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KADOKAWA前会長・角川歴彦氏保釈に至る過程で、実は「人質司法」による深刻な事態が起きていた

篠田博之月刊『創』編集長
実は深刻な健康状態にあった角川歴彦氏(写真:アフロ)

 東京五輪汚職事件で逮捕勾留されていたKADOKAWA前会長、角川歴彦(つぐひこ)氏の保釈が4月27日になされた。車椅子に乗って現われた角川氏の姿は各テレビ局で放送されたが、実はこの保釈に至る過程には、深刻な経緯があった。

 五輪汚職をめぐっては逮捕された他の人たちが次々と保釈される中で、なぜ角川氏だけが今回まで保釈請求が通らず、勾留が続いていたのか。またなぜこのタイミングでそれが認められたのか。実はその背後に深刻な状況が続いていた。

深刻な健康状態でも認められなかった保釈請求

 昨年、大手広告会社などに次々と家宅捜索が入るなど、メディア界に激震をもたらしたのが東京五輪をめぐる汚職事件と談合事件だった。もともと五輪をめぐるカネまみれの利権構造は批判されてきたのだが、そこに東京地検特捜部が大きくメスを入れたわけだ。明らかにある種の国家意思が働いたといえよう。

 既に裁判も続々始まっており、最大のターゲットとなった高橋治之・組織委員会元理事も起訴されている。その高橋被告を始め逮捕された人たちには保釈が認められているのだが、そうしたなかで一人だけ、保釈請求が認められなかったのが角川歴彦氏だった。79歳と高齢のうえにもともと不整脈、心房細動などの持病を抱えているため、実はこの間、かなり健康状態が悪化し、この2月には意識を消失し10日間の勾留執行停止になるという状況に陥った。

 弁護人と家族以外は接見禁止で、妻が毎日接見に通っていたが、妻も高齢で、心労が重なっている。勾留執行停止は2022年11月に続いて二度目で、極めて異例なことだ。それだけ健康状態が悪化しているわけだが、それでも保釈が認められない理由はほぼ明らかだ。

 角川氏は一貫して容疑を否認し、これまで検察の調書にも一度もサインしていないという。そのことに対する検察側の脅しと考えるほかないのだが、これは以前から批判されてきた「人質司法」である。

2月には10日間の勾留執行停止

 こういう手法はこれまでもたびたび批判されてきたが、角川氏の場合は、勾留執行停止という異例の措置がとられるほどの健康状態に至ったことを考えると、やりすぎではないか、人道的に問題だという声も上がっている。五輪汚職に角川氏がどのように関わっていたかについては今後裁判で審理が進められるし、真相は究明されるべきだろう。しかし、そのことと人質司法の是非は別の問題だ。

 容疑を否認しているといっても角川氏の場合、取り調べに応じており、録音録画されてもいた。しかし、検察がそれを調書に取る段になって、あまりにも検察の意図に沿った作文がなされるため、角川氏はそれにサインするわけにはいかないと拒否した。二度目の勾留執行停止となった2月の場合、27日に弁護士と接見中に意識を失い、28日から10日間、拘置所を出て病院に入院した。かなり重篤な容態に思えるが、こういう健康状態になっても保釈が認められていなかったのだ。

 現在のKADOKAWAの路線を作り上げたある種のカリスマとして出版界でも知られている角川歴彦氏だが、昨年秋に逮捕されてからどういう経緯をたどっているのか、健康状態はどうだったのか。半年余を振り返ってみよう。

何度も却下された保釈請求

 KADOKAWA会長として社内では大きな力を持っていたと言われる角川歴彦氏が逮捕されたのは2022年9月14日だ。出版界に衝撃が走った逮捕劇だったが、その前の9月6日にはKADOKAWAに対する強制捜査が始まり、元専務執行役員の芳原世幸氏と五輪ビジネスの当該部署である「2021年室」の馬庭教二元室長が逮捕されていた。

 前日の5日に、角川氏はマスコミの囲み取材に応じて、五輪汚職についてきっぱりと否認していた。これが検察を刺激したのではないかとも言われるのだが、その時能弁に語った角川氏の動画は全編公開され、それを文字起こしして報じたTBSの記録は今回、検察側が証拠として裁判所に提出しているという。

 10月4日、角川氏は起訴され、KADOKAWA会長を辞任。5日に夏野剛社長らKADOKAWAの現執行部が会見を行った。

2022年10月の現執行部の記者会見(筆者撮影)
2022年10月の現執行部の記者会見(筆者撮影)

