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日本のジャーナリストは紛争地に行くべきか?行くべきでないのか?-戦場ジャーナリストとしてモノ申す

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

ISIS(イスラム国)の人質となっていた、後藤健二さんが殺されてしまった。本当に残念であり、彼を救えなかったことを、同業者として申し訳なく思う。そして、ISISに強い憤りを感じるし、だからこそ筆者がジャーナリストとして伝えるべきことを伝えるべきだとも思う(関連記事)。

このところのメディアの動きで気になることがある。先日配信した記事でも書いたが(関連)、日本のジャーナリストが、紛争地取材を行うべきではない、退避勧告を守るべきだと言わんばかりのニュアンスで、書かれている記事がいくつもあることだ。

読売、産経が朝日のシリア取材「批判」 外務省は渡航見合わせ強く求めていた

http://www.j-cast.com/2015/02/02226867.html

「イスラム国」:「後藤さん殺害」 3回、渡航自粛を要請 官房副長官明かす

http://mainichi.jp/shimen/news/m20150203ddm041030137000c.html

先の記事でもツイッターの投稿を引用させていただいた、自民党の佐藤正久参議院議員が、また朝日新聞記者のシリア取材についてツイートしていたので、引用させていただこう。

今般の湯川氏、後藤氏の事案は、退避勧告が発出されている地域で発生したもの。危機管理の基本の一つは危険な地域に近寄らないことだ。シリアのヌスラ戦線で戦う日本女性や、アルジェリア系仏人の夫と共にシリアで不明になった日本女性報道もある。再発防止の為、朝日新聞の記者含め、早期退出を願う

https://twitter.com/SatoMasahisa/status/561738686966943744

こうした主張が、ジャーナリストの紛争地取材を禁止させようという流れにつながるのではないか、と警戒している。

○外務省には外務省の職務、ジャーナリストにはジャーナリストの使命がある

外務省が退避勧告を発令するのは、邦人保護という職務上、仕方ない部分もある。しかし、ジャーナリストにはジャーナリストとしての職務がある。イラク戦争やガザ侵攻など、日本の国家の政策と絡む紛争も多い(自衛隊イラク派遣やF-35などの武器輸出など)。そうした政策を国会で審議する場合も現地情報として報道が果たす役割は大きい。また一般の人々も現地で何が起きているのか、主権者として知る権利がある。日本人のジャーナリストが現地で取材するからこそ、現地の問題を日本と関連付けて取材することができる。情報がろくに無い中で、何を決めることができるのか。政府に都合のいい情報だけでいいのか。ジャーナリムが人々の知る権利を保障する、民主主義に不可欠な役割を果たすことを、一般の人々は勿論、メディア関係者すらも忘れているのではないか。

公的な仕事をする人間は、危険だからと言って、職務を放棄していいのか?警察や消防隊員が「危ないから」と職務を放棄するだろうか?人命が関わっているのは、ジャーナリズムも同じだ。ジャーナリストの報告を多くの人々が真剣に受けとめ、戦争を止めるならば、流される血、奪われる命も少なくなるだろう。筆者は、危険な紛争地の取材であっても、ちゃんと日本に生きて戻り、現地の状況を伝えるまでが仕事であると考えている。しかし、万が一、紛争地で死ぬことになっても、それは職業上のリスクにすぎない。

○「現地の写真や映像を使えば」と軽々しくいう愚かさ

片足を失ったガザのジャーナリスト。むしろ現地の記者こそ危険度が高い。アル・クドゥス放送提供
片足を失ったガザのジャーナリスト。むしろ現地の記者こそ危険度が高い。アル・クドゥス放送提供

SNSやインターネットが発達した現在、ぶっちゃけ現地の映像や写真はネット上でも得られないでもない。しかし、こうした映像や画像も、そこで撮っている人間がいることを忘れるべきでない。昨夏のイスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの侵攻では、現地のジャーナリストが16人死んでいるのだ。安易に「現地の映像や画像を使えば」という主張には、強い憤りを感じる。また、志葉も含め、外国人ジャーナリストが取材中に殺される可能性があるのだが、外国人ジャーナリストの方が殺されない可能性が高い場合もある。筆者自身、イラクで取材中に米軍に不当拘束されたことがある。誤解が解け、筆者は数日で釈放されたが、もし筆者がイラク人記者だったら、酷い拷問をされていただろう。実際、そうした拷問を受けたイラク人記者が筆者の友人にもいるのだ。

日本のメディアや社会の、日本人の命至上主義にも疑問を感じる。たった今も紛争地で犠牲となっている、あまりに多くの罪の無い人々の命より、日本人ジャーナリスト一人の命が重いかと言えば、それは違うだろう。だが、これまで、日本のメディアがどれだけ、シリアやイラクの惨状を伝えてきたのか?どれだけ多くの人々が関心を持ってきたのか???

思うに、ネットで気軽に報道された情報を得られるようになってから、情報というものがどのように得られるのか、わかっていない人々が多くなったような気がする。情報はタダではない。それなりにリスクをおかし、経費も時間もかけて、取材の中で現地との人脈もつくって、ようやく得られるものなのだ。

○「自己責任」なのに介入する権力、「自殺」するメディア

後藤さんのケースで言えば、日本政府は「救出に全力で取り組む」フリをしただけだ。実際には常岡浩介さんや中田考さんらのISISとのパイプを活用しなかったし、ISISが後藤さんのご家族にメールしていたのに、そのメールを使っての交渉も「一切しなかった」(今月2日午後の菅官房長官の会見での発言)。結局は「自己責任」ということなのだろうが、それならば、より一層、政治家や官僚が「報道の自由」に口出しするべきではない。まして、メディアがそうした取材活動の制限に関わるのは、本当に愚かしい「メディアの自殺」なのだ。

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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