疫病は国際政治をも動かす――懸念される米中対立激化

トランプ大統領と習近平国家主席(2019年)(写真:ロイター/アフロ)

コロナ危機と国際秩序

 

 新型コロナウイルス危機は世界を変えるのか。それとも遠からず危機は収まって元通りの世界に戻るのか。国際秩序の行方を考えてみたい。

 今回しばしば引き合いに出されるスペイン風邪(1918~20年)は、第1次世界大戦の帰結に影響を与えたといわれる。アメリカのウィルソン大統領はベルサイユ講和会議中に罹患し、その結果英仏によるドイツへの過酷な賠償要求を阻止できず、これが後のワイマール・ドイツの崩壊とナチスの台頭へとつながっていったという説がある。疫病は国際政治をも動かすというわけだ。

 類似の事態は今日、米中対立の激化に見いだせるのではないか。5月29日、米トランプ大統領はWHO(世界保健機関)からの離脱をついに宣言した。コロナ危機発生以来のWHOの対応がどう評価されるべきかについては、この分野の専門家ではない筆者は判断できかねる。

 ただし、素人目にも明らかなのは、「あらゆる利害から超然として世界のすべての人々の命と健康のために全力を尽くす団体」というWHOに対していだかれてきたイメージは、コロナ危機を通じて深刻に損なわれた、ということだ。目下焦点となっているのは台湾のオブザーバー参加の問題だが、コロナ対策で目覚ましい成功を収めた台湾を排除し続けるならば、WHOの権威低下は取り返しのつかないものとなるであろうし、排除の背後にいる中国への反感は高まらざるを得ない。

 そして、まさにこのタイミングにおいて、香港問題の急迫が生じた。香港の「一国二制度」を実質的に廃止する北京の決意が前景化するなかで、これに対して厳しい批判を加えている米国からは「米国対中戦略アプローチ」なる16ページの文書が5月20日に発表された。

 

 同文書にいわく、改革開放路線の採択以降、中国が国際秩序のなかで「責任感のある開かれた」国になるだろうとの期待に基づいて米国は中国との関係を築いてきた。しかし、中国は経済においては不公正な手段を取り続け、知財を盗み、近海では近隣諸国との緊張を高め、国内では数多くの人権侵害を引き起こしてきた。つまり、期待は裏切られたのであり、米国はこれらの問題を座視することはない。米国の対中政策は根本的な見直しをせざるを得ない、とするものである。

黄禍論の復活と報復感情の先の恐怖

 この文書の内容にとりわけ新しい点があるわけではなく、この間米国から発せられてきた中国批判の内容を踏襲している。だが、重要なのはこうした「中国の脅威」に関する言説が受け止められる背景が、コロナ以前/以後で大きく変化したことである。

 コロナ危機が始まって以来、欧米(とりわけ米国)で起こったのは黄禍論の復活である。中国系のみならずアジア系住民全般が深刻な敵意にさらされている、という報告が続々と伝わってきている。中国の国際経済・政治の領域における振る舞いが脅威感を与えているというまさに最悪のタイミングにあっては、新型コロナウイルスの起源についてはいまだ不明な点が多いという科学的事実などはおかまいなしに、すべては混然一体となって「邪悪な中国の脅威」というイメージに結晶しているのである。

 米国における新型コロナによる犠牲者は10万人を超えており、さらに伸びるだろう。その悲しみと恐怖が結合したとき生じるのは、報復感情である。「われわれは中国によって○○万人殺された。われわれは中国人を同じ数だけ殺す権利がある」――そのような感情が米国社会を支配したときに何が起こるか、想像するだけでも恐怖を禁じ得ない。この難しい局面を乗り切る能力が現在の日本の政権にあるとは、私には到底思えない。

※本稿は、「日刊ゲンダイ」(2020年6月4日)に寄稿したものです。