 その時点では角川氏は取締役としては残っていたのだが、後にそれも辞任した。そうした経緯を受けて角川氏の最初の保釈請求がなされるのだが、裁判所は6日にそれを却下。さらに19日にも保釈請求は却下された。

 前述した最初の勾留執行停止の措置がとられたのは11月7日だった。ただこれは予定していた検査の実行のためで、3日間に限定された。

 そして12月20日、角川氏はコロナに感染したことが判明した。その後、接見に行くと面会室に防護服のようなものを着て現れたという。

39度の高熱に侵され執行停止を延長

 前述したように角川氏はもともと不整脈、心房細動が見られ、アブレーション手術という、心筋の一部を焼く手術が予定されていた。そうした状況での逮捕勾留、さらにはKADOKAWAの会長や取締役も退くという事態は大きな心労だったはずで、体調は急速に悪化していったようだ。

 2月27日の接見の際、途中から話しかけても反応しなくなり、ぐたっとしてよだれを垂らしている状態に陥ったという。すぐに緊急措置がとられ、勾留執行停止となった。3月1日には東京拘置所を出て、元々かかりつけだった慶応病院に入院。診断結果は一過性意識消失、肺炎、心房粗細動、薬剤性肝炎だった。10日間の執行停止を終えて再び勾留された時には入院時に比べて体重が10キロも落ちていたという。

 ちなみにこの10日間の入院だが、当初は5日ほどで拘置所に戻る予定だったが、入院中に39度の高熱に侵され、肺炎と診断されたという。その結果入院が延びたのだが、医師の見立てでは、拘置所で感染したコロナが治りきっていなかったということのようだ。拘置所の医療体制が十分でないことを示した事例と言える。

 その後、東京拘置所で再び勾留が続いていたが、病室のあるフロアで日々血圧を計ったり、拘置所付きの医師の治療を受けており、接見にも車椅子で現れていた。慶応病院の処方に対応した薬の投与など拘置所の医療態勢はとられているものの、病院のような完全看護ではないし、家族が四六時中見守っていられるわけではない。深夜に容態急変といった事態になった場合、果たして十分な措置が取られるのか周囲は心配していた。

 4月6日にも弁護人と接見時に体調不良となり、それと入れ替わって妻が接見しようとしたら、拘置所から接見はできないと告げられたそうだ。

検証委員会が詳細な報告書を公表

 そんなふうに角川氏の体調が悪化しているなかで、3月31日には元五輪担当部署の室長だった馬庭氏の第1回公判が東京地裁で開かれた。馬庭氏は起訴内容を「間違いありません」と認めたのだった。

 これから逮捕された他の幹部の裁判も始まるだろうが、捜査の進展とは別にKADOKAWA自身は、次々と対応策を打ちだしてきた。

 2022年10月5日には夏野社長ら幹部が会見を開き、それまでの組織体制を見直して再出発をはかることを宣言。強制捜査を受けて内部調査を行ってきた危機管理委員会に代えて、弁護士ら第三者による「KADOKAWAガバナンス検証委員会」が発足したことを発表した。

 その会見で説明された危機管理委員会の報告でも既に、東京五輪のスポンサー契約をめぐっては、2019年6月17日に締結されたコモンズ2とのコンサルティング業務委託契約について「本契約による支払いは贈賄行為と評価されうる疑わしい行為であった」と総括し、「このような事態を発生させ、また防止できなかったことに関して、KADOKAWAの内部統制、ガバナンスを含め、さらなる調査が必要である」と結論づけていた。

 それを受けて発足したガバナンス検証委員会は、KADOKAWAの役職員(退職者を含む)など、延べ19名、合計約25時間に及びヒアリング調査を実施。1月23日に調査報告書を発表した。153ページにも及ぶ報告書はKADOKAWAの五輪ビジネスへの関わりの経緯や問題点などを詳細に記したものだが、現執行部はそれを受けて2月2日に会見を開き、検証委員会報告と再発防止に向けた今後の対応について見解を述べた。

 報告書は今もホームページに公開されている。「新生KADOKAWA」をアピールするという現執行部の意思に基づくものだろうが、詳細な内部情報をこんなふうに公開するというその在り方を含め、なかなかすごい内容だ。知財法務部の部長などから「もっと慎重に進めるべき」などの意見が出されていたにもかかわらず五輪案件が進められてしまった事態をガバナンスのあり方の問題として詳細に検証しているのだ。つまり「会長案件」などという表現で角川氏の意向が絶対のものとして通っていたKADOKAWAの体質を問題にしているわけだ。

