力・人道支援活動についての政策提言を行っている。編著に『「積極的平和主義」は、紛争地になにをもたらすか?!-NGOからの警鐘-』(合同出版)など。

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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