Yahoo!ニュース

ヒメボタル「最後の楽園」を守るか、否か?ー問われる名古屋の「持続可能な開発」と「生物多様性」

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
相生山のヒメボタル 小原玲氏撮影
相生山のヒメボタル 小原玲氏撮影

国連の「持続可能な開発のための教育に関するユネスコ世界会議」(ESD)の開催を来月に控えた愛知県・名古屋市。ESDでは、自然環境との共存、身近なところからの行動などが重要なテーマとされるが、そうした理念から観て、果たして名古屋市はESDの開催地として相応しいのか、否か。ある道路の建設計画が問うている。

◯「奇跡の山」相生山と道路建設計画

名古屋市天白区の相生山緑地は、全国的に見ても貴重なヒメボタルの生息地だ。ヒメボタルは、森林などに住む陸生ホタルで、北は青森から南は九州まで広い範囲に生息しているが、宅地造成など緑地開発が進む中で、その住処を奪われ、千葉や埼玉、長崎などでは絶滅危惧種、神奈川や長野、大阪などでは準絶滅危惧種に指定されている。ホタルにこだわり続け、全国各地で撮影を続けてきた動物写真家の小原玲氏は、相生山の緑地がいかに貴重かをこう語る。

「報道カメラマンから動物写真家になってから、私は18年余り、日本各地でホタルを撮り続けてきました。しかし、その間、ホタルの生息地はどんどん開発され、消えてしまいました。そんな中、相生山は道路建設計画があったがために宅地開発されず、奇跡的にその緑地が残されています。全国的に見ても、平野部でここまで大きなヒメボタルの生息地はない、と言っても過言ではないでしょう」。

そのヒメボタルの楽園を破壊しかねないのが、相生山を突っ切っての建設が計画されている道路「弥富相生山線」だ。「地域の渋滞緩和」などがその建設目的として、1957年に名古屋市が立案したが、ヒメボタルの群生地を通る形で建設されることや、木々が伐採されることによる土壌の乾燥化が、さらにヒメボタルを追いやることが危惧されている。弥富相生山線の建設工事は04年から着工したが、09年に「減税」「無駄遣い根絶」を訴え、名古屋市長となった河村たかし市長は公共事業の見直しの一環として、2010年に弥富相生山線の建設工事を中断。それ以後「再検討」の状態が続いていたが、今年中にも、工事の再開か中止かを河村市長が判断するという。今月12日、反対派市民と賛成派市民の双方の意見を聞く意見聴取会が行われたので、筆者も取材した。

意見聴取会には多くの住民が集まった
意見聴取会には多くの住民が集まった

◯道路は本当に必要なのか?代替策はあるのか?

意見聴取会は、賛成派と反対派で時間を分けて行われ、それぞれの主張に河村市長と新開輝夫副市長が耳を傾けた。賛成派は、周辺学区の役員ら73人。「混雑する交差点を避けて、住宅地の生活道路に入りこんで来る車が多い」「トラックなどの大型車両が多く、通学路を歩く子ども達が危険にさらされる」など、新たに道路が建設されることで、地域の交通安全が向上することを期待する意見がいくつも出された。また、2000年に名古屋市を中心に愛知県を襲った「東海豪雨」の経験から、避難経路を増やすことを望む意見もあがった。一方、反対派は地域の自然保護団体のメンバーら100人。「地域の道路状況は地下鉄ができたことで改善された。渋滞というより、信号待ちというレベル」「生活道路への車の入り込みが問題とされているが、交通規制で対応できる」と道路建設の必要性に疑問を投げかけた。

会見で発言する河村市長
会見で発言する河村市長

これらの意見をどう受け取ったのか。意見聴取会の後に行われた会見で、河村市長はこう語った。

「道路をつくるならつくるで、必要性の証明がいる。今まで(工事を)やってきたから、というものでもない」「(住宅地や通学路での)車の通り抜けで、子どもさんを気にされるのはわかる。危ないですからね。ただ、道路を作るしか方法がないのか、他の方法はないのか。警察側は道路をつくる、つくらないでも、どちらでも必要な交通規制をするとしている」「水害については相生山から大量の水が流れてきたとのことだが、道路を作ったら大体、わーっと水が流れてきますからね。水害時の対策は考えていきたい」。

いつ決断するのかとの質問には「年内」と語るにとどまった。あくまで筆者の印象だが、河村市長自身は建設中止に傾いているように感じた。これまで建設工事を進めてきた名古屋市役所の緑政土木局とは、やはり温度差があるのだろう。

