「アルカイダに占拠された」ファルージャの惨状ーイラクのシリア化を防げるか?日本も問われる役割
この年始、衝撃的な「ニュース」が世界を駆け巡った。イラク西部の都市ファルージャが、国際テロネットワーク「アルカイダ」によって占拠され、イラク治安当局が統治を失った、というのだ。日本でも「イラク政府軍とアルカイダ勢力の大規模な戦闘が行われている」という論調での報道をいくつも目にしたが、今、イラク軍が行っているのは、果たして本当に「テロ掃討」なのか。むしろ、シリアのアサド大統領が行っているような、政府に不満を持つ勢力を、一般市民ごと虐殺しているという状況なのではないのだろうか。
◯イラク政府軍による無差別攻撃、深刻化する一般市民の被害
「イラク軍のヘリや戦車が、人口密集地で空爆や砲撃を繰り返している!」
「遺体安置所は犠牲者の亡骸でいっぱいだ!」
-年明けから始まったイラク西部アンバル州での、イラク政府による大規模な軍事作戦は、多くの一般市民を巻き込んでいるという。とりわけ、ファルージャや、アンバル州都のラマディが猛攻撃を受けている。2003年のイラク戦争開戦以来、現地への支援活動を行ってきた高遠菜穂子さんの元には、現地からの悲痛な声が連日のように届く。中でも、現地住民がフェイスブックに投稿した動画は衝撃的なものだった。半狂乱になって泣き叫んでいる小学生くらいの少年。彼の顔や衣服に飛び散っているのは、父親の脳漿や肉片だという。ラマディ南西部の通りでイラク軍が突然、無差別乱射を始め、少年の父親も犠牲になったのだ。
「現在もイラク軍による攻撃は行われているとのことです。私の友人達もファルージャやラマディから避難しています。皆、普通の民間人です。米軍が撤退し、やっと平和が戻ってきつつあったのに、この様な状況となり、本当に無念です」(高遠さん)。イラク西部での人道危機に対し、国連も懸念している。「ファルージャやラマディからの避難民は14万人に達し、ここ数年のイラク西部の治安状況の中でも最悪なものに発展している」との危機感を露わにした。現地の状況については、明日27日の晩、東京都内で催される、高遠さんらの現地医療支援報告会の中でも語られる予定だ。本稿を読まれている読者諸氏にも、是非おすすめしたい。
イラク医療支援報告会 ~外科ミッション in ラマディ&ファルージャ~
日時/2014年1月27日(月)19時~21時
会場/青山学院大学 第11号館7階 1171教室
詳細http://iraqhope.exblog.jp/21832901/
また、人権団体「ヒューマンライツ・ナウ」は高遠さんの協力も得ながら現地情報を収集、民間人への被害拡大を懸念し、暴力の停止を求める声明を発表している。こちらも参照していただければ幸いだ。
【声明】イラク:市民死傷者と何千もの国内避難民を出しているアンバール州における無差別攻撃の迅速な中止を求める
http://hrn.or.jp/activity/area/cat146/post-252/
◯大規模攻撃の背景は、イラク政府VS反イラク政府派部族の対立
イラク政府軍の攻撃で、多くの市民が被害を被っていることを報じない一方で、日本や欧米メディアの報道では「アルカイダを掃討」というイラク政府の主張そのままの報じ方が目立つ。だが、現地住民達は「主に軍と衝突しているのは、地元の部族勢力。アルカイダ系の勢力もいないわけではないが、我々にとっての一番の脅威はイラク政府軍だ」と口をそろえる。これらの主張はおそらく嘘ではなかろう。ヌール・マリキ首相率いる、イラク政府はこの間、非常に抑圧的なものであったからだ。2010年末から2011年にかけて国境を越えて盛り上がった「中東の春」はイラクにも広がり、多くの人々が汚職の追放や、宗派や民族による差別をなくすよう、デモで訴えた。今回の衝突の舞台となっているアンバル州などイラク西部でも、政府に不満を持つ人々への抗議行動が活発に行われてきた。それは、イスラム・シーア派による政党が支持母体であるマリキ首相が、自分の支持層の多いイラク南部の復興を重視する一方で、イスラム・スンニ派信徒や、ライバル政党「イラキーヤ」の支持層が多い、イラク西部を冷遇してきたからである。だが、マリキ政権は人々の不満に耳を貸すどころか、暴力でこれを押さえつけようとした。イラク治安部隊は実弾射撃でデモ隊を蹴散らし、多数の死傷者が出た。昨年1月、医療支援ミッションのためファルージャの病院を訪れていた高遠さんは「病院中が血まみれでした。撃たれて負傷したデモ参加者の人々が病室に収まりきらない程、運び込まれてきた」と、当時の惨状を語る。その後も、イラク西部でのイラク治安部隊の暴力は繰り返され、現地の住民達のマリキ政権への不信感や憤りは高まっていた。その結果、イラク北部のクルド人自治区のように、イラク西部も自治区化しようという主張が、現地有力部族の間から公然と語られるようになってきたのである。特にファルージャやラマディでは、イラク警察などにも現地採用が多く、部族の影響力が色濃い。こうした勢力図を、マリキ政権は力づくで塗り替えようとしている様に見える。いずれにしても、マリキ政権がイラク西部の人々の命をあまりに軽視していることは確かだ。
◯「アルカイダ掃討」の名目でやりたい放題
マリキ政権が「アルカイダに占拠されているファルージャを奪還する」とテロ掃討を強調するのは、現地で支持を集めている反政府派の部族達を「アルカイダ」とレッテル張りすることにより、無差別な殺害や破壊を正当化するためではないだろうか。こうしたレッテル張りには、見覚えがある。米軍がイラク全土に展開していた2004年当時、私は何度もファルージャ入りし取材を行っていた。当時、米軍は「アルカイダの拠点」であるとしてファルージャへの空爆を繰り返していたが、その「拠点」と言われるところを実際に観に行くと、いずれも普通の民家であった。爆撃の跡を調べても、出てくるのは武器弾薬ではなく、女性や子どもの服だったのである。
だが、特に米国に対しては「アルカイダ」は魔法の言葉だ。マリキ政権は、米国に対して兵器の提供を要請、米国側もヘルファイアミサイルや無人攻撃機、劣化ウランを含む兵器をイラク側に売却することを検討中だ。「アルカイダ」「対テロ」というマリキ政権側の主張に完全に乗せられてしまっている。
◯イラクの「シリア化」を防げ
だが、マリキ政権に兵器を渡せば、現地の人権状況はますます深刻なものとなろう。このままでは、夥しい民間人の犠牲を出し、国を壊滅的なレベルで荒廃させているアサド政権と反アサド政権との内戦の様な状況にイラクも陥ることになる。今、国際社会が求められていることは、兵器を供与し内戦を煽ることではなく、紛争当事者達に停戦を求めることだ。日本にとっても人事ではない。2011年秋にマリキ首相が来日した時、日本政府はイラク国内の製油所や通信網整備の事業で約670億円の円借款供与を決定した。日本もマリキ政権に対し責任があるし、また影響を与えうるのである。だからこそ、日本からマリキ政権に自制を求め、停戦を働きかけることが必要なのだ。