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ダーウィン賞「スマホ片手に配信しながら冬富士登山した男性が滑落死」とミスリード。実際はアクションカム

篠原修司ITジャーナリスト/炎上解説やデマ訂正が専門
富士山で滑落死は事実だが、スマホを触り続けていたわけではない(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 2019年10月に富士山で滑落死した日本人男性に対して、愚かな行為により死亡した人を称える“ダーウィン賞”が贈られ、ネットで話題となっています。

 しかし、ダーウィン賞の内容をよく読むと「スマホ片手にライブ配信しながら登山して死亡した」と解説されており、事実とは異なる情報が拡散されている状態です。

 この「スマホを触り続けながら登山していた」という情報については、当時も勘違いしている人が見受けられました。改めて配信された映像からわかる事実を書いておきます。

ダーウィン賞とは?

 まずはダーウィン賞について説明します。

 ダーウィン賞とは、愚かな行為によって自分自身を人類の歴史から消したことで、その愚かな遺伝子を残さなかったことを称える賞のことです。

 公式なものではなく、インターネット上に存在する悪ふざけサイトのひとつと考えてください。

 たとえば2019年は

  • 民間航空機のコックピットに燃料が漏れ、整備士から飛行をやめるよう警告されたのにきかずに飛び立ち墜落死した男性
  • ドアを開けると拳銃から弾丸が発射されるブービートラップを自分で設置しておきながら、自分でドアを開けて射殺された男性

 といった事例に贈られました。

 そのダーウィン賞の2020年のアワードに、冬の富士山に登り、滑落死した日本人男性が選ばれました。

「スマホ片手にライブ配信しながら滑落」とミスリード

 この日本人男性とは、2019年10月に『ニコニコ生放送』でライブ配信をしながら冬の富士山を登り、足をすべらせて滑落死したTEDZU(テツ)さんのことです。

 この事例についてダーウィン賞は「スマホをつねに片手に持ち、そのカメラでライブ配信をしながら富士山を登っていたため死亡した」かのように解説しています。

 「Hands are numb...but must operate smart phone」

 「手がしびれている……でも、スマホを操作しなければならない(筆者注:一度映像の接続が切れたあと、ライブ配信を復帰させた直後のTEDZUさんのセリフ。立ち止まって操作していた)」

 「Continuing social media commentary as he juggles climbing poles and smart phone in his frostbitten mitts, Tedzu」

 「氷ついたミトンで登山用ポールやスマートフォンを操作(ジャグリングと表現)しながらソーシャルメディアのコメントを続けるTEDZU」

 「Astonishingly close to the summit for an amateur winter hiker, Tedzu at last utters the anticlimactic words, "Wait... I'm slipping!" Experienced Mount Fuji climbers say, "If you start slipping, you have ONE chance at self-arrest before it's too late." Even now, Tedzu might drop his phone and jab his climbing poles into the ground...! But, no.」

 「冬の素人ハイカーとしては驚くことに山頂まであと一歩のところで、TEDZUはついに『待って……滑る!』という言葉を口にする。富士山の登山経験者は語る。『もし滑り始めたら、手遅れになるまえに自分を止めるチャンスは“1度”しかない』。いまでも、TEDZUはスマホを地面に落として登山用ポールを突き刺すかもしれない。けれど、できなかった」

出典:Darwin Award: Pinnacle Of Stupidity

 これらの解説はTEDZUさんが登山中も、滑落時もスマホ操作のために片手が埋まっていたかのような印象を読者に与えますが、明らかに間違いです。

アクションカメラで撮影&スマホでインターネット配信

 なぜならTEDZUさんのライブ配信の方法は、帽子につけたアクションカム(アクションカメラ)で映像を撮影しながら、それをスマホのアプリでライブ配信するという方法だからです。

 決してスマホを片手に持ち、そのカメラで撮影しながら登山をしていたわけではありません。

 また、視聴者からのコメントもスマホを見ていたわけではなく、視聴者が投稿したコメントを自動で読み上げるソフトを通して耳で聞き、口でコメントを返していただけです。スマホを操作してコメントしていたわけではありません。