報告書で指摘された社内体制の問題

 その長文の報告書だが、結論部分を少し長いが引用しよう。

《本件では、「会長が了承している」という言葉が何度も登場し、それが不適切な行為の差し止めや発覚の障害になっている。》

《これらは直接その時々において角川氏がそのような指示をしたわけではないし、圧力をかけたわけでもない。受け止める側の者達が、心理的に抵抗をやめたというものである。

 KADOKAWAグループは、角川家が創業した会社であり、角川氏は創業一族である。また1993年に会長がKADOKAWAグループに復帰した後、角川氏は次々と新しい事業を興し、M&Aを重ね、現在のKADOKAWAグループの発展を支えてきた。角川氏自ら新規事業を発案するなど独創性に満ちており、またリーダーシップを発揮して案件を推進するなど、その存在感は大きかった。》

《角川氏の存在感の大きさが、周囲の側に萎縮ないし忖度する風土を生み出していた一面もあると思われる。

 このようなオーナー経営者タイプの企業が一律に否定されるわけではない。しかし本件では、それがガバナンスが効かない重要な要因の一つになっていた。》

《これは現在のKADOKAWAのような大規模な上場会社としては、不適切なあり方であったと考えられる。権限の明確化、権限と責任の一致、明確な職務分掌と権限の分配といった組織の適切な構築が必要である。

いわば、個人オーナー企業から、大規模で秩序だった企業組織への脱皮が必要であると思われる。それは「会長了解済み」「会長案件」という言葉が魔法のような効果を発揮する組織からの脱却でもある。それは他方では、社内においても、角川氏への依存や会長案件という言い訳あるいは印籠効果のような都合の良い使い方の終焉を意味する。要するに、全社的に、意識を変革して、フェアで合理的で透明な組織に移行すべきである。》

報告書に対して角川氏弁護団は抗議

 東京五輪のビジネスに関わるにあたってKADOKAWA内部では契約内容に懸念も表明されていた中で、それがそのまま進められた背景には、「会長案件」という言葉に象徴されるような組織体質があったという指摘だ。角川氏がどういう存在だったのかについては、報告書には例えばこんな記述もある。

《角川氏は、「君臨すれども統治せず」という言葉を社内外で述べていた。代表権を有しない会長となったのも「権威」のみを有し、「権力」は有しないということの顕われであるとしていた。しかし、社内規定上は「統治」の権限を有しないものの、実際には、周囲の忖度も相俟って経営に強い影響力を及ぼしていた。》

 この報告書に対して角川氏の弁護団は、2月1日付で抗議書を出している。「ガバナンス検証委員会の選任候補や、選任の理由が不明確である」「そのため執行部の意向に基づいて活動した可能性が否定できない」といった内容だった。

 確かに報告書をめぐっては、あまりに現執行部の意向にそった内容になっており、独立した第三者による検証と言えるのかという声も上がっているようだ。

もっと検証すべき「人質司法」の問題

 裁判の経緯、そしてKADOKAWAの経営の在り方をめぐる議論など、今後の推移を見守らねばならないのだが、ただ本稿の趣旨に戻って改めて確認すると、そういう問題と角川歴彦氏をめぐる「人質司法」の問題は切り分けて考えなければならない。角川氏の健康状態を考えれば、検察のやり方は批判されて当然だし、そういう権力の行使を監視するのがメディアの役割だとも言える。

 五輪汚職や談合事件をめぐっては、その捜査をつぶさに見ていた人の間でも、国家権力の強大さを思い知らされたという感想が少なくない。検察の意向に従った者には便宜が図られるといった権力行使の跡がいろいろな場面で見られるというのだ。

 角川歴彦氏についても、健康状態をかんがみて、被告・弁護側が検察の提示した証拠にも同意するなど、これまでの対応をある程度変えていく方向に舵が切られた。今回の保釈決定はそうした結果、認められたものだ。公判前整理手続きを経て、秋までには公判も始まるのではないかと言われている。 

 KADOKAWAを現在の大きな存在にしたと自負しているであろう角川歴彦氏にとっては、自身の名誉に関わるこの裁判は負けられないという思いも強いに違いない。あくまでも潔白を主張し、闘う姿勢を示したその対応に、検察が今回とった「人質司法」のあり方は、へたをすると角川氏の健康に重篤な事態をもたらす恐れもあったわけで、それ自体が検証されるべきではないだろうか。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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