【ガザ侵攻現地ルポ】国連学校攻撃「私達は武装勢力じゃない」避難民が証言、子ども達の心抉る無差別虐殺

繰り返されるイスラエル軍の攻撃による被害。イスラエル当局は、「ハマスはガザの子ども達を”人間の盾”にしている」「我々はハマスの拠点を攻撃しているだけ」と主張する。実際のところは、どうなのか。先月24日のガザ北部ベイトハヌーンでの国連の学校攻撃を体験した避難民に話を聞いた。

アレッポ国連学校
アレッポ国連学校

イスラエル軍の攻撃を受けたベイトハヌーンの国連学校に避難していた人々が移ってきている、と聞き、ジャバリア難民キャンプにある「アレッポ国連学校」を筆者は訪れた。日本人が珍しいのか、子ども達は熱烈な歓迎。あっという間に何十人に囲まれ、身動きが取れなくなる。本来、2000人のキャパのところ、ベイトハヌーンの国連学校にいた避難民達が来たため、4000人余りがこの学校で避難生活を送る。代わる代わる交代で寝るほど個人のスペースは狭く、毛布やマットレス、生活用水も全く足りない。子ども達の笑顔とは裏腹に非常に厳しい状況だ。

○ベイトハヌーン国連学校への攻撃についての証言

サマラ・カファルナさん
サマラ・カファルナさん

サマラ・カファルナさん(20歳)はベイトハヌーンの学生で、攻撃された国連学校からの避難者。イスラエル軍の攻撃時のことを、こう語る。

「ベイトハヌーンへの攻撃が激しくなり、私たちは身の安全のため、国連の学校に集っていました。ところが、そこイスラエル軍の次々にミサイルが撃ち込まれたのです。大勢が死んだり、怪我をしたり人々があちらこちらに倒れていて…子ども達が泣き叫び、ちぎれた手足が散乱していて…正に地獄の様な光景でした。私も首に、私の姉は足に傷を負いしましたが、比較的軽かったので、より重傷の人々を救おうとしましたが、結局、その場から逃げるのがやっとでした…」

筆者が「イスラエルは” ハマスの拠点を攻撃しているだけ”と主張しているが…」と聞くと、サマラさんは憤慨してこう反論した。

「国連の学校には武器の持ち込みは禁じられていました。あそこにいた避難民に銃や爆弾を持っていた人は1人もいません。私たちはただの一般市民です。武装勢力ではありません」

○子ども達がその目で見たもの

ベイトハヌーンの国連学校から、ジャバリア難民キャンプの国連学校へと避難してきたサマラさん達だが、残念ながら、ここも安全というわけではない。取材中も砲撃や爆撃の音が周囲で鳴り響く。先日の記事で書いたように、ジャバリア難民キャンプでも他の国連の学校が攻撃されているのだ。避難民の子ども達はこれらの轟音に怯え、夜なかなか眠ることができないのだという。サマラさんの姉で、臨床心理士のナハラさん(29歳)は、「戦争による子ども達の心の傷が深刻」と話す。

「子ども達は、自分の家族や親戚、隣人達がイスラエル軍に殺されているのを、その目で見ています。私は、避難民の子ども達に彼らが体験したことを絵に描いてもらいました。見てください。例えば、この絵では、赤ちゃんとその父親と母親がイスラエル兵に撃たれて死んでいます。そのイスラエル兵の足元には殺された人々の遺体が積み重なっています。こちらの絵では、空爆で家々が破壊され、けが人を人々が必死になって救助しています。でも、救急車もミサイルを撃ち込まれ、破壊されています。これらは、彼らが実際にその目で見たことなのです」(ナハラさん)。

子ども達の絵に描かれていたのは、まぎれもない無差別な殺戮だった。

自分が見たことを絵に描いた少年。救急車が爆撃されている。
自分が見たことを絵に描いた少年。救急車が爆撃されている。

○殺す側はウソをつくが、子ども達の瞳はウソはつかない

その場に絵を描いた少年の1人がいたが、少年らしからぬ、虚ろな瞳が印象的だった。これまでの紛争地取材の中、筆者はこうした瞳を何度も見てきている。地獄を見てきた子ども達に共通する瞳だ。

殺す側が、どんな大義名分やメディア戦略で己を自己正当化しようとも、現場で取材していれば、何が事実なのか、何が真実なのか、わかってくるもの。今、日本でもメディア関係者や学識関係者などで、殺す側の主張をしたり顔でオウム返ししている人々がいるのかもしれない。だが、まず聞くべきは、殺されている側の声なのだ。