「国体の150年」としての近代日本史

「戦後の国体」を図像化するならば、こんな具合になるでしょうか。

「国体」とは?

 先月『国体論――菊と星条旗』(集英社新書)と題する新刊を上梓した。テーマは文字通り「国体」である。

 幕末に起源を持ち、明治時代に形成された「国体」の概念は、文字通りには、「万世一系の天皇が永久に統治する世界に類を見ない日本国家の在り方」を意味し、昭和ファシズム期においては「国体明徴声明」(1935年)、「国体の本義」(文部省によるパンフレット、1937年)に見られるように、戦争に対する異論を禁圧し、国民を動員する装置として猛威を振るった。実に、ファシズムを支えた治安維持法は、「国体の変革」を目指す組織への参加者に対しては極刑を以て臨みうると定めていたのであった。

なぜ「国体」なのか?

 敗戦後の民主化改革は、かかるものとしての「国体」の破壊を意図しており、それゆえ「国体」は死語となった。しかし、『永続敗戦論』を書いて以来、私は確信するようになった。「国体」は廃絶されたどころか、再編を受けて生き延び、戦後のわれわれの社会をも強く規定している、と。

 それは、日本の対米従属の特殊性において現れている。なぜ、われわれの政府は、事件・事故が相次いでも日米地位協定の改定ひとつ主張できないのか。なぜ、われわれの首相は、米大統領に追いすがってバンカーを転げ落ちたりするのか。ひとことで言えば、われわれはあまりにも卑屈で恥知らずな姿勢をアメリカに対してとっているのだが、その事実はわれわれの意識の上にのぼらないのである。

 この不思議な現実を説明しうる概念が「国体」である。すなわち、戦後日本の対米従属の構造が、戦前の天皇制による「国体」の後継者となっているために、「従属の現実を否認する従属」という奇怪な形の従属が成立した。「戦前の国体」は、日本国は天皇を大いなる父とし、国民をその「赤子」とする永遠の家族であると自己規定していた。それは、国家の権力性、つまりは支配の事実を否認する権力であったのだった。

 この国民と天皇の関係性を、戦後の日本とアメリカの関係に投影したとき、「戦後の国体」が立ち現れる。日本が慈悲深きアメリカの懐に抱かれる「赤子」であるとすれば、そこには従属・支配の関係など存在しないことになる。ゆえに、副題の「菊と星条旗」とは、それぞれ戦前と戦後の「国体」の頂点を占めるもののシンボルを言い表している。

一度目は悲劇、二度目は茶番

 戦前の時代、天皇制が民主主義の限界を成したとはしばしば指摘される事柄であるが、今日も事情は同断である。支配の事実を否認している限り、われわれの社会は自由を希求し得ない。

 かくして、戦後日本の特殊な対米従属は、単に国益に関する判断を歪ませているだけでなく、社会の中身を腐らせた。無能・不正・腐敗の極みに達した安倍晋三政権の継続をわれわれが許しているという事実はこのような社会の有り様の反映であり、われわれがいま経験しているのは、「国体」の二度目の崩壊過程なのだ。

 しかし、この現実に絶望する必要はない。カール・マルクスは次のように言っていた。

 「ギリシアの神々は、アイスキュロスの『縛られたプロメテウス』のなかですでに一度傷つき悲劇的に死んだのであったが、ルキアノスの『対話篇』のなかでもう一度喜劇的に死なねばならなかった。なぜ歴史はこのように進行するのか? それは人類が明るく朗らかにその過去と訣別するためである。」(『ヘーゲル法哲学批判序説』

※本稿は「京都新聞」5月16日夕刊のコラムに掲載されたものです。