 TEDZUさんがスマホを手に持っていなかったとする証拠としては、ほかの配信でその構成であること、富士登山の映像のなかで「スマホホルダーあったが良かったね。あの、ポケットにね、スマホ入れてるから」とTEDZUさんが話しているシーンがあるほか、滑落時の映像にスマホが映っているシーンがあげられます。

 以下の画像は滑落時のシーンの一部をキャプチャしたものです。

滑落時のシーン。画面左側にスマホが映っている。筆者キャプチャ
滑落時のシーン。画面左側にスマホが映っている。筆者キャプチャ

 左側にスマホらしき端末が映っています。

 続いてその少しあとの映像のキャプチャです。

その後の様子。背面にデュアルカメラと指紋認証を搭載した端末だとわかる。筆者キャプチャ
その後の様子。背面にデュアルカメラと指紋認証を搭載した端末だとわかる。筆者キャプチャ

 画面上部に、背面に指紋認証を搭載したスマホらしき端末を確認できます。

 スマホのカメラで撮影しているのであれば、映像にスマホが映ることはありえません。

 こうした証拠を裏付けるように、滑落時の映像は途中で切れてしまっています(時間にして滑落を始めてから約10秒後)。スマホとアクションカムが離れたために、インターネット通信ができなくなったのだと推測できます。

 仮にスマホのカメラを使って配信していたのであれば、スマホが壊れるまで配信が続けられていたことでしょう。

 そのためダーウィン賞が解説で印象付けているような「スマホを片手に持ち、そのカメラでライブ配信をしながら富士山を登っていたため死亡した」はミスリードと言えます。

揺らぐダーウィン賞の信憑性

 この紹介のされ方を知ったとき、「事実を伝えなければ」という思いのほか「ダーウィン賞でまとめられている事例は嘘かもしれない」とも思いました。

 全体像で見れば、嘘とまでは言い切れないのかもしれません。しかし、ダーウィン賞の死者を小馬鹿にしている解説は、TEDZUさんという人物を調べたあとに見えてくる人間性とは大きくかけ離れています。

 TEDZUさんの事例はNHKの番組『クローズアップ現代+』が追跡調査をしており、これを読めばTEDZUさんが「ソーシャルメディアで人気を得るために冬富士に登ったわけではない」ことが見えてきます。

 なぜ男は冬富士に向かったのか? ~ネット生配信の先に~ - NHK クローズアップ現代+

 ダーウィン賞はTEDZUさんのことを「素人ハイカー」と表現していましたが、NHKの取材では「40代に入ったテツさんは富士登山に熱中するようになります」と、富士登山の経験がなかったわけではないことも伝えています。

 TEDZUさんが遺した映像や、NHKの取材からわかるTEDZUさんの人間性を見ていると、今回の滑落死はダーウィン賞を贈られるような「愚かな行為によって自分自身を人類の歴史から消したことで、その愚かな遺伝子を残さなかったことを称える」事例ではないように思えます。

 そしてもしかしたら、それはダーウィン賞を贈られたほかの事例でも同じかもしれません。

 「墜落死した男性」も、「自分の罠にかかって死んだ男性」も、現地の報道をよく読めば異なる印象を抱くかもしれないのです。

 一見するとバカな死に方をした人物を、面白おかしく紹介することでその人気を確立してきたダーウィン賞ですが、その事例は作られたものである可能性があります。少なくとも、今回のTEDZUさんの事例では筆者はそう思いました。

 富士登山中に視聴者からの「世界に自分ひとりだけ、孤独や恐怖を感じませんか?」という質問に対して、「まあ大丈夫よ。そう、東京にいたほうが孤独だもん。俺の場合」と答えていたTEDZUさん。

 彼の行動が結果として死につながったことは事実ですが、ダーウィン賞を贈られるような愚かなものだと言うことはできません。

6月7日18時50分修正

 タイトルをデマからミスリードに変更、TEDZUさんが喋っていたセリフについて注記を行いました。

ITジャーナリスト/炎上解説やデマ訂正が専門

1983年生まれ。福岡県在住。2007年よりフリーランスのライターとして活動中。スマホ、ネットの話題や炎上などが専門。ファクトチェック団体『インファクト』編集員としてデマの検証も行っています。最近はYouTubeでの活動も。執筆や取材の依頼は digimaganet@gmail.com まで

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