対「イスラム国」戦争が戦後を終わらせる(後)

※本稿は『文藝春秋SPECIAL 2015春号』からの転載です。

「決意と覚悟」の空虚さ

さて、現政府の「責任感」は、一見したところ、かつての政府の姿勢に比して真っ当なものであるように感じられるかもしれない。しかし、その決意は例えば、次のような言葉によって表現されている。「日本は変わった。日本人にはこれから先、指一本触れさせない。その決意と覚悟でしっかりと事に当たる」(2月3日)。こうした勇ましく軽率な言葉をつい漏らしてしまうところが、安倍晋三氏の愛すべき点なのかもしれない。ここで不可思議なのは、「指一本触れさせない」ようにするためのいかなる具体的な手段も明示されていない、という点である。仮に今回の人質事件のような事象が発生した際に自衛隊を動員できる、より具体的には特殊部隊を編成して人質救出に出動できるよう法整備を進めたところで、現実問題としてそのような作戦が可能であるのか、きわめて疑わしい。こうした作戦の難度が高いことは言うまでもなく、米軍も現に失敗している。そして、そもそもこのような作戦を自衛隊が独自に立案・実行するためには、外国(特に中東)での諜報能力の大幅な拡充を含む、組織の抜本的拡張が要請されるはずである。

この「決意と覚悟」の空虚さは、現政府の関係者の口にする「責任」の空虚さと、一体を成している。米英の「テロリストとは一切取引しない」というスタンスは、当然、事があれば世界のどこであろうと実力によって自国民を救出することを試みるという原則と表裏一体を成している。この方針は、その是非はさておき、論理的に一貫している。自国民の保護を実行するにあたって、テロリストにカネを払うという手段は用いない、という方針である。ところが、今回の日本政府は、「テロリストとは一切取引しない(カネは払わない、交渉すらしない)」という米英的な姿勢を貫きつつ(最終的な局面で取引の主体となったのはヨルダン政府である)、実力行使を決行する準備はなかった。このことは、つまり、現政府は「自国民の保護」ということに対して責任を感じていない、ということを意味する。

誤解なきよう言っておきたいが、私は日本国家が米英の対テロ方針と同じものを採用するべきだ、と言いたいのではない。今後の方針の問題とは別に、今回の件において現実に、日本政府の振る舞いは、自国民の保護に対する責任を論理的に一貫した形で全うしていなかった、という事実が指摘されるべきなのである。「国民の命、安全を守るのは政府の責任。その最高責任者は私」と口で言うのは易しい。しかし、果たしてこの責任を彼が具体的にどのような方法によって全うしようとしていたのか、私には全く理解できない。

もともと「テロリストとは一切取引しない」という方針に裏づけがないにもかかわらず、この方針が貫徹されたのは、アメリカを中心とする有志連合への同一化が突出した結果であったように見受けられる。何のことはない。要するに何時も通りのことが起きているにすぎない。すなわち、果てしない対米従属の追求である。そもそも、アメリカが発してきた「テロリストとは一切交渉するな」というメッセージに対しては、アメリカ国内からですら批判がある。アメリカもこの方針に背く行動を取ったことがある(タリバンと人質を交換)にもかかわらず、それを外国に強要している、という批判である。だが、アメリカ自身の首尾一貫性の疑わしさ以上に強調されるべきは、「交渉するな」と他国に対して要求するのであれば、アメリカは実力によってその他国の被拘束者を奪還する準備があるーそれが優れた手段であるか否かは別としてーと申し出なければならない、という道理である。それがないまま交渉を禁ずるという所作は、不当にも、他国から自国民保護の手段を奪うことに帰結する。しかし、こうした道理が顧みられることはなく、日本政府が身代金を払うと判断するか否かとは別問題としてあってしかるべきアメリカへの批判もないまま、「テロには屈しない」の掛け声のもと、日本政府は非交渉を実践した。これが、彼らの言う「責任」の内実である。日本国内でのテロ発生という最悪の事態の可能性が高まるなか、この言葉は空虚なまま浮遊している。そう、背に腹は代えられない。対米隷属レジームを維持する(腹)ためには、国民の実質的安全(背)などいくらでも差し出してよいものにすぎない。

湯川氏と安倍首相

かくして、「積極的平和主義」は混乱の極みでしかなく、混乱のうちに「戦後」を終わらせようとしている。先に述べたように、「積極的平和主義」への転換は、根本的転換である。それが「戦後」に終止符を打つものと呼ぶに値するのは、戦後長らく維持されてきた国民的コンセンサスに真っ向から対立するからである。すなわち、戦後紆余曲折がありながら、保革両勢力のかなりの部分が共有してきた戦後日本の平和主義の最大公約数は、「戦争に強いということをナショナル・プライドとすることはもうやめよう」という理念ではなかっただろうか。この理念は、PKO活動等への参加によって自衛隊の活動範囲が海外に広がったときも、またイラクに対して派兵に近いことをやった小泉政権においてすら、変更されなかった。これに対し、「積極的平和主義」は、敵を積極的に同定し、それを無力化する政策を意味する。してみれば、この政策を追求するにあたって、「戦争に強い」ことは必須条件とならざるを得ない。

この転換が混乱でしかないのは、今回の事件で犠牲となった湯川遙菜氏の人生が奇妙な形で明確に示した。報じられているように、湯川氏は、PMC JAPANと称する民間軍事会社を経営していた。しかし、この会社にまともな活動実績があるとも到底思えず、イラクやシリアへの渡航も、どうやら「実績づくり=箔付け」を動機としていたように見受けられる。要するに、湯川氏の事業が奇妙に見えるのは、それが彼のかつての仕事であるサバイバルゲーム愛好者向けのミリタリーショップの経営の延長線上にあるようにしか見えないためである。このことは、われわれに疑念を起こさせる。この人は、本物の戦争と戦争ごっこの区別が付いていないのではないか、と。

一個人として見た場合、湯川氏の人生は深く同情を誘うものである。商売に失敗し、妻に先立たれ、自殺未遂をし……と。かつ、ここで目を惹くのは、湯川氏が一度「男であること」を捨てようと試みている(陰茎の切断による自殺未遂)という事実だ。ミリタリズムは、基本的に男性的文化であり、多くの少年たちが戦争ごっこに興じる。無論、大多数の少年は、戦争と戦争ごっこの違いをやがて理解する。湯川氏の場合、ミリタリーショップの経営を生業としていたことは、男性性の強さを連想させる。しかし、後に彼は、自らの男性性を物理的に否定するという過激な行動に出たわけである。言うなれば、彼は自己内の「男らしさ」を求める衝動を殺そうとした。ところが、彼はPMCの経営という形で、今度は遊びでは済ませられない領域へと踏み込んでゆき、悲惨な最期を迎えるに至った。

男らしくありたいのだが同時に自らの男性性に違和感を覚え、それでもやはり男性性へのこだわりを捨てられず奇矯な行動に走る?この行動様式は、「積極的平和主義」の本質と一致する。「戦争に強い日本」を「取り戻す」ことを標榜しながら、その戦争はアメリカによって用意され、参戦を命じられるものでしかない。「本物の男になりたい」のだが、そうしようとすればするほど自立性を失う。興奮するとつい勇ましい言葉を口走ってしまう我らが総理とは、おそらくこうして支離滅裂な形で総決算に向かっている日本の「戦後」を象徴する人物なのであろうし、また終わらせるのにふさわしい人物であるに違いない。

前半はこちら