◯ずさんな「環境に配慮」

建設現場を案内する小原氏
建設現場を案内する小原氏

前出の小原氏の案内で、筆者も相生山を訪れた。住宅地が広がるなかで、孤島のように残る相生山は、123ヘクタール、つまり東京ドーム約26個分の広さ。市によって遊歩道が設置してあり、森林浴を楽しめる。しばらく歩くと建設途中の弥富相生山線が見えてきた。建設現場のフェンスには、この道路計画が環境に配慮している、ホタルの生息調査も行っているとの説明ボードが貼り付けてあった。だが、小原氏はこれらの名古屋市の説明について、疑問を投げかける。

「弥富相生山線建設計画は、正式な環境影響調査は行っていません。名古屋市の依頼を受けた専門家チームが建設計画にお墨付きを与えましたが、彼らの中には、昆虫の専門家は一人もいません」。

名古屋市が行った相生山のヒメボタルの分布調査もその手法に問題があるという。

「“相生山の中でホタルがどのあたりに多いかを調査した、その結果、弥富相生山線の建設予定ルートは、ホタルが最も多い場所とは別の場所である”というのが市の説明です。しかし、この調査はデタラメだと言っていいでしょう。例えば、分布の密度を調査することが目的なのに、3日間の期間でどこで何回ホタルの光を見かけたかカウントした、としているだけで、具体的にどこに何匹ホタルがいるかというデータを名古屋市は公表していません。また、ホタルの発光のピークは深夜1時から2時くらいなのに、調査は夜10時から12時とずれています。そもそも、一生の間のほとんどを土の中で幼虫としてすごすヒメボタルの生息数をちゃんと調べるのなら、どこの土の中に幼虫がどれ程いたかということを調べてなくてはいけません」(小原氏)。

小原氏らが、昆虫学者の八木剛氏の指導の下、独自にヒメボタルの分布調査を行ったところ、やはり弥富相生山線の建設ルートは、ヒメボタルの一大群生地を通ることが明らかになったという。それにもかかわらず、先の意見聴取会で名古屋市が資料として記載されていたのは、当初の調査のままだった。

◯相生山は貴重な財産

小原氏は「相生山は名古屋の人々にとって貴重な財産」と強調する。

「地元の人々でさえ、相生山に来ると、ここは本当に名古屋なのか?とその豊かさに驚きます。また、相生山には、名古屋市内だけでなく、東京や大阪からヒメボタルを観に来る人が大勢いるんですよ。現在製作中の米国のドキュメンタリー映画でも相生山のヒメボタルが紹介されると聞いています」。「よく、途中までつくった道路を壊すのは余計にお金がかかるという人もいるのだけど、壊す必要はないと思います。ニューヨークでは、廃線となった鉄道線路を公園に作り変えて、観光名所になったという事例があります。弥富相生山線も、公園にしたらいいんじゃないかと、私や地元の仲間達は提案しています。そうしたら、多くの人々が森を踏み荒らすことなく、ホタルを見に来れる。車イスの人も森の奥まで来れます。河村市長には、名古屋の多くの子ども達、そしてこれから生まれる未来永劫の子ども達、その子ども達がホタルを見て、感動する小さな目、その声、そしてそれを見る親の喜び、を思い浮かべながら、この大事な決断をして欲しい」(小原氏)。

発光するヒメボタル 小原玲氏撮影
発光するヒメボタル 小原玲氏撮影

◯問われる名古屋の「持続可能な開発」、「生物多様性」

「持続可能な開発のための教育に関するユネスコ世界会議」の「持続可能な開発」とは、単に経済的利益などの人間の都合だけでなく、自然や生き物と共生する社会をつくることだ。名古屋市は、2010年にもCOP10(第10回生物多様性条約締約国会議)の開催地となっており、そこで合意された「愛知ターゲット」も、人間が地球の生態系のかけがえの無いの価値を認め共生していく。絶滅が危惧される生き物達を守っていく。そのような社会をつくる国際的な合意の舞台に、名古屋市はなったのである。その重みを背負って国際社会に誇れる街づくりをしていくのか、それとも単に国際的なイベントを誘致しているだけなのか。

河村市長、そして名古屋市全体の姿勢が問われている。

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

志葉玲のジャーナリスト魂! 時事解説と現場ルポ

税込440円/月初月無料投稿頻度:月2、3回程度(不定期)

Yahoo!ニュース個人アクセスランキング上位常連、時に週刊誌も上回る発信力を誇るジャーナリスト志葉玲のわかりやすいニュース解説と、写真や動画を多用した現場ルポ。既存のマスメディアが取り上げない重要テーマも紹介。エスタブリッシュメント(支配者層)ではなく人々のための、公正な社会や平和、地球環境のための報道、権力や大企業に屈しない、たたかうジャーナリズムを発信していく。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

志葉玲の最近